第39章 氷解 -絆の大剣-
――少し前の死神城。
ドラグノアがチェロスへ、怪しげな赤黒い血が満たされた小さな小瓶を手渡していた。
「これは……何? 何?」
チェロスが首を傾げる。
「あなた自身の遊びをさらに楽しくさせ、あなたが最も望む『最恐の竜』になるための特効薬ですよ。ぜひ飲んでみてください」
「そうか……そうか! ぜひ飲もう……!」
チェロスは迷いなく小瓶の中身をゴクゴクと飲み干した。
しかし、しばらく経っても身体に変化は現れない。
「なにも起きないぞ! なにも起こらないぞ!? 嘘をついたのか!?」
「まさか、嘘などついていませんよ。その小瓶の意味は……後になれば分かります」
ドラグノアが口元を歪めてニヤリと笑った瞬間、チェロスの全身に焼き尽くされるような激痛が走った。だが、彼は異様な耐性でそれを即座に抑え込む。
「これで……いいのか、いいのか!?」
「ええ……。あとのお楽しみです……」
ドラグノアはそのまま闇の中へと姿を消した。
現在。
チェロスを喰らい、黒炎を纏った炎魔竜が、巨大な黒い火車となって転がってくる。
周囲の木々を激しく焼き払いながら、押し寄せてきた。
「ウヴァ! ウヴァアアアアアア!!」
「魔能黒翼の爪紅!!」
僕は漆黒の炎を纏わせた翼を広げ、両手にその炎を収束させると、正面から炎魔竜の巨体を力任せに受け止めた。
「グッ……!!」
だが、相手の威力が勝り、じりじりと足元が削られて押し込まれていく。
横から里見さんが加わり、二人で必死に抑え込もうとするが、それでも後退は止まらない。二人とも今にも押し潰されそうだ。
ホワイトドラゴンが後方から弾丸を撃ち込むが、黒炎の勢いに弾かれて全く効果がない。
「「グッ……!!」」
潰れかける僕たちを見て、ホワイトドラゴンは手にしていた銃を地面に投げ捨てると、自らも前線へと飛び込んできて巨体を受け止めた。
それを見た里見さんが、苦しげに息を吐きながら言う。
「来るのが遅いですよ……! ここはもっと早く手助けに入るところです、ホワイトドラゴンくん!」
「撃って凍らせようとしたんだが、氷が瞬時に溶けちまったんだよ!」
「実際出来なかったんだから、最初からさっさと来なさいよ……!」
3人が全力を振り絞り、黒炎の圧力がさらに跳ね上がる中、喧嘩を始める二人へ僕は叫んだ。
「二人とも、今はそんなことを言ってる場合ですか!! ずっとあの時から喧嘩ばかりして……! あの時、僕が眠っている間に二人の間で何があったんですか!?」
「いや……止めに行かなかったホワイトドラゴンくんが悪いのよ!」
「ハァ!? 止める理由がないのに止めたって意味ねぇだろ!」
「ホワイトドラゴンくんが止めなかったから、黒ドラくんが死んでいた可能性だってあったんだから!」
「俺だって予想外だったよ! お前も俺もだろ!!」
「二人とも!!」
僕は二人を遮るように大声を張り上げた。
「今は喧嘩をしている状況じゃないです……! それに、あの時は僕の方が悪いんです! シャレンティエンさんが言っていた『もう一人の僕』が出てきてしまった……だから、これ以上の喧嘩はやめてください! 僕にとって、里見さんもホワイトドラゴンさんも大切な仲間なんです!!」
二人の動きがピタリと止まる。
「意味のないことで争っても何も生まれない! でも……それだけ喧嘩ができるってことは、仲が良い証拠じゃないですか! 喧嘩するほど仲が良い……でも、場と状況を考えてください!!」
二人は息を呑み、顔を見合わせた。
「……そうだな」
「……黒ドラくんの言う通りね」
「これで喧嘩はおしまいにしてくださいね! それじゃあホワイトドラゴンさん、里見さん! これを持ち上げられますか!? このままじゃ押し潰されます!」
「「「分かった……飛んでいけぇぇぇぇ!!!」」」
三人同時に炎魔竜の巨体を力任せに空中へと持ち上げ、海の方角へと投げ飛ばした!
「ウヴァウヴァウヴァ……!?」
海の方向へと吹き飛んだ炎魔竜は、少し顔を出すと、口から黒炎を噴射してその推進力で空を飛び、陸地へと戻ろうとしてきた。
――その瞬間。
僕の脳内に、見たこともない記憶が流れ込んできた。
頭を激しい痛みが襲い、僕はその場にうずくまる。
(……石壁に包まれた地下空間。胸に紫色の宝石を宿し、巨大な翼を広げた三つの頭を持つ竜が、口から紫色の光線を撒き散らしている。
追いつめられたTTTの仲間たち。
「ちょ、お兄ちゃんどうするの!?」と焦る黒髪の少年。
「リーダー! あれは普通の竜以上、いや魔龍以上ですよ!?」と刀を構える長髪の青年
銀髪の女性が「無理……じゃない?」と呟き、眼鏡をかけた赤とオレンジのグラデーションが美しい髪の少女が「ここごと爆破してやりますよ!」とスピアを構える。
クリウスアーナが「やめろ! ここは地下だぞ! 大惨事になる!」と少女の首根っこを掴んで止めている。
「お兄ちゃん、あの竜は倒せそうにないよ!?」
回想の中の『僕』は決断する。
「里義さん、鳳凰さん、お願いがあります! 弟とアザリアさん、ほうずきさんはあの竜を食い止めてください! クリウスアーナさんも援護を!」)
(……誰なんだ……? 知らない……そんな人たち……!)
脳裏の回想の中で、仲間たちが動き出し、頭上の石壁を爆破して三つ首の竜をガレキで生き埋めにする。しかし三つ首の竜はガレキを吹き飛ばして暴れ出そうとした。
その瞬間、回想の中の僕は漆黒の竜へと姿を変え、巨大な黒炎の球体を作り出していた。
そうだ……竜化だ。
竜化すれば……僕にもできるはず……!
僕が意識の中で竜化しようとしたその時、景色が一変して白い空間となり、誰かに腕を強く掴まれた。
「誰……!?」
「弟……お前には竜化は無理だ。まだ出来ない」
腕を掴んでいたのは、僕とまったく同じ顔をした人物だった。だが、その瞳だけは鮮血のように紅く染まっている。
「出来ないってどういうこと……!? やってもないのに決めつけないで!」
「出来ないものは出来ない。お前はまだ未完成だ。今無理に竜化すれば、もう一つの精神に乗っ取られ、この大陸……いや全ての大陸を滅ぼすことになる」
「可能性でしょ……! 僕はやれる、心配する必要はない!」
「シャレンティエンの修行を途中で放り投げたお前に、できるわけがないだろう。諦めろ」
「……しょうがないだろ! シャレンティエンさんの方から嫌な予感がしたんだ! 駆けつけたら傷ついたシャレンティエンさんがいて……助けに行くしかなかったんだ!」
「フン……相変わらずお人好しの僕だな」
「嫌味な言い方をしないで……! 昔の自分でしょ!? あの頃の僕のことはよく分からない……でも、今の僕はあの頃とは違う!」
「黙れ……。まだ俺が経験した過去も、俺とブラックドラゴンとお前の『真実』も知らないくせに……」
「真実……? 真実って何!?」
「話しても意味はない。話はここまでだ……だが、一つだけヒントを教えてやる『三人の絆』を合わせるんだ」
「合わせる……?」
「ああ。今の、仲間を得たお前なら出来るはずだ」
掴まれていた手が離れた瞬間、僕の意識は元の戦場へと引き戻された。
「黒ドラくん!? 大丈夫!? すごく苦しそうな顔をしてたよ……!」
「大丈夫か……!?」
「……大丈夫です」
息を荒げながら、僕は脳裏に浮かんだ言葉を反芻する。
(三人の絆……。そうだ、あの時、砂魔竜を真っ二つに引き裂いた虹色の大剣……。あの力なら…!)
僕は刀を戻ってこようとする炎魔竜へ向け、二人に叫んだ。
「ホワイトドラゴンさん! 里見さん! 僕の肩に手を乗せてください!」
二人は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに駆け寄り、里見さんが左肩、ホワイトドラゴンさんが右肩へ力強く手を置いた。
深呼吸をする。二人から伝わってくる温かい魔能と信頼が、僕の体内へ流れ込んでくるのを感じる。
集中を極限まで高めると、僕の持っていた刀が七色の光を放ち始め、巨大な光の大剣へと変貌を遂げた!
「合体魔能」
「「「絆の大剣!!!!」」」
僕は全身の力を込め、輝く大剣を振り上げた。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
一閃。七色の閃光が海を切り裂き、炎魔竜の巨体を真っ直ぐ縦一文字に叩き斬る。
「ウヴァ……ウヴァァァッ!?」
両断された炎魔竜の体は黒炎を失い、そのまま深い海の中へと沈んでいった。
光の大剣は静かに輝きを収め、元の一本の刀へと戻る。
「ハァ……ハァ……勝った……」
あまりの激消に、僕はその場に膝をついた。
「大丈夫!? 黒ドラくん!」
「大丈夫か……!?」
「大丈夫です……これくらい……」
ゆっくり立ち上がった僕
「よく……やったね、君たち」
そこに、傷ついたシャレンティエンさんとユッカさんが歩み寄ってくる。
「おやおや、炎魔竜がやられてしまいましたか」
突如、空間の影から駅員の制服を着た男が静かに姿を現した。
僕たちは瞬時に武器を構え、警戒を強める。
「そう警戒しないでください。戦うのは面倒ですしね……さっさと君たちを特別な駅にご招待いたしましょう」
次の瞬間、僕、里見さん、ホワイトドラゴンの足元の影が爆発的に広がり、まるで底なし沼のように僕たちの身体を飲み込み始めた。
必死に脱出しようとするが、影の粘力に阻まれ身体が全く動かない。
「な……何をした!?」シャレンティエンさんが叫ぶ。
「言ったでしょう? 特別な駅へのご招待だと……。おっと、これ以上は教えられませんね。我らの秘密ですから。……ですが、一つ教えてあげましょう。今、炎獄苑では大変なことが起きており、新たな王が生まれようとしている……ということをね」
駅員の男は嘲笑を残し、影の中へと消えていった。
そして僕たち三人も、抗う術もなく影の深淵へと完全に引きずり込まれて消えてしまった――。
「師匠……! これは一体……!?」
ユッカが青ざめた顔で叫ぶ。
「……炎獄苑で、何かが起きている……」
シャレンティエンは消えた影を見つめ、低く呟いた。
「どうします……!?」
「……大丈夫だ。あの三人は、前よりも遥かに強くなった。私は彼らを信じる。……それよりユッカくん、なんで君があの『ガタルゾロア』のことを知っていたんだ?」
シャレンティエンに鋭い視線を向けられ、ユッカは気まずそうに口をつぐむのだった。




