間話26魔物笛
―― 始まりの次元
カブンボ地方スネイルウッズ――
豊かな緑に囲まれた森の中に、一人の幼い少女と、二人の高位な女性の姿があった。
少女は無邪気に周囲の魔物たちと触れ合って遊んでおり、二人の女性は切り倒された丸太の上に並んで腰掛けていた。
「どうしたの、シャレンティエンちゃん。突然私のところに来るなんて珍しいじゃない」
ミントグリーンの美しい髪を揺らし、フローラが穏やかに微笑む。
「いやあ、姫様が勉強ばかりだと息が詰まっちゃうかなと思ってね。たまにはこうして、自然に触れ合った方がいいだろう?」
シャレンティエンはどこかおどけた調子で、のんびりと空を見上げた。すると、近くの木から伸びてきた植物の蔦が、いたずらっぽく彼女の頬をツンツンと突いた。
「確かに、私は自然と生命を司る神竜ですけれど……。本当の理由は、別にあるんでしょ? シャレンティエンちゃん」
フローラはすべてを見透かしたような、悪戯っぽい視線を向けた。
「はは、やっぱりフローラちゃんにはお見通しだったか……」
シャレンティエンは苦笑交じりに表情を引き締めると、声を潜めて本題を切り出した。
「ここ最近の、暗黒大帝軍の動きがおかしいとは思わないか?」
フローラは小さく顎に手を当てて、真剣な表情で考える。
「うーん、そうだね……。まるで、作戦が分かっていたのような動きだし…。
雷神竜と風神竜の二人も、戦死してしまったらしいから。これ以上、私たち神竜種の強者が失われたら、戦況はこちらの圧倒的致命傷になる。……もしかしたら、神竜種の中に『内通者』がいるのかも」
「内通者、か……」
シャレンティエンは重々しく呟いた。
「だが、上の神竜種たちがそんな話を簡単に信用するかどうか。もし『裏切り者がいる』なんて噂が回れば、国中が大パニックになって疑心暗鬼に陥る。そうなったら、それこそ邪神竜や暗黒大帝軍の思うツボだしな」
「そうだね。だけど、一度話してみる価値はあると思うよ。始まりの竜さんくらいには、内通者の可能性について密かに話を通しておいてもいいかもしれない」
フローラは優しく励ますように、シャレンティエンの肩を叩いた。
「そうだね、そうしてみるよ。これ以上、神竜種の仲間たちの死は防ぎたい。……誰もがそう願っているはずだ。この悲しみの連鎖を、私たちの代で止められるかどうか……」
考え込むシャレンティエンの手元に、フローラは一本の木製の笛をそっと差し出した。
「少し、考えすぎだよ。ほら、これ」
「これは……?」
「『魔物笛』。私の魔能の一つである『魔物と心を通わせる力』を、魔能印にして刻み込んだ笛だよ。シャレンティエンちゃんに使えるかどうかは分からないけれど、私からのプレゼント。お守り代わりに持っていて」
「お守りか……。ありがとう、大切にするよ」
シャレンティエンが笛を愛おしそうに受け取った、その時だった。
「ねえねえ、フローラさん!! この魔物、なんていう名前なの?」
先ほどまで魔物と遊んでいた少女が、一匹の小さくて愛らしい子犬のような魔物を両手で抱え、目を輝かせながら走ってきた。
フローラは満面の笑みを浮かべ、優しく、そして丁寧に答えてあげるのだった。
「その魔物はですね……」
木漏れ日の中、穏やかで温かい時間が確かにそこには流れていた。
それから、1年後。
―― 始まりの次元
カブンボ地方マリポッサ――
両軍の戦いは激化し、泥沼の戦いへと突入していた。
とある墓地の一つの墓。その前には、フローラの形見である黄緑色の魔能石が静かに供えられていた。
墓の前では、少女と、一人の男が声を上げて泣き崩れていた。
その後ろに佇むシャレンティエンの目からも、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。
「なんで……なんでこんなことに……! あの森は、神竜種しか入れない特別な結界で守られた森のはずだろ……!?」
男が悔しさに身を震わせながら叫ぶ。
「分かりません……。私が異変に気づいて駆けつけた頃には、もう……」
静かに声をかけてきたのは、懐中時計を手にした白髪の男クロノスだった。
シャレンティエンは涙を拭い、辛うじて声を絞り出す。
「そうか……。クロノス、お前が第一発見者だったんだな」
「ええ……。時の運命とでも言うのでしょうか、何か嫌な予感がしてあの森へ急いだのですが、到着した時にはすでに、すべてが焼き焦げた後でした……。私も、本当に言葉が出ないほど悲しく思います」
クロノスは悲痛な面持ちを作って俯き、嘆いてみせた。
「あなたが以前言っていた『裏切り者』の話……悲しいですが、本当だったのかもしれませんね。神竜種を案内できる者が内部にいなければ、あの結界を破るなど不可能なのですから」
「……ああ、間違いない。絶対に炙り出してやる……っ」
悲しみと激しい怒りに燃えるシャレンティエンは、まだ気づいていなかった。
目の前で一緒に悲しんでいるこのクロノスこそが、大切な親友を死に追いやった張本人であるという事実だったことを
彼女がその真実知るのは、半年後の要塞の戦いの後
捕まったあとであった。




