間話21孤独の鏡姫Ⅳ 鏡面の月
― 次元No.2
タルタニア大陸 竜帝歴28年 ―
獣竜種は普通の人間や、竜人だと認められなかった。
タルタニア大陸の獣竜種の頂点に立つ『妖狐族』と、誇り高き『炎帝竜の一族』。両者の不仲を危惧した天竜界は、和平の証として炎帝竜の一族の者を、妖狐族へと嫁がせるよう命じた。
しかし、炎帝竜側の真意は冷酷だった。
もともと病弱だった妹は、獣国へ着くとすぐに病に倒れた。彼らの狙いは、妹の死を「妖狐族による毒殺」に仕立て上げ、正当な理由を持って戦争を仕掛けること。
母は、私を産み落とした2年後にこの世を去った。
母が死んだ瞬間から、私の居場所は冷たく湿った地下室へと変わった。
「汚らわしい炎帝竜の娘め……」
「地下室から出てくるなと言っただろう!」
城の従者たちからの育児放棄。与えられるのは残飯以下の泥のような食事。
外に出ようとすれば殴られ、蹴られ、幼い体は常に痣で覆われていた。
ボロボロの服を纏い、言葉も教えられず、夜中にゴミ捨て場から拾った食べ物を啜る日々。
……友達が欲しかった。誰でもいい、私を「人間」として見てくれる誰かが。
そんな折、タルタニア大陸を揺るがす報せが届く。
炎帝竜、暗殺。
晩餐会で毒を盛られ、何者かに刺殺されたという。
その情報聞き入れた妖狐族は緊急招集をする。戦争をするかどうかの…。
城内が騒然とする中、何も知らない私は空腹に耐えかねて調理室へ忍び込んだ。
「おい、ルポ。勝手な外出を認めた覚えはないぞ」
私の父であり獣国の城主に見つかり、私は震えながら逃げ出した。
追い詰められた先は、行き止まりの小部屋。
踏み込んできた城主に、私はいつものように殴られ、床に転がされた。
「親の仇の娘が、我が物顔で城を歩くな!」
城主が再び拳を振り上げた、その時だった。
背後から音もなく現れた金色のコブラが、城主の首元に牙を立てた。
「あが……あ、がが……っ」
泡を吹いて崩れ落ちる城主。扉の外にいた騎士たちも、同じように毒に倒れていた。
呆然とする私の前に、一人の女性が降り立つ。
「君を、死神帝国に迎えたい。……君には、魔剣の使い手としての素質がある」
言葉の意味は分からなかった。だが、女性が差し出した禍々しい「骨の剣」に、私は抗えない魅力を感じた。
女性は自分の腹部を指差す。
(……それを、体に刺せ)
私は言われるがままに、骨の剣を自らの体に突き立てた。
突き抜けるような頭痛と吐き気が全身を駆け巡り、意識が遠のく。
「……やはり。ルシフェルが見つけた適合者は、この子で間違いないようだ」
女性は苦しむ私を抱きかかえ、部屋の隅にある大きな姿見を指差した。
その鏡に触れた瞬間、私の体は吸い込まれるように「鏡の向こう側」へと消えていく。
追ってきた騎士たちの首に、女性が放ったガラスの破片が突き刺さる。
彼女は鏡を抱え、影の中へと静かに消えた。
それが、私が太陽の光を失い、「鏡の姫」として孤独な夜を歩み始めた最初の日だった。




