第37章無敵の狂宴-魔剣ガタルゾロア-
里見たちを背後から執拗に追いかける、不気味な仮面の少女。
その異様な殺気に、妖刀を携えた青年――ユッカは息を呑んだ。
「……っ!?」
「ウィズトさんがやられた、だと……!?」
青年が驚愕に目を見開くと、追ってきた少女は仮面の奥から冷酷な声を響かせた。
「ええ……。あの先生は、私の手で殺してあげたわ。……その妖刀をわたしにくれたら、命だけは取らないであげる」
「断る。この刀は絶対に死神帝国に渡すなと、シャレンティエン様から硬く命じられている!」
「そう……。なら、殺す」
少女は短く告げると、爆発的な速度で地を蹴った。
「ここは島よ? どこにも逃げ場なんてないのよ……。」
大きく跳躍し、青年へ向けて容赦ない斬撃を振り下ろす。青年は泥臭く地面を転がり、間一髪でそれを回避した。
青年は里見たちの姿を視界に捉えると、必死の声を張り上げた。
「そこをまっすぐ行ったあたりだ……! そこの人、確か里見と言ったか!? あの巨大な岩を壊せるか!?」
「えっ、ええ、やってみるわ!」
里見は指示された大岩へと猛突進し、渾身の魔能を足に込めた。
「魔能バラック!!」
強烈な蹴撃が大岩を粉々に粉砕する。砕け散った破片の向こう側、地面の窪みに、古びた一つの箱が隠されているのが見えた。
「それを、こっちに投げてください!!」
里見が躊躇なくその箱を拾い上げ、青年へと放り投げる。
「異様な魔能の予感……。何か知らないけれど、それもいただくわ!」
少女が宙で身を翻し、箱を強奪せんと手を伸ばした。
パンッ!!
だが、その指先が箱に触れる直前、正確無比な弾丸が空間を弾いた。
「あいつにとって、今一番必要なものだ。……なら、邪魔をさせるわけにはいかないな!」
ホワイトドラゴンが銃口から煙を上げ、少女の動きを牽制する。
「ちぃっ……!」
弾丸は少女の肉体に直撃したものの、まるではじき返されるように効果を示さない。
だが、その一瞬の隙に、青年は投げられた箱をキャッチし、強引にこじ開けた。
中に収められていたのは、黒く禍々しい触手に巻かれた、異形の「手甲剣」だった。青年は迷うことなく、それを自らの腕へと装着する。
瞬間、手甲から伸びた肉肉しい触手が、青年の腕を侵食するように激しく巻き付いた。
「グッ……アァァァァッ……!?」
脳を焼き切るような激痛が青年を襲う。
少女はその隙を見逃さず、一気に距離を詰めて刃を突き立てようとした。青年の肉体が異形のものへと変貌しかける。しかし、青年は凄まじい精神力でその痛みをねじ伏せ、肉体の崩壊を食い止めた。
「想像以上の魔能の負荷……。だが、これなら!!」
青年は完全に魔剣を従え、襲いかかる少女へ向けてカウンターの斬撃を放った。少女はそれを自身の盾で受け止める。
(なっ……この異様な魔能の圧は……まさか、魔剣!?)
「魔剣か…?」
「そうだ。魔剣だ……!!」
青年の腕から伸びた触手が、少女の腕を絡め取って強引に引き寄せる。そのまま肉体を切り裂く一閃。
少女は「無敵」の余裕から笑みを浮かべていた。
だが、刃が肉に達した瞬間、少女の肩から鮮血が激しく吹き飛んだ。
少女は我が目を疑い、ぽたぽたと滴る自身の血を指で触った。
「血……? 私に攻撃が通じた……!? 嘘、そんなのあり得ない……!!」
青年は勝ち誇ったように不敵に笑う。
「フッ……お前の魔能のカラクリは読めた。弾丸すら効かない肉体、攻撃を避けない絶対的な余裕、そして今の驚きよう。お前は『あらゆる攻撃が一切効かない無敵の盾』の魔能を持っているんだろう」
青年は魔剣の刃を突きつける。
「だが、この魔剣ガタルゾロアは、相手に致命傷を与えるための『最適解』を即座に分析し、対応させる能力を持つ。貴様の肉体が無敵であると理解した以上、それを無効化する最適解を導き出す。……お前の魔能を一瞬だけ石化させ、無効化した状態で切り裂いた。それが、今の攻撃の正体だ!」
「意味が分からない……!」
少女は肩の傷を押さえるのをやめ、青年へと斬りかかる。
しかし、青年は魔剣から伸ばした触手で建物の柱を掴むと、振り子の要領で少女の背後へと回り込んだ。
「私は無敵のはず……。二人を守れるような盾になって……みんなを守る騎士になるんだ……!」
少女の心が焦燥に染まる。
「魔能ヴァルケイ!!」
放たれた光の斬撃を、青年は柱を利用した変幻自在の機動力でことごとく回避する。さらに自由な方の触手で少女の剣を絡め取って封じると、一気に間合いを詰めた。
至近距離。剣に巻き付けていた触手を解く反動を利用し、青年は少女の頭部へ強烈な蹴りを叩き込んだ。
「みんなを守る盾になりたいのなら、そんな死神帝国の悪事は今すぐやめたらどうだ!」
少女の体は地面へと激しく叩きつけられた。その衝撃で少女の仮面がパきりと割れ、口から血が吐き出される。だが、彼女はすぐに、まるで壊れた人形のように立ち上がった。
「グッ……。私は無敵……無敵なのよ……。こんな攻撃、ただの擦り傷に過ぎない……!」
その瞬間、少女の背中から、天使と竜の羽が混ざり合ったような、歪な翼が大きく広がった。その羽は、どす黒い闇の力に染まり始めている。
瞳の色が真紅に染まり、肌には竜の鱗が浮かび上がる。それを覆うように、丸い輪に鳥の紋章が刻まれた白銀の鎧が彼女の体を包み込んだ。
髪が引きちぎれるように伸びて長髪となり、その毛先には白と金色の輝きが宿る。
圧倒的な魔能の奔流。少女の肩の傷が、みるみるうちに塞がっていく。
肉体の一部を完全な異形へと変えたその姿で、少女は血の涙を流しながら、歓喜の声を上げた。
「……やっぱり、私は無敵なんだ……っ!!」
泣きながら喜ぶその顔は、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
青年が即座に身構える。
異形の少女は凄まじい速度で突進し、青年に襲いかかった。
「なんだ、あの速さは……!?」
柱を掴んで回避しようとする青年だったが、少女はその触手を生身の手で掴み、力任せに食いちぎり、剣でズタズタに切り裂いた。
「……くっ!!」
青年が完全に体勢を崩し、少女がトドメの刃を振り下ろそうとした、その時――。
ドゴォォォォォンッ!!!
凄まじい噴煙と地鳴りが、戦場全体を震わせた。
「おい、里見……あれを見ろ!」
ホワイトドラゴンの緊迫した声に、里見も顔を上げる。
「あれって……火山が噴火したの!?」
「そうだ。……それに、あの煙の奥に、竜の顔が見える」
「あれが……炎魔竜……!」
青年もまた、その巨体に気づき歯噛みした。
「ちっ、あいつらの本当の狙いは、炎魔竜だったか……!」
隙を突かれた青年の体を、少女の強烈な蹴りが吹き飛ばす。
青年が岩壁へと叩きつけられたその場所に、最悪のタイミングで、二人の男が足音もなく姿を現した。クロノスとルシフェルだ。
「おや、戦闘中ですか? あちらで大暴れしている竜は、君の手下じゃないのかい?」
「そうですねぇ。あの姿は初めて見ました。半竜状態、でしょうか。……まぁ、今はあの『刀』を奪うことが最優先ですがね」
「半竜状態とは少し違いますな……。よろしい、まずはあの刀を手に入れましょう」
二人が不気味な笑みを浮かべ、里見たちへと接近する。
ホワイトドラゴンがすかさず銃撃を浴びせるが、二人は弾丸をその身に受けながらも、全く歩みを止めない。
「生ぬるいですねぇ。一発ずつ撃ったところで、私たちには蚊に刺された程度ですよ」
「ホワイトドラゴン、これを持ってて!!」
里見は持っていた刀をホワイトドラゴンに無理やり押し付けると、自らクロノスたちの前に飛び出した。
「魔能バラック!!」
全力を込めた拳を叩き込もうとするが、白髪の男
クロノスは、その軌道を完全に読んだ動きで、里見の拳を無造作に片手で掴み取った。
「なっ……!?」
万事休すかと思われた、その瞬間。
背後の森を切り裂いて、黒ドラと、そして満身創痍のシャレンティエンが駆けつけた。
二人は一瞬で戦場の異常な光景を把握する。
地を這う青年の腕を見たシャレンティエンの顔が、驚愕に強張った。
「……あの腕は……魔剣……ガタル……ゾロア……!?」
「ガタルゾロア……?」
黒ドラがオウム返しに尋ねると、シャレンティエンは忌々しげに息を吐いた。
「あまりにも危険すぎる魔剣だからこそ……私が、あの道場の石ノ下に封印していた武器だ……。なぜ、それを……」
「危険な、魔剣……?」
「話は後だ……! 今は、あの炎魔竜と、死神帝国の奴らを……ここで食い止めるのが先だ!!」
青年ユッカは即座に立ち上がり、仮面の少女の追撃を紙一重で躱しながら、シャレンティエンの元へと滑り込んだ。
「師匠……! ご無事で……!」
「ユッカくん……。その魔剣をなぜ君が知っていたのかは、後でたっぷり聞こう。……黒ドラくん、連れてきてくれてありがとうな……」
シャレンティエンは痛む体に鞭打ち、不敵な笑みを浮かべた。
黒ドラは里見を救出するべく、青年にその身を預ける。
「いくぞ……!!」
黒ドラは自身の刀にどす黒い黒炎を滾らせ、クロノスたちに向けて果敢に突撃を開始した。
しかし、この時の僕たちはまだ気づいていなかった。
島の中心から溢れ出た炎魔竜が、燃え盛る無数のマグマの濁流を引き連れ、すでに僕たちのすぐ背後まで迫ってきているという、本当の絶望に。




