第3章魔能の謎、里見の迷い
「はぁ、はぁ……そろそろまけたかな……?」
30分ほど走り続け、どうやら騎士たちを振り切れたようだ。
「そろそろ研究所に着くよ」
レンガ造りの二階建ての建物に到着し、一階の扉をくぐる。
「さて……君たちの魔能について」
と、アルフ博士が話し始めようとした時、里見さんが先に口を開く。
「その前に、私から聞きたいことがある。あなたたちは、なぜ追われていたの? それと、
その手にもっている物・・・一体何?」
二人は無言で、それを奥の部屋にある机の上に置いた。
机のうえには、同じようなものがいくつも並んでいる。
「これは……かつて“天竜界”に壊滅的被害をもたらした『天魔竜』の体の一部です。
これを“死神帝国”が保有していたので、取り返して解析しているのです。」
白衣を着た青年が、僕と里見さんを見て言う。
「僕は、あの博士の助手竜デルティンと申します。」
アルフ博士は椅子に腰を下ろし、静かに語り始めた。
「私はアルフ・シュタイン」
「さて、次はこっちから質問だ……
まず、君、黒い竜の君の魔能(まのう]についてだが……。
魔能値(まのうち]、一万を超えているぞ?」
「……魔能(まのう]?」
僕は聞き返した。魔能という言葉の意味が分からなかった。
「え? 魔能(まのう]を知らない……?」
デルティンは驚いた声を上げる。
「小さい子ならともかく……竜種で魔能を知らないなんて、初めて見たよ」
里見さんが僕の方を見て話す。
「黒ドラくんは記憶喪失です。私も、川に落ちそうだった彼を助けて、彼のことを知ってる人を探してたんです。
大陸について説明したけど……魔能についてははなしてなかったわね」
アルフ博士が、机に置かれたカプセルを一瞥しながら、ゆっくりと僕の方を見る。
「そうか……黒ドラくん、という名前だったな。じゃあ教えてあげよう。
“魔能(まのう]”とは簡単に言えば、“力”だ。
魔能の数値高ければ高いほど、その者は強くなれる。
そして魔能を消費することで“魔能技”を使うことができる。
普通の竜なら、魔能はせいぜい5000。
5000を超えると制御が効かなくなって、命を落とす危険すらある。
だが君は、それをはるかに超えても平然としている……実に不思議だね」
デルティンがポケットに手を突っ込みながら、里見さんの方に目を向ける。
「で、そこの金髪なぜ魔能を持ってる?
普通の人間は魔能を持ってない種のはずだぞ?」
里見さんはわずかに表情を曇らせ、指先に力を込めて拳を握りしめた。
その仕草には、言葉にできない緊張と決意がにじんでいた。
「……人間の中には魔能を宿す“異種”が存在します」
張りつめた空気を裂くように、はっきりとした声が響く。
言葉の一つひとつが重く、真実を打ち明けることへの覚悟が滲んでいた。
アルフ博士はそれを聞いて、ふっと口元を緩めた。
どこか懐かしむような微笑みを浮かべると、ゆっくりとうなずく。
「……なるほど。理論上は可能でも、現実には稀すぎると思っていたが……そうことか。
❘❘君は、“里家”の血を引いているんだね?」
その名が口にされた瞬間、里見さんの瞳が揺れた。
「……はい。私は“里家”の最後の生き残り里見です」
静かに、けれど確かな声で。彼女は己の名と過去を口にした。
傍らで聞いていたデルティンが、思わず声を上げた。
「で、でも……里家って、11年前に……はずじゃ!?
生き残りはいないって……」
その声を遮るように、アルフ博士が静かに歩み進める。
デルティンの前に立ち、低く、しかしはっきりと言い聞かせるように告げた。
「……何度も言ってきただろう。人には、それぞれ事情がある。
言葉を選べ、デルティン。目の前の彼女の顔を、ちゃんと見るんだ。」
デルティンは何も言い返せず、わずかに目を伏せ、里見さんから一歩距離を取った。
アルフ博士はその様子を確認すると、再び柔らかな声で語りかけた。
「……さて。黒ドラくんに、里見ちゃん。もし行くあてがないなら、
この研究所にいても構わないよ。居場所が必要なら、ここ“家”にすればいい」
思いがけない提案に、里見さんは一瞬迷いの表情を浮かべたが、すぐに小さく首を振った。
「……お気遣い、ありがとうございます。でも…」
「行こう、黒ドラくん」
そう行って、彼女はそっと僕の手を取った。
「ここはもう、有力な情報は残ってない。次は、別の町に向かうわ」
淡々と、けれど確かな決意がこもった声だった。
里見さんが扉へと向かおうとした、その時だった。
アルフ博士が静かな声で、しかし言葉の重みを帯びて告げた。
「里見さん……あなたは、嫌なことから逃げているのではないか?
いや、それどころか……何かの理由で『心』を閉ざしている。
『里家』の過去を知る者を恐れ、必死に逃げているように見えるよ」
里見さんは言葉を返さず、静かに僕の手を強く握り、すっと歩き出した。
彼女の背中に、逃げることへの苦悩と決意が重くのしかかる。
その様子を見送ったデルティンが、ぽつりと呟く。
「……どうしますか?あの二人、炎帝の騎士たちが必死に探していますよ。
この町を出ていく可能性高いですよ」
アルフ博士はポケットから、色褪せた古い写真を取り出した。
そこには、白衣に身を包んだ三人の人物が笑顔で写っている。
「……私にもわぁるんだ、仲間を失うあの
“悲しみ”ってやつが。
私たちは、あの子たちに助けられた。だから、
彼らには自由に生きてほしい。好きに生きればいい」
❘路地裏❘
血に染まった鎧をまとい、二人の騎士が疲弊した足取りで逃げ惑う。
一人は緑髪、もう一人は青髪。どちらも荒い呼吸を繰り返し、まるで倒れそうだった。
「くそっ……あの金髪の野郎……」
その時、どこからともなく“拍手”が響いた。
暗闇の中から、白いフードを被った青年がゆっくりと姿を現す。
「いやあ、さっきのショーはなかなか楽しませてもらったよ。実に面白かった」
「てめぇ……誰だ……?まさか、あいつらの仲間か……?」
青髪の騎士が痛みに耐えながら問い返す。
「仲間……?まあ、似たようなものかもしれませんね」
白いマント翻し、青年は鮮やかな身のこなしで黒いゲートを開いた。
その中から、禍々しく光る双剣を取り出す。
「これを君たちに差し上げよう。代金は要らない。
これで、あの二人を今度こそ
“ボコボコ”にできるかもしれませんよ」
興味に惹かれた騎士たちは剣に手を伸ばす。
その刹那、光が全身を包み込み、傷がみるみる癒えていった。
「こ……これは……」
「最後に忠告しよう。もしまた追い詰められた時はその剣を自分の胸に突き立てるんです。
そうすれば、もっと強大な力が君たちを“完全な怪物”へと変えてくれるだろう」
青年は不敵な笑みを浮かべる
「ちなみに、彼らは今、炎獄苑の出口へ向かっている。待ち伏せしてみたら?」
青髪の騎士は剣を握りしめ、冷酷な笑みを浮かべる。
「フフフ……力がみなぎる……これで今度こそ、あいつらを倒してやる」
「了解だ……」
二人はまるで別人のような気迫をまとい、炎獄苑の入り口へと姿を消した。
「さて……その魔剣、君たちにつかいこなせるかな?」
白いフードの青年は無表情のまま、言葉を残して闇へと消えていった。




