第30章最強vs最恐
ルポが狂乱の怪物へと変貌する少し前。
ホワイトドラゴンは苛立ちを隠せずに街を歩いていた。
「ちっ……。喧嘩するくらいなら、さっさと仲直りすればいいだろう。どうすればいいんだ、あいつらは……」
独り言を吐き捨てた時、白いフードを深く被った青年が路地裏へ消えていくのが見えた。不審に思い、気配を殺して追跡する。
青年は日の当たらない壁際に、一枚の鏡を設置していた。
(鏡……? あいつが犯人か!)
問い詰めようとした瞬間、青年の姿が掻き消える。
「おや、アイスドラゴン……」
「なっ……!?」
背後から響く声。ホワイトドラゴンが振り返るより早く、桃色の閃光が路地を貫いた。
「魔能・創星!!」
星型の弾丸が青年を襲う。そこに立っていたのは、いつもの能天気な表情を消したイェレミエルだった。
青年は指先一つで障壁を展開し、弾丸を無造作に弾き飛ばす。
「イェレミエルさん、いきなり攻撃とは。昔の仲間じゃないですか〜」
「あの時からお前を仲間だと思ったことなんて一度もないよ……裏切り者。ガブリエルくんはお前をまだ友達だと思っているみたいだけどね」
「ハハハ、あのガブリエルはまだ僕を友だと? 泣かせるねぇ」
ルシフェルと呼ばれた青年は、残念そうに、だが楽しげに笑った。
イェレミエルはおもちゃのナイフを次々と投擲する。ルシフェルはそれを指の隙間で受け止め、軽やかにかわす。
「危ないなぁ。僕はただ、魔剣と聖剣を少し拝借しただけですよ?」
「それだけじゃない。死神帝国に堕ち、堕天竜種へと独自進化したことも、各大陸の魔剣騒動の黒幕がお前だということも、すべて分かっているんだよ!!」
「今の先輩はつまらないなぁ。いつものウザいほどの明るさを見せてくださいよ」
ルシフェルの挑発に、イェレミエルは「おもちゃの包丁」を構えた。彼女の魔能は、本人が『楽しい』と確信した事象を現実化する特殊な力。それこそが彼女が最強と呼ばれる所以の一つ。
変幻自在に現れる包丁の刃が、ルシフェルの頬を裂いた。滴る血を指で拭い、そしてそれを舐める。
ルシフェルは瞳の奥にどす黒い悦びを宿す。
「……やはり、先輩には本気を出さないといけないようだ」
彼が取り出したのは、無数の生々しい目玉が埋め込まれた不気味な剣。背中からは六枚の漆黒の羽が突き出す。
「魔能黒雲」
黒い霧を纏った斬撃と、イェレミエルの光の杖が激突する。
拮抗する戦いの中、イェレミエルの姿が変貌した。背後に黄金の輪が現れ、無数の羽と桃色の花冠が彼女を飾る。彼女の半竜化だった。
杖から放たれる無数の光弾がルシフェルの肉体を粉砕するが、彼は笑いながら自らの体に剣を突き立てた。肉片が吸い寄せられるように集まり、瞬時に再生する。剣の目玉の一つが、静かに閉じた。
「不死身……剣の能力か!」
その時、街を揺るがす凄まじい咆哮が響き渡った。
「……始まったか。目覚めてしまったね」
ルシフェルは空を見上げ、独り言のように語りだした。
「あれは骸滅竜ヌーヴォル・ベヒーモス。鏡の中だけで強くなれる魔剣を、ある女性に授けた結果ですよ。あの魔剣の唯一の弱点は『光』。日の光に触れれば、魔剣に潜む邪神竜が目覚め、宿主を喰らい尽くす」
(私たちが知らない情報…。)
イェレミエルが問い詰める。「お前は、何を知っている……!」
「……いいでしょう、教えましょう。すべては『始まりの次元』から始まっていた。かつて、神竜種率いる蝶の一族と、すべてを闇に染めようとした暗黒大帝竜の間で戦争があった。あまりに強大すぎた邪神竜を封印するために生み出された『器』……それこそが、魔剣や妖刀の正体です」
ルシフェルの語る真実は、世界の根幹だった。
「この話には続きがありましてね
……暗黒大帝竜は、邪神竜をも超える三人の黒竜――『三厄竜』を生み出しました。死厄、災厄、そして惨禍。不幸を呼ぶ三柱の竜です」
「……!!」
「最終決戦、蝶の一族の生き残りの姫と、最初に生まれた竜の力で三厄竜は封じられ、この世界がコピーとして創られた。その後神竜たちは、この世界を暗闇から守るため、人々の記憶から『黒竜戦』とかの記録を消し去ったのです」
ルシフェルは愉快そうに続ける。
「暗黒大帝竜の目的は、その姫様が持つ『すべての次元をひっくり返す魔能』を手に入れること。神竜たちは姫を守るために、黒竜の力を宿した子供たちを見守ることしかできなかった……たとえその子供たちが、どれほど過酷な運命を辿ろうともね」
「ルシフェル、貴様……っ!」
「ドラゴ・ニックって言葉知ってますか?……別の次元の言葉で竜のような何かとか意味する言葉です。竜のような厄災。あの三人の竜は、まさにそれなんですよ。……それでは、さようなら。」
ルシフェルは闇に溶けるように姿を消した。イェレミエルが追いかけるが、そこにはもう、虚空が広がるばかりだった。
「……クソッ」
イェレミエルは震えるホワイトドラゴンの肩を掴んだ。
「今の話、他の奴らには……仲間にも、決して言うな」
「……わ、分かりました」
「行くよ。……あの悲しい怪物を、止めるために」
二人は、咆哮が響く絶望の街へと駆け出した




