第35章羽がない天竜
一方その頃、里見さんとホワイトドラゴンは、シャレンティエンの手紙に書かれていた通り、残された道場へと向かっていた。
道場の中に入ると、そこには二人の人物が待っていた。
一人は、丸みのあるショートヘアが特徴的な、茶髪の女性。そしてその傍らには、先ほどもそこにいた、深海を思わせる深い色の長髪をした青年が佇んでいる。
茶髪の女性は二人を迎えると、静かに口を開いた。
「君たちだね……? 恩師が言っていた二人は」
「そうだけど……あんたたちは?」
里見さんが警戒を解かずに問い返す。
「そうだね、自己紹介がまだだった。君たちのことは恩師から聞いているよ。私は天竜種のウィズトと申します」
「天竜種!? なんで天竜種がこんなところに……」
里見さんが驚きに目を見開くと、ウィズトはどこか寂しげに目を伏せた。
「私は天竜種ではあるのだけれど……今はその記憶のほとんどを失っているんだ。覚えていることと言えば、鳥の仮面を被った少女に学園が襲撃され、私の翼が切り落とされたあの瞬間まで……。それ以外は何も思い出せなくてね。気づけばなぜかこの島の砂浜に倒れていて、恩師であるシャレンティエンさんたちに拾われて、今に至るんだよ」
「そんなことが……」
ホワイトドラゴンが絶句する中、ウィズトはさらに言葉を続けた。
「今、別の場所で試練に挑んでいる君たちの仲間――黒ドラくんだったかね。彼も記憶喪失らしいじゃない…。」
「えっ……? 黒ドラくんのことを知っているの?」
「ええ、シャレンティエンさんから色々と聞いていますから」
今度は傍らにいた深海色の髪の青年が口を挟んだ。
「ウィズトさん。昔話はそれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう」
「分かっているよ、ユッカくん。さて、二人にはこの刀を抜いてもらいたいんだ」
ウィズトは、一振りの鞘に収まった刀を差し出した。
「これは……?」
ホワイトドラゴンが尋ねる。
「鞘に収まったままで、決して刃を見せない刀。別名『開かずの刀』さ。シャレンティエンさん曰く、過去にこの刀を抜くことができたのは、君たちの先代の仲間、ただ一人だけだったらしい」
青年ユッカが補足する。
「お二人には、その開かずの刀を協力して抜いていただきます」
「なんだ、抜くだけなら……」
ホワイトドラゴンが普通に鞘を掴み、柄を引き抜こうとした。しかし、刀はまるで地面に根を張ったかのように重く、何かに引っかかっているようでピクリとも動かない。簡単には抜けそうにない頑丈さだった。
「ちょっと貸して!」
ホワイトドラゴンでは無理だと察した里見さんが、刀をひったくるように奪い取った。
そしてフンッと足を踏ん張り、力づくで引き抜こうとする。しかし、やはりホワイトドラゴンと同じように異様な重さを感じ、どこかが引っかかって抜けない。里見さんがさらに力を込めれば込めるほど、反比例するように刀はどんどん重くなっていく。
「力づくでは開きませんよ。その開け方には、何か特有のカラクリがあるはずです。ですが……この刀に関する情報は何も残されていないので、僕たちからヒントを出すことはできません」
ユッカが冷淡に告げる。
「さあ、どうやって開けるかは君たち次第だよ」
里見さんとホワイトドラゴンは、手元の刀をじっと見つめながら頭を悩ませた。
「物理的に何かが引っかかっているのか?」
「いや、やっぱり何か特殊な仕掛けがあるんじゃない?」
しかし、何度確認しても表面には不審な点が見当たらない。力技では開かないが、目に見えるスイッチのようなものがあるわけでもない。二人は完全にハタと困り果ててしまった。
「いや、やっぱりもう一回力技で試す!!」
「だから力技はダメだって言われたじゃん!」
二人が刀を挟んでバチバチと火花を散らせて言い合っていた、その時だった。
里見の目が、ある一点に止まった。
鞘の下の方に、極めて小さく、奇妙な紋様のようなものが刻まれていたのだ。
「これって……」
ホワイトドラゴンがその文字を覗き込む。
「古竜語だな」
「なら、これを解読すれば、開け方が分かるかも……!」
解読を試みようとした瞬間
突如として、激しい地鳴りが道場を揺らした。
「またか……!」
ウィズトが顔をしかめる。
「また、って?」
ホワイトドラゴンが聞き返すと、ユッカが険しい表情で答えた。
「ここ最近、異様に地震が多いんです」
「ああ……最悪の事態でなければ良いのだがね」
里見さんが不安を覚えて尋ねる。
「最悪の事態?」
「ここに『魔龍』が眠っていることはほとんどの大陸に知れ渡っている。もしこの揺れが、魔龍の復活の予兆なのだとしたら……」
ウィズトの言葉は、爆音によって遮られた。
バリィィィン!! と、道場の頑丈な木製の扉が、凄まじい力で蹴り飛ばされたのだ。
「誰だ……!」
ウィズトは瞬時に立ち上がり、腰の剣を抜いて極限の警戒態勢をとる。
蹴り飛ばされ、粉々になった扉の破片を踏みつけながら道場へと侵入してきたのは不気味な鳥の仮面を被った少女だった。
「ふーん、ここが道場? 道場破りってところかな……」
少女の姿を見た瞬間、ウィズトの脳裏に激しい閃光が走る。
「鳥仮面……!! お前は、あの時の……!」
ウィズトは一瞬で距離を詰め、容赦なく剣を切りつけた。しかし、鳥仮面の少女は手にした盾でそれを軽々と受け止める。キィィンと金属音が響く中、ウィズトは背後のユッカへ叫んだ。
「青年……!! こいつは私がやる。絶対に、な……! 君はその二人と仲間を安全な場所へ避難させろ。その後に、恩師のところへ向かうんだ!」
「分かりました……!! 二人とも、こちらへ!」
ユッカの指示に従い、里見さんとホワイトドラゴンは『開かずの刀』をしっかりと抱えたまま、道場の奥へと走り出した。
それを見た鳥仮面の少女は、盾の裏から素早く剣を抜き放ち、逃げる二人へ斬りかかろうとする。
「行かせるか! 魔能キーウィ!!」
ウィズトはすぐさま立ちふさがり、剣先を床へと叩きつけた。地面を這うような鋭い斬撃が飛び、鳥仮面の少女の身体を直撃する。
しかし、砂煙が晴れたそこにいた少女は、服の汚れ一つなく、完全に無傷だった。
「無駄だよ。私にはどんな攻撃も効かないんだから」
「くっ……魔能身体強化!!」
ウィズトは自身の攻撃力を限界まで引き上げ、再び超至近距離から猛烈な連撃を繰り出す。
しかし、少女はそれを避ける素振りすら見せず、退屈そうに呟いた。
「だから、私をどうこうしようとしても無駄だって言ってるでしょ。攻撃すること自体が不可能なんだから。ねえ、先生?」
「なっ……!?」
鳥仮面の少女が容赦なく放った一撃が、ウィズトの身体を捉えた。凄まじい衝撃波と共にウィズトの身体は弾き飛ばされ、道場の壁を突き破って外の地面へと転がり出た。
口からどっと血を流しながらも、ウィズトは執念で立ち上がる。
「ハァ、ハァ……先生……だと? お前、私の何かを知っているのか……!」
「知っていますよ」
鳥仮面の少女は、壁の穴からゆっくりと外へ歩み出て、冷酷に告げた。
「あなたはバーグルツ学園の先生で、私たちの担任だった。あの時、学園を襲ってあなたの羽を切り裂いたのも私。……死にゆく前の先生だけに教えてあげる。これは聖剣『エクスカリバー』。私自身の無敵の理由も、これのおかげ。それじゃあさようなら、先生。魔能静かなる福音」
少女の手にする剣が、不気味に、そして静かに光り輝く。
「どういうことだ……学園……担任……」
ウィズトがその言葉の意味を理解するよりも早く、光の刃が彼女の首を静かに切り裂いた。
「知る必要は、もうないよ……」
ウィズトの身体がその場に崩れ落ちる。
ゴロゴロと、鳥仮面の少女の足元に向かって頭部が転がってきた。
少女は冷たい目でそれを見下ろすと、「邪魔……」と吐き捨てて、その頭部を容赦なく蹴り飛ばした。
「(あの二人が持っていた刀……ルシフェルが言っていた妖刀って、あれのことかな?)」
鳥仮面の少女は不敵な笑みを浮かべると、刀を持って逃げた里見たちを追って、駆け出した。




