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男装少女は言い出せない  作者: 和奏
男装少女は言い出せない
37/152

赤髪の青年 3

  

「おい、待て。そこのお節介」

 町角を曲がろうとしたシモンの後ろから掛けられた、聞き覚えの無い男性の声。


 冬の始まりの日に、森で魔の者(オーグル)に呼び止められたことは、まだ記憶に新しい。ひやりとして、シモンは首を竦ませる。

 町なかで、いつもより多く黒い影や靄と遭遇したことが、シモンを不安にした。


 ――森に住むオーグルが、自分を探しに町へ来たのだろうか。

 そんな考えが脳裏を過り、シェリーを抱える両の腕に、緊張から力がこもる。

 胸の鼓動が内から叩きつけるように激しくなり、手の中に嫌な汗が滲む。

 歩調を早めながら、片手をコートのポケットの上へと滑らせ、わずかな膨らみを手で探り当てる。魔除けを持ってきていることを確認したシモンは、素知らぬ振りをしてやり過ごすのだと決めた。


「待てって」

 背後からコートのフードが摘ままれ、くいっと上へと引っ張られた。

 引っ張られて、コートの襟元が締め付けられる直前、シェリーがシモンの胸許を蹴って飛んだ。そのまま、ちりん……と、首の鈴を鳴らして軽やかに着地する。

 被っていたフードが頭から外れて、ふわ……、と癖のある亜麻色の髪がこぼれた。

 髪色は、オーグルに覚えられている。

 シモンの頭から、さぁっと血の気が引いた。


「わぁ!」

 反射的に踵を返し、驚愕の表情を浮かべるシモンは、背後の人物を視界に捉える。

 コートのフードを摘まみ上げて立っていたのは、見知らぬ若い青年だ。シモンの視線が青年の特徴的な髪色に釘付けになる。

 紅葉したメイプルを思わせる、燃えるような赤。

 

「赤髪……?」


 この町で――、否。青年ほど鮮やかな赤髪の人を見るのは、初めてだった。

 平静を失うシモンが咄嗟に思い浮かべたのは、オーグルではなく、森の出口で声をかけてきた、悪魔。

 悪魔の声も、若い男のものだったから。

 ……もしかして。


「あ、悪魔!?」

「誰がだっ!」

 間髪入れずに鋭く言い放ち、青年は否定する。

 彼は心底不快そうに顔を歪め、明るい琥珀色の瞳を怒らせてシモンを睨みつけた。

 まっすぐに怒りの感情を向けられたシモンは、一瞬頭が真っ白になり、立ち竦んだ。

 思考が停止したことで、目の前の青年をまじまじと見る。徐々に動き出した思考が、赤髪の青年と記憶にある悪魔を比較する。

 悪魔の姿を見てはいないが、話し方も雰囲気もまるで違う。

 なによりも。

 青年からは息苦しさを感じるほどの威圧感も、禍々しさも感じない。


「お前、人の髪色を見て悪魔とか……」

 苦いものを噛み殺す口調で呟く青年に、シモンは、はっとする。

 普通の人、それも初対面の人間にひどく失礼なことを口走ったのだと、シモンは慌てて謝罪を口にする。

「すみません……!」

 そろそろとシモンは両手を顔の横に上げて、コートのフードを掴む。軽く引いて返してもらおうとするが、青年はフードを掴む力を緩めない。

 青年とシモンの間でフードが、ぴん、と張った。

 ほんの刹那。

 シモンは、自身の魔力が絡めとられるような違和感を覚える。

 セオバルドがシモンの魔力を調べる時に探った時と同じ、静かに研ぎ澄まされた魔力を薄く感じる。


「ふーん」

 不機嫌に渋い顔の青年が、シモンを頭の先からつま先までじろじろと眺め下ろした。

「ぱっとしない、貧相な魔力だな」

「……は?」

 知り得た情報を淡々と読み上げる口調の青年に、シモンは、ぽかんと口を開けて訊き返す。

「お前のことだよ」

 さくっと返答されて、シモンが黙る。

 魔力を探られた事よりも、この青年がセオバルドと同じことができることに驚いた。

 青年は、わざとらしいほど大きな溜め息を吐いて、言った。

「お前、ああいう真似は止せ。続けていると、この町に住めなくなるぞ」

「なんのこと……?」 

 言われたことの意味がよくわからない。

 問い返す眼差しのシモンに、一呼吸置いた青年は、口角を上げて笑みを形作る。


「嘘つき」


 思いもよらぬ言葉を浴びせられたシモンが、これ以上ないくらいに大きく目を見開く。

(……あ)

 心当たりがあった。

 ついさっき、老婆の足許の黒い影に気づいたシモンは、注意を促すために嘘を吐いた。

 嘘を指摘されて、ちくり、と胸に棘の刺さったような痛みが走る。


 青年は、シモンのフードを軽く引き寄せ正面を向かせると腰を屈め、顔を覗き込んで反応を窺う。

 初対面にもかかわらず、自分に対する不躾な扱いに、シモンは、むっとした顔をする。

 コートのフードをぐいっと引っ張ってみるが、青年は手を放さない。


「いいか? お前のしていることは、()()の見えていない人間からしたら、ただの嘘つきか、何もない所を見ている薄気味悪いガキだ」

 ずけずけと遠慮のない青年の言葉に、シモンが凍り付いた。

 あからさまな反応を示したシモンに、すぅっと目を細めた青年は、冷ややかに薄い笑みを浮かべる。

「違うか?」


 悪さをした子供を捕まえ、過ちを指摘する口振りの青年に、シモンは得体のしれない後ろめたさを覚える。

「でも……!」

 悪戯に嘘を吐いたわけじゃない。

 黒い影が足許に手を伸ばしていますよ、なんて言えないのだから。

 すぐ近くにある青年の琥珀色の双眸を、シモンは強い眼差しで見つめ返す。

「人が転ばされてしまうかもしれないのに……っ」 

「そう。転ば()()()()かもしれないのに……、だ」

 言い終わるか終わらないかのうちに、青年は真逆の可能性を指摘する。

 彼が何を言いたいのか理解できないシモンは、微かに眉をひそめた。

 そんなシモンに、青年は言い含めるようにして言葉を継ぐ。

「お前は刺すかどうかもわからない小さな虫が人の周りを飛んでいたら、一々叩き落として回るのか? その虫の存在に気付かない人間からしたら、怖いのは虫じゃなくて、お前だ」


 咄嗟に言い返すことができずに、シモンは唇をきゅっと噛んだ。

 黒い靄を見つめる自分を不思議そうに見つめる町の人の顔。

 嘘に気づいた老婆の、怪訝そうに眉をひそめた顔も思い浮かべることができたから。

 ――嘘つき、薄気味悪い、怖い。

 青年の並べた言葉に等しいことを町の人も思っていて、けれど口に出さないだけだったのかもしれない。

 胸に鋭い棘が突き刺さったかのように、ずきりと痛んだ。

 

「……手を、放してください」

 話をするにしても、まず、コートのフードを掴まれて拘束された状態から脱しようと、シモンは青年にお願いをする。

 だがしかし。


「いや、ちょっと待て」

 何か思い当たるふうに、ころりと声音を変えて、青年はシモンの要求をさらりと流す。

 少し距離を置いて座るシェリーに視線を投げ、唐突に驚いた顔をする。

「……お前らだな? セオバルドのところにいるっていう妖精猫と、助手っていうのは」

 信じられないといった表情で一度大きく目を瞬かせた青年は、シモンを見下して憮然とした。

「なんだ、周りの人間と住み分ける為の線引きすらできていないじゃないか。あいつはそんなことも教えないのか、それともお前が敢えてそれをしないのか。どっちだ?」


 いつまでも手を放してもらえず、言いたい放題の青年に苛立ちを覚えたシモンは表情を強張らせる。言っても駄目なら……と、フードを力任せに引っ張ったが、青年は頑なに手を放さない。


 意に介さず、片手を顎に当てて首をひねる青年は、思案するように眉を寄せる。

「しかし、なんでだ? あいつが助手っていうからには、もっとこう……。なんでこんな、ぼけっとしている……、助手どころか、見るからに経験不足な見習い以下の……」


 羞恥、憤慨。

 そんな感情が混ぜこぜになって、シモンの頭にかぁっと血が上り、熱がこもる。

 青年に掴まれているフードから手を放したシモンは、俯きながら深く息を吐いた。大きく深呼吸をして、荒れそうになる心を落ち着ける。

 ん? と青年は不思議そうな顔をして、シモンの動作を眺めた。


 努めて感情を押し殺したシモンは、無表情で青年を見据えた。

 お願いをしても、引っ張ってもフードから手を放してもらえないのなら、と思いきり息を吸い込む。

「助けてーっ!! 人攫いぃーっ!! 赤髪の男に攫われる―っ!!」

 腹に力を入れて、肺に取り込んだ空気をすべて使い、声の限り叫んだ。


「ぅっ、ええぇっ!?」

 目を剥いた青年が怯んだ一瞬の隙を突き、フードを掴む青年の手をぱしっと払ったシモンは、もう片方の手でフードを力任せに引っ張り、自由を取り戻す。

「嘘つきですから」

 むくれて唇を尖らせたシモンは、人目を気にしてきょろきょろとする青年を一瞥し、軽く睨めつけると同時に身を翻す。


「シェリー!」 

 小声で鋭く名を呼びながら、シモンは、その場を離れようとシェリーに目配せをする。

 隣で鳴り響く鈴の音と共に、後ろを振り返ることなく一目散に駆けだした。


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