第38章無敵狂想曲
青年ユッカはホワイトドラゴンから「開かずの刀」を受け取ると、傷ついたシャレンティエンさんを支え、即座に安全な場所へと退避を始めた。
僕も二人を追いかけて追撃を阻止しようと駆け寄る。しかし、その視界を遮るように異形の少女が立ちふさがり、大楯で僕の進行方向を力任せに阻んだ。
「ねぇ、この子が黒竜であってる?」
少女が背後の男へ尋ねる。
ルシフェルは答えた。
「そうですよ」
少女の口元が、仮面の奥で一瞬、不気味に歪んだ。
「そう……」
次の瞬間、少女の強烈な蹴りが僕の腹部を捉えた。
「黒炎斬り!!」
僕は即座に刀へ黒炎を纏わせ、切り裂こうと振り下ろす。だが、少女の重厚な防具に阻まれ、刃は深く通らず受け止められるのが精一杯だった。
「甘いね……」
刀を受け止めた足とは別の足が、横からしなるように僕の側面を蹴り飛ばした。
「グッ……!」
地面を滑りながら姿勢を整える僕を見下ろし、少女は冷たく告げる。
「黒竜……話は聞いてるよ。氷魔竜、雷魔竜、砂魔竜……魔龍たちを倒してきたんだよね? 君。」
僕は即座に間合いを詰め、刃を振るう。だが少女は手にした剣で軽々とそれを受け止めた。
「弱い……。君と戦うの、もう飽きちゃった。さっさと殺すね……」
「人を勝手に弱いと言うな!!」
僕は受け止められた刀から咄嗟に手を放すと、その刀の柄を足で蹴り上げた。宙で円を描いて回転する刀。僕は跳躍し、空中からその柄を掴んで渾身の斬撃を振り下ろした。
「魔能……ヴァルケイ×∞!!」
少女は回避しようともせず、無数の光の斬撃を解き放つ。
僕は空中でおしよせる斬撃を必死に刀で弾き、切り裂きながら突き進んだ。そして、少女の胸元へ向けて刀を深く突き立てる。
少女は余裕の笑みを浮かべていた。
無敵の肉体と鎧が、黒炎を纏った僕の刀など弾き返すと思っていたのだろう。
だが
刃は浅く、しかし確実に少女の肉体を貫き刺さった。
それでも少女は笑っていた。
しかし、貫いた刀から伝わる熱力が次第に異変を見せ始める。黒炎の熱度が爆発的に跳ね上がっては弱まり、再び高まるという波を繰り返す。その波状攻撃の熱が、彼女の体を内側から焼き焦がしていった。
味わったことのない激痛に、少女の表情が引きつる。
「……!?(なに……この痛み……!?)」
少女は狂乱したように刀を掴み、引き抜こうとした。横に一閃して切り裂こうとする僕の腕を、彼女の手が力任せに掴んで拘束する。
激痛の中、少女の頭の中に過去の惨劇が蘇っていた。
戦火の渦中、二人の大切な者を守ろうとして命を落とした、あの日の絶望。
「死にたくない……死にたくない……! 守るんだ……二人を、みんなを!! ルシフェル様にいただいたこの命……もう捨てたくない! 私は死にたくない!!」
少女の叫びに応ずるように、背中の翼がさらに巨大化し、枚数を増やして凶悪な異形の姿へと変わっていく。
完全な化け物と化した手を、彼女は僕へと向けた。その手の中に、魔血が圧縮されていく。
逃げようと足に力を入れた瞬間、少女の投げた剣が僕の腕を撃ち抜いた。
釘で刺された紙のように、僕の腕は後ろの大木へと深く縫い付けられる。刺さった腕から鮮血が激しく吹き出した。回避は不可能だった。
「黒ドラくん!!」
異変に気づいた里見さんが駆け寄ろうとする。
「行かせない……ダークネスボール」
ルシフェルが冷淡に黒い球体を放つ。
ホワイトドラゴンが咄嗟に割り込み、その弾を正面から受け止めた。
「ホワイトドラゴン!!」
里見さんの叫びが響く。
「大丈夫だ……こいつらは俺が止める」
ホワイトドラゴンは吐血しながらも、その場に仁王立ちになった。
「お前も、黒ドラも仲間だろ……! お前は黒ドラを助けに行け。心配は無用だ、俺は一人でも強い。……だが、ピンチの仲間を助けるのは当たり前だろ! 俺は立ってる。黒ドラは動けない。俺に構わず行け!! ここはなんとかしてみせる!!」
ホワイトドラゴンは血を流しながらも銃を構え直し、二人の敵へ向けて弾丸を連射した。二人はそれを余裕で回避する。
「そんな弾、当たりませんよ……」
その隙に、里見さんは地面を蹴り、弾丸のような速度で僕のもとへ走った。
「死ね……! 魔能デッド・グルーム……!!」
少女の手から、僕へ向けて灰色の球体が放たれる。
その直前、目の前に飛び込んできた
里見さんが、その巨大な球体を思い切り蹴っ飛ばした!
「ていやああああ!!」
軌道を大きく変えられた球体は遙か遠くの森へと飛んでいき、凄まじい爆発を起こして一瞬で木々を枯木になった。
「ハァ……ハァ……」
蹴り飛ばした里見さんの足から、だらりと血が流れ落ちる。
少女はすぐさま接近すると、里見さんの頭部を掴み、力任せに大木へ叩きつけるように投げ飛ばした。その瞳は、もはや獲物を追い詰める野獣そのものだった。
「死ねぇぇ!!」
少女が剣を抜き、倒れた里見さんへ襲いかかる。
僕は腕の剣を強引に引き抜き、ヨロヨロと立ち上がると、背後から
「魔能黒翼の爪紅!!」
漆黒の炎を纏う翼を広げ、手に集中し、黒い炎の爪になる。
少女の身体をガッチリと抱きかかえて拘束した。
「里見さん、今です!!」
「離れろ……!!」暴れる少女。
里見さんは血の滲む足を地面へ力強く踏み鳴らし、突撃前の闘牛のように溜めを作った。
「魔能アジュガメリア!!」
大きくホップし、空中で超高速の連続蹴りを叩き込むと、最後は強烈なアッパーカットで少女の巨体を上空へと打ち上げた。
「魔能エクリプスルーチェ!!」
空中へ舞い上がった少女が、上空から無数の細いレーザー照射を繰り出してきた。
「黒ドラくん、まだ動ける!?」
「えっ、はい!」
「よし、私に動きを合わせて! ぶっつけ本番だよ!」
「何をするんですか!?」
「合体魔能さ!! 私と黒ドラくんの魔能を合わせて、強大な一撃を作るの! やるよ!」
里見さんは空中のレーザーを回避しながら急降下し、少女へ向けて凄まじいかかと落としを繰り出す。
僕も落ちてくる落下地点を予測して素早く移動し、自分の刀を拾い上げた。
落ちてくる少女を視界に捉え、刀に膨大な黒炎を纏わせて高速で振り回す。
周囲に吹き荒れる黒炎の渦。少女はその渦の真っ只中へと叩き落とされた。
だが、少女はなおも立ち上がろうとする。そこへ里見さんが即座に滑り込み、怒涛の連続蹴りを叩き込んだ。
さらに僕が炎の渦を刀身へと集約させ、巨大な黒炎の刃で二重三重に切り裂く。
二人による怒涛の二方向同時攻撃。
仕上げに、僕の足から溢れ出た黒炎が里見さんの足へと流れ込み、二人の足に漆黒の炎が激しく滾る。
タイミングを完全に合わせた二人の足が、少女の身体を捉え、背後の岩壁へと吹き飛ばした。
「「合体魔能・黒蓮華!!」」
轟音と共に激突する少女。
しかし、彼女はなおも立ち上がってきた。
「これで終わり……? なめないで……!」
その直後だった。
少女の身体の内側から、漆黒の炎が溢れ出し、全身を包み込むように激しく燃え上がり始めた。遅れてやってきた黒炎の暴走だ。
少女は身を悶えさせ、炎を払おうと必死にもがく。
「クソが……! クソがぁぁ!! 私は二人を、みんなを守る盾になるんだ! これっぽっちの攻撃、痛くも痒くもない!!」
狂乱しながら剣を振りかざす少女。
「まだ動くの!?」里見さんが息を呑む。
「やれやれ……あちらは随分と盛り上がっていますね」
ルシフェルは呆れたように頭を掻きながら、黒炎に包まれる少女を見つめた。
「まあ良いでしょう……これも時の運命。受け入れましょう」
クロノスは撃ち続けるホワイトドラゴンの懐へ一瞬で踏み込むと、その首を冷酷に掴み上げた。
ホワイトドラゴンは首を掴む手を振り払おうと必死に暴れる。
「残念……この程度、君のようなゴミと同じ価値しかないんですよ。あの時、さっさと殺しておくべきでしたね。竜と人間……」
首骨を叩き折ろうとしたその瞬間、二人の目の前に巨体が躍り出た。
目の前に現れたのは、アルマジロのような巨体に、古代生物アノマロカリスを思わせる禍々しい頭部を持った魔龍
炎魔竜だった。
「ウヴァアアアアアア……!!」
「……撤退しますよ」
クロノスが呟く。
「では、引き上げましょう。ラズグジエル、ここから去りますよ」
ルシフェルが少女の名を叫ぶ。
クロノスはホワイトドラゴンを無造作に放り投げた。ホワイトドラゴンは咳き込みながらもすぐに立ち上がる。
ラズグジエルと呼ばれた少女は、黒炎が消え去った全身焼け焦げた姿から、驚異的な再生力で瞬時に肉体を修復させていた。
「クソ……ッ!」
悔しげに吐き捨て、三人影の中へと姿を消していく。
「あとは頼みますよ、チェロス」
クロノスの声が響くと同時に、影の中から一領の不気味な鎧が姿を現した。
「解体! 解体!! また会えた、会えたなぁ! 魔能を使える人間!!」
鎧の怪人が怪しい声を上げ、僕たちへ襲いかかってくる。
同時に、炎魔竜も咆哮を上げながら近づいてきた。
「ウヴァアアアアアア!!」
ホワイトドラゴンが即座に立ち上がり、魔龍と鎧の足を狙って銃撃を浴びせる。
しかし、チェロスと呼ばれた鎧は弾丸を受けても無傷。炎魔竜は巨体を丸めて球体になると、炎を吹き出しながらまるで火車のように転がり始めた。
「ヒャハハハ! 楽しい、楽しい!!」
チェロスは自らの身体を切り裂き、無数の分身体を生み出して押し寄せてくる。
里見さんが突撃し、連続蹴りで迎撃する。
「全員連れて帰る、帰る! そして解体! 解体!!」
僕も刀を振るい、分身体を次々と切り裂く。ホワイトドラゴンも的確に分身体の頭部を撃ち抜いていく。
「くっ、キリがないな!!」
その時だった。
転がりながら突進してきた炎魔竜が、チェロスの分身体を踏み潰すと同時に回転を停止させた。
巨体を開いた炎魔竜は、目の前にいたチェロス(ほんたい)の頭部を巨大な顎で丸かじりし、そのままバリバリと喰らい始めたのだ。
チェロスを喰らい尽くした瞬間、炎魔竜の体から吹き出していた炎が変貌を遂げた。
どす黒い、禍々しい「黒炎」へと塗り替えられていく。
喰らった魔能を取り込み、さらに凶暴化した炎魔竜。
黒い炎を撒き散らしながら、再び球体となってこちらへ向かって転がり始めた。
「ウヴァアアアアアアアアアアアア!!」




