間話24死闘の罠
― 始まりの次元
バッブン地方
神竜軍要塞 ―
邪神竜と神竜種による戦争は泥沼化し、各地で硝煙が立ち上っていた。
バッブン地方の要塞は、いまや完全に邪神竜の軍勢によって包囲されていた。いつ攻め込まれるか分からない極限の緊張感の中、神竜軍の兵士たちは不眠不休で外を見張っている。
要塞の司令室には、二人の影があった。
「まさか、ここが我々の重要拠点であることを見抜かれるとは……。兵糧も底を突きかけている。どうしたものか……」
ボサボサのグリーンロングヘアの女性、ディオ・シャレンティエンは地図を睨みながら深く思考を巡らせていた。
その傍らで、灰色髪の男が静かに白銀の懐中時計に目を落とす。
「もう間もなく、邪神竜の軍勢は撤退を始めます。攻め落とすなら、その瞬間しかありませんよ。シャレンティエンさん」
シャレンティエンは男の言葉に、微かな違和感を覚えて視線を向けた。
「……? ずいぶんと確信に満ちた物言いですね、クロノス」
「私が見つめるのは『時の運命』。外れることはありません」
「……まぁ、あなたの占いは必ず当たると姫様も仰っていたし、始まりの竜様からの信頼も厚い。信じることにしましょう」
それから二日後。クロノスの言葉通り、要塞を囲んでいた邪神竜軍が突如として一斉に退却を始めた。
「本当に撤退を始めたぞ……! よし、好機だ! 追撃して袋叩きにするぞ!!」
歓声を上げた騎士たちは、色めき立って次々と要塞の門を打って出た。
「私はここに残ります」と、クロノスは懐中時計をしまいながら冷淡に告げた。「もしかしたら、敵の別動隊が来るかもしれない。『時の運命』がそう告げています」
「そうか……。では、留守は頼んだぞ」
シャレンティエンは彼に背を向け、馬に飛び乗って騎士たちと共に追撃へと向かった。
誰もいなくなった要塞の城壁の上で、クロノスは口元を歪め、ニヤリと冷酷に微笑んだ。
「……さて、始めましょうか」
数時間後。追撃に向かった神竜軍の隙を突くように、撤退した本隊を遥かに凌ぐ規模の邪神竜軍が、突如として要塞へと押し寄せた。
紫色の巨体を持つ四足歩行の竜が、無防備な要塞の防壁に猛然と体当たりを敢行する。轟音と共に壁が砕け散り、そこから邪神竜の兵たちが雪崩を打って要塞を支配していった。
「いやぁ、流石ですねぇ、クロノス。完璧な手際だ」
割れんばかりの拍手をしながら現れたのは、顔の半分を黒い仮面で覆い、派手な道化師の服を纏った男ロキだった。
「フン……。これもすべて『時の運命』に従ったまでですよ、ロキさん」
「ハハハ! 君が死神帝国の味方になってくれて、嬉しくて涙が出そうですよ!」
その軽薄な笑い声を切り裂くように、背後から強烈な蹴撃が繰り出された。
「追撃に出たはずの貴女が、なぜここにいるのです? ……シャレンティエンさん」
クロノスは振り返りもせず、自らの腕でその蹴りを受け止めていた。
「フン……どうにも嫌な予感がしてな! 何の意図もなく撤退するなどおかしい。何か裏があると思って引き返してみれば……こういうことか!」
シャレンティエンは鋭い眼光で二人を睨みつけ、軸足を跳ね上げてクロノスを強引に投げ飛ばそうとする。
「そうですか。ならば、ここで半殺しにしましょう。『時の運命』もそう告げていますので」
クロノスが冷酷に蹴り返す。
しかし、シャレンティエンはまるで酒に酔いしれているかのような、捉えどころのない変幻自在の体術でそれを紙一重で回避した。彼女の拳がクロノスの顔面を捉えようとし、そのまま腕を掴んで腹部へ強烈な膝蹴りを叩き込もうとした
その瞬間。
背後から目にも留まらぬ速さで、数条の銀光
投げナイフが飛来した。
シャレンティエンは再び『酔歩』の動きで躱そうとしたが、放たれたナイフは空中で不自然に軌道を曲げ、彼女の肉体へと正確に突き刺さった。
「グッ……ハァッ……!?」
激痛と共に、口元と傷口から鮮血が溢れ出す。シャレンティエンはクロノスを掴んでいた手を離し、たまらずその場に膝を突いて倒れ込んだ。
「どうです? 私の極上のナイフ捌きは」
道化師の服を揺らし、ロキが狂気じみた笑い声を上げる。
すかさず、クロノスの冷たいブーツが、倒れたシャレンティエンの背中を無慈悲に踏みつけた。
「がっ……は……っ!」
「おやおや……まだ抗うつもりですか?」
踏みつける足にさらなる体重がかけられ、骨の軋む音が響く。シャレンティエンは血を吐きながらも、憎しみを込めてクロノスを睨みつけた。
「……私を殺すなら、今すぐ殺せ……。裏切り者が……!」
その言葉に、背後で見ていたロキが腹を抱えて笑い転げた。
「殺す? 爆笑ものですねぇ! 忘れたのかい? クロノスは最初に言ったはずさ、『半殺しにする』ってね。ヒャハハハハハ!!」
ロキは仮面の奥の目を怪しく光らせ、シャレンティエンを見下ろした。
「つまりさ、君を生け捕りにするんだよ。その立場……我が主、暗黒大帝竜様にとって、『利用価値』があるんでねぇ……!」
要塞に、道化師の不気味な笑い声がいつまでも響いていた。




