間話25白夜(はくや)の半竜
夜が更け、火山島の道場は深い静寂に包まれていた。
黒ドラや里見さんが旅の疲れから泥のように眠る中、ホワイトドラゴンだけは脳裏に渦巻く疑問のせいで眠れず、薄暗い廊下を宛てもなく歩いていた。
ふと、心地よい夜風と共に、微かな動物たちの鳴き声が聞こえてくる。
音のする方へと足を向けると、そこには月明かりに照らされた小さな庭園があった。
縁側に腰掛け、小鳥や小さな魔物たちと穏やかに触れ合っているシャレンティエンの姿があった。
彼女は気配を察し、振り返ることなく口を開いた。
「おや……。起こしてしまったかね」
「いや……。少し眠れなくてな。屋敷の中を少し歩いていただけだ」
シャレンティエンは傍らのスペースを軽く叩く。
「ならば、君も座りなさい」
ホワイトドラゴンは促されるまま、彼女の隣に腰を下ろした。
「こんな場所に、これほど綺麗な庭園があることに驚いただろう。こうして魔物たちと触れ合っていると、昔を思い出すのだよ」
彼女は愛おしそうに小鳥の頭を撫でる。
「昔からさ……私の仲の良かった友も、魔物や自然と触れ合うのが本当に大好きな人だった。この炎骨山には、人を襲うような凶暴な魔物はいない。人に友好的な者ばかりだからね……」
「そうだったんですか……。あの、一つ気になったことがあるのですが」
ホワイトドラゴンは前置きし、核心を突いた。
「シャレンティエンさん。あなたは昼間、黒ドラに話した内容を……色々と『伏せて』いませんでしたか?」
シャレンティエンの手がぴたりと止まる。
「……なぜ、そう思ったのかね?」
「ここへ訪れる前、俺たちは獣国でとある男と遭遇したんです。その男から『始まりの次元』や『暗黒大帝竜』の話を聞きました。あなたは、そのすべての真実を知りながら、あいつに刺激を与えないよう隠しているんじゃないですか?」
シャレンティエンの瞳が、一瞬だけ鋭く見開かれた。
「……その男の名は何という。教えろ」
「確か、後から駆けつけた七英天竜の一人が、その男を『ルシフェル』と呼んでいました」
「(ルシフェル……聞いたことのない名だ。暗黒大帝竜が新たに引き入れたのか……?)」
彼女は内心の動揺を押し殺し、再びホワイトドラゴンを睨み据えた。
「……ルシフェル、か。そいつは一体、何を話していた?」
「この世界が『コピーされた偽物の世界』であること。そして、始まりの次元の真実を」
ホワイトドラゴンの言葉を受け、シャレンティエンは深く長いため息を吐き、縁側に背を預けた。
「……そうか。確かに私は、あの子に配慮して話の多くを伏せていたよ」
彼女はぽつりぽつりと、歴史の裏に隠された真実を語り始める。
「黒ドラたちは昔、今の雷帝領
にあたる場所にあった小さな村で拾われたのだ。……だが、暗黒大帝竜は始まりの次元で『雷魔竜』の封印を解き、この次元へと呼び寄せた。そしてその雷によって、黒ドラたちが暮らしていた村を、大切な人々ごと跡形もなく焼き払ったのだよ」
「……っ、そんなことが……」
「それだけではない。暗黒大帝竜は、絶望した黒ドラたちを無理やり暴走させた。異変を察知した姫様たちがすぐに向かい、再び雷魔竜を封印して暴走を抑え込んだが……村はもう戻らなかった。これは、すべてクリウスアーナくんから聞いた話さ」
ホワイトドラゴンは拳を握りしめた。あいつが、そこまで凄惨な過去を背負っていたとは想像すらしていなかった。
「その後、クリスアーナくんが私の道場に、ボロボロになったあの兄弟を連れてきたのだ。『この二人を正気に戻し、育てられるのはお前しかいない』と頭を下げられてね。私はそれを受け入れ、二人に様々な武芸や生きる術を教え込んだ。それから十年後、二人は私の道場を出て、自分たちの旅へと出発したのだよ」
「なるほど……。そういえば、あなたとクリスアーナさんは、一体どういう関係なのですか?」
その疑問に、シャレンティエンは少しだけ悲しげな笑みを浮かべた。
「うーん……。一言で言えば、友であり、私の命を救ってくれた恩人だね」
「命の恩人?」
「始まりの次元の戦いの最中、私は暗黒大帝竜の部下どもに捕らえられた。そして……この体を異形へと改造され、常に『半竜状態』から戻れない体にされたのだ。だから私は、普通の人間や竜人とは魔能の巡りが違う。消費量が尋常ではなく多く、常に肉体は激痛と疲弊に苛まれている」
彼女は自らの緑の鱗に覆われた腕を見つめた。
「冷たい檻の中で、同じように捕らえられた神竜種たちがいた。だが、改造に耐えきれず、弱って死んでいく者ばかりだった。そんな地獄に踏み込んできて、私を救い出してくれたのが、クリスアーナくん率いる神竜種軍だったのだ。……その時、私は彼に一つ、固い約束をさせた」
「約束?」
「『姫様には、私が生きていることを絶対に伝えるな』と。だから、私がこうして生き永らえていることを知っているのは、世界中でクリスアーナくんだけなのだよ」
「なぜそんな事をするんですか!? 生きていたなら、真っ先にその姫様のもとへ戻ればよかったはずだ!」
ホワイトドラゴンの糾弾に、シャレンティエンは寂しそうに首を振った。
「……姫様が悲しむ顔が見たくなかったのだよ。それに、こんな化け物のような姿になった私を見たら、怖がらせてしまうかもしれないからね……」
「姫様……。前にルシフェルも言っていました。計り知れない強大な力を秘めた少女だと」
「そうだね。姫様の魔能はあまりにも特殊で、すべての次元をひっくり返すほどの力が秘められている。……だが、その強大な魔能を解放するたびに、代償として、姫様は『若返る』のだ」
「若返る……? それが代償なのですか?」
ホワイトドラゴンが怪訝な顔をすると、シャレンティエンの表情はかつてないほど沈痛なものへと変わった。
「その魔能の対価は、彼女の『年齢(生きた時間)』そのものなのだよ。魔能を使えば使うほど肉体は幼くなり……最終的には、存在自体がこの世から消滅する。クリウスアーナくんの話では、次にその魔能を使えば……間違いなく姫様は消え去る。もう、あと一回しか使えないだろう、と。……さて、長話が過ぎたな。私はもう寝るよ」
シャレンティエンは立ち上がると、小鳥たちを夜の闇へと帰し、静かに部屋へと戻っていった。
残されたホワイトドラゴンは、冷え切った縁側で一人、夜空を見上げるしかなかった。




