紛れ込んだ物 2
「――おい、お前。男の方」
動けずにいるシモンの頭上から、声が降ってきた。小さな子供のものとは違う、少し低く響く明瞭な少年の声。
きょろきょろと声の主を探すシモンに、「階段だよ」と再び声がかけられた。
廊下脇から上に伸びる階段に気づいて見上げると、踊り場の手すりの上に腰掛ける、短髪の少年と目が合う。
シモンをつぶさに観察する少年が、尋ねた。
「お前、名前は?」
「シモンだよ。……君は? ここの子、だよね」
少年がシモンと同じ位の年齢なら、働き先をみつけて、既に孤児院から出ているだろう。手伝いに通う村の少年かもしれないと考えるも、シモンは、すぐにそれを改める。
階段の手すりに腰を下ろす少年の姿は、住み慣れた『家』での振る舞いに見えたからだ。
「そうだよ」
頷く少年の隣には、長い髪を二つに分けて三つ編みにして垂らした少女がいた。視線が重なると、少女は優しく微笑む。
「俺はマシュー。ここでは一番年上の十二歳だ」
「私は、ローラ。マシューと一緒の十二歳。……シモンは?」
「十四、だよ」
シモンの答えに、マシューは当てが外れたといった顔で、眉をひそめる。
「なんだ、俺よりも年上か」
「隣の子は? 小さな子に慣れてないの?」
微苦笑するローラに、シモンは何て説明しようか、ほんの少し困る。
妖精猫のシェリーが、人間の子供の中で育ったとは考えにくい。
「うん、彼女はシェリー。彼女は……、僕もだけど、周りに小さな子供のいない環境で育ったから」
マシューやローラと話をするシモンの腕の中から、女の子が両手を伸ばし、小さな両掌でシモンの頬を挟む。
くいっと、シモンの顔を自分の方へ向かせる。
「私は、アニーっていうの」
「アニー? 素敵な名前だね。よろしくね、アニー」
柔らかに微笑んで名を呼びかけると、アニーは満足そうに、えへへと笑う。
「じゃー、シモンは俺たちと一緒に、外に鬼ごっこをしにいこう。ローラはさ、シェリーと小さい子たちを連れて、談話室でお絵描きを見てやれよ」
シモンを誘ったマシューは、隣のローラを見遣る。
彼女が頷くのを確認したマシューは、「鬼ごっこは、俺とシモンと外! お絵描きは、ローラとシェリーと談話室」と、子供たちに大声で告げて、階段の手すりを滑り降りる。
はぁい、と子供たちは口々に返事をし、思い思いの方へ散った。
シモンの腕に抱きかかえられていたアニーも、周りをきょろきょろと見回し、神妙な顔で「ん~」と小さく唸る。
やがて、名残惜しそうにシモンの腕から滑り降りて、お絵描きに集まる子供たちのところへと駆けていった。
上手に子供たちを遊びに誘ってもらい、ほっと胸をなでおろしたシモンは、隣に立ったマシューに微笑む。
「ありがとう。助かったよ」
「まぁ、いつものことだからな」
鬼ごっこ希望の子供たちを見回し、足に縋りつく小さな男の子の頭を撫でてやりながら、マシューは言った。
外に出ると、マシューは子供たちを一か所に集めた。一人一人名前を呼んで顔と一致させ、人数を把握する。
「今日はシモンもいるし、俺が最初に鬼をやるよ」
そう言って鬼を買って出たマシューは、一番小さな男の子の前に屈む。
「……いくつ数えればいい?」
「んーと、十……じゃなくて、二十!」
「わかった、二十な。じゃあ、数えるぞ」
マシューが立ち上がり、子供たちから離れる。
同時に、誰かが「逃げろ!」と叫んだ。
――直後。
子供たちが一斉に走り出した。
畑の脇にいくつも並べられた箱の中には、芽出しをされているジャガイモが、ごろごろと無造作に入れられている。子供たちはその上を兎のように飛び越え、蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げていく。
「危ないから、畑の脇の古井戸に近づくなよ! それと敷地の外へは、絶対に出るなよーっ!」
逃げていく子供たちにマシューが大きな声を張り上げる。
「すごい……。やっぱり、慣れてるね」
「ああ、まぁな。……それに、ちゃんとしておかないと物騒だからさ」
「物騒?」
首を傾げるシモンに、マシューは「お前も早く行けよ」と逃げるよう促す。
シモンが走り出すと、背後でマシューが「いーち……」と数を数え始めた。
「……にーじゅうっ!」
そして、鬼ごっこが始まった。
もう少し暖かくなれば、畑に植えられた野菜苗の背丈が伸びて、目隠しにもなるのだろう。だが、まだ芽吹いたばかりの小さな苗は目隠しにもならない。ビーツやルバーブの植えられた小さな畑の周りを、小さな子供たちはぐるぐると走って逃げるのだが、悲鳴を上げながら次々とマシューに捕まっていく。
敷地の隅。孤児院になる前の、屋敷の庭であった時の名残か。
エメラルドグリーンの新芽を芽吹かせ、小さな硬い蕾をつけた薔薇の木があった。シモンは薔薇の木を挟み、マシューの対角線上になるように身を隠し、様子を覗いながら逃げる。時折、マシューがシモンを探すように遠くまでを見渡した。
徐々に逃げ手が減り、小さな子供たちを捕まえ終えると、マシューはシモンに狙いを定めた。
大きく葉を横に茂らせるカリフラワーを飛び越えて距離を縮めるのは、流石に無理だろうと目算し、シモンはカリフラワー畑の外周を走って距離を取る。
二つ年下とはいえ、マシューは普段から走り回っている本物の男の子。直線勝負に持ち込んだら勝ち目はないと踏んだシモンは、蓋のされた井戸を挟んで、その周りを逃げる。
「シモン、井戸のそばはだめーっ!」
捕まって見学を決め込んでいた子供たちに非難され、慌てたシモンが井戸を離れたその瞬間、マシューに飛びつかれて捕まった。
「次はシモンが鬼ーっ!」
子供たちに合唱され、膝に手をつき肩で息をするシモンは、無言で頷く。
こんなに走ったのも、追いかけまわされたのも、人攫いに追われた時以来だった。
幾度となくマシューと鬼をこなし、追いかけ追いかけられ、すっかりくたくたになったシモンは、畑の隅で足を投げ出して座り込んだ。
「マシュー、ちょっと……休憩」
シモンを一瞥したマシューは、頃合いだと判断したのだろう。辺り一帯に響く声を張り上げる。
「シモンがへばったから、おしまーいっ!」
敷地内のあちこちに散らばっていた子供たちが集まると、マシューはその数を数える。小さな子供たちにまとまって孤児院へ帰るように言い聞かせ、歳の上の子たちには彼らから目を離さないよう注意を促す。
その様子を眺めていたシモンは、小首を傾げた。
のどかな村の一画で……。ましてや敷地内であるのに、そこまで気を配るマシューを不思議に思う。
子供たちが孤児院に入るまでをしっかりと見送ったマシューは、座り込んだまま動けないでいるシモンを振り返った。
「お前らさ、何しに来たんだ?」




