間話23勉強の時間
― 始まりの次元
カブンボ地方マリポッサ城
色んな書物が眠る一室 ―
窓から穏やかな光が差し込む部屋。そこには数え切れないほどの本が並び、中央の机には二人の姿があった。
ボサボサのグリーンロングヘア女性、シャレンティエン。そして、その前に座るのは、陽の光を浴びて虹色にきらめく髪を持つ、幼き日の姫様だった。
「姫様。今日もまた……」
「お勉強の時間でしょ? 私、シャレンティエンさんとの勉強なら大歓迎だよ。優しく教えてくれるし、お話がとっても面白いんだもん!」
無邪気に笑う姫様に、シャレンティエンはふっと柔らかな微笑みを返した。
「姫様、ありがとうございます。……さて、本日の講義は『魔能』についてです。姫様は、魔能の仕組みについてどれくらいご存知ですか?」
問われた姫様は、小さな人差し指を顎に当てて、思い出すように語りだした。
「ええっと、始まりの竜さんたちから聞いたよ。私たち人間や竜人の身体にはね、『魔血』っていう特別な血が流れているの。その量は人それぞれで、頭の中にそれを蓄える場所があるんだって。魔血が多い人ほど、強力な魔能を放つことができる。魔能はそれを消費して力に変えるけど、使いすぎると気絶しちゃうし、最悪の場合は死んじゃうんだよね?」
「素晴らしい。その通りです、姫様」
シャレンティエンは満足そうに頷き、さらに言葉を重ねる。
「それに加えて、自分が『火を自在に操る』のか『水を操る』のかといった、魔能の本当の本質は……実は、多くの者が『死んだ後』にしか分からないのです」
「えっ? 死んだ後……?」
「はい。途中で自らの魔能の本質を完全に理解できる者は、ほんの一握り。ほとんどの者は、本当の力を知る前に生涯を終えます。なぜなら、魔能とは生きていく過程で『進化』や『退化』を繰り返し、自身を適応させ続けるものだからです。中には、火や水といった属性の枠にすら収まらない、独自の進化を遂げた『オリジナル』の魔能を生み出す者もいます」
姫様は虹色の髪を揺らし、不思議そうに小首を傾げた。
「へぇ……。じゃあ、死んだらその魔能はどうなっちゃうの?」
「『魔能石』はご存知ですね?」
「うん。お墓の前に置かれている、キラキラ輝く綺麗な石でしょ?」
「そうです。あの石は、持ち主が死した後にその『魔血』が結晶化したものなのです。石の色は生前の魔能によってバラバラ。例えば、火の進化を続けていた者なら赤く、水なら青くなります。ですが例外もあり……オリジナルの進化をした者、そして我ら『神竜種』の魔能石は、姫様の髪と同じ『虹色』になるのですよ」
シャレンティエンは悪戯っぽく微笑み、机をトントンと指で叩いた。
「さて、ここで姫様に問題です。もし、この魔能石が『暴走』してしまったら、一体どうなると思いますか?」
姫様はしばらくうーんと唸ってから、勢いよく手を挙げた。
「……大爆発する!?」
「ふふ、全然違います。不正解です」
シャレンティエンは楽しそうに首を振った。
「答え魔能石が暴走すると『魔龍』化するのです。魔龍とは、いわば生きた亡霊。ただの怪物とは違い、核が魔能そのものなので、倒すことは困難です。だからこそ、見つければ『封印』するしかありません」
なるほど、と納得した姫様だったが、ふと脳裏をよぎった疑問を口にした。
「ねぇ、もう一つ質問。もし……その魔能石を、生きている人間や竜人の体に『埋め込んだら』どうなっちゃうの?」
その問いに、シャレンティエンは一瞬だけ表情を曇らせ、困ったように視線を下げた。
「……それは、私にも分かりません。何しろ、魔能石は死者の魂の残り香。それを生者の体に埋め込むなど、死者への冒涜であり、あってはならない礼儀知らずの禁忌ですから。試した者など歴史上どこにもいませんよ」
「そっか……。でもね、シャレンティエンさん」
姫様は少しだけ不安そうな目を向けた。
「あの恐ろしい『暗黒大竜』や『邪神竜』たちなら、そういう悪いこと、平気でやっちゃいそうじゃない?」
その言葉に、シャレンティエンはハッとしたように目を見張ったが、すぐに優しい笑顔を取り戻して、姫様の小さな手を握った。
「……確かに、彼らならやりかねませんね。ですが姫様、安心してください。もしそんな不届き者が現れた時は、私たち神竜が命に代えても阻止します。姫様が心配する必要はありませんよ」
「うん! 神竜のみんながいれば百人力だね!」
「ふふ、そうですね。さて、それでは次のページに進みましょうか――」
平和な部屋に、ページをめくる心地よい音が響く




