第28章ゴーストタウン獣国
数日間の旅を経て、僕たちは七英天竜の二人と共に「獣国」へと到着した。
かつては活気に溢れていたはずの街は、今や人気の一切ないゴーストタウンと化していた。
「……みんなこの事件を恐れて、家の中に閉じこもってしまっているね」
イェレミエルが寂しげに呟く。
「そのようだな。……さて、お前たちはどうする? 我らに同行するか、ここで別れるか」
ミカエルの問いに、里見さんが困惑した表情を浮かべた。
「どうしましょう……。この様子じゃ聞き込みも難しそうね」
「このまま火山島へ向かうか?」
ホワイトドラゴンの提案に、里見さんは即座に首を振った。
「ダメよ、危険すぎる。別の場所を――」
「危険だからこそ何かあるんだと言っているだろう。いつまで臆病風に吹かれているつもりだ」
「臆病じゃない、慎重だと言っているのよ!!」
再び始まった二人の口喧嘩に、僕は決然と割って入った。
「ミカエルさん、僕らも同行させてください。この事件を解決するために、力になりたいんです」
「……分かった。だが、あの二人はどうする?」
僕が二人に声をかけようとした瞬間、イェレミエルがスッと二人の間に入り込んだ。
「ねぇねぇミカエルちゃん。黒竜ちゃんはミカエルちゃんと一緒に調査。私はこの喧嘩中の二人と一緒に調査する、ってのはどう?」
「……承知した。着いてこい、黒竜」
ミカエルに促され、僕は歩き出す。背後からは「ねぇねぇ、なんで君たちそんなに喧嘩してるの〜?」というイェレミエルののんびりした声が聞こえてきた。
「あの……。なぜ僕のことを『黒竜』と呼ぶんですか? それに、僕たちのことをどこで……」
歩きながら、僕は気になっていたことを尋ねた。
「ある程度のことは把握している。お前が『黒竜』と呼ばれる存在であることもな。ラファエルとザグリエルからも話は聞いている」
「ラファエルさんと、ザグリエルさん……」
その時、路地裏に設置された古い鏡の表面が、不自然に波打つのを僕は見た。中から青白い「手」が這い出し、空を掴もうとしている。
「あっ、今あそこに……!」
「おい、深追いはするな。まずは合流地点へ向かうぞ」
ミカエルに制止され、僕は後ろ髪を引かれる思いで彼女の後に続いた。
到着した建物の中には、白銀の騎士たちと紫色の甲冑を纏った兵士たちが慌ただしく行き来していた。
ミカエルは捕らえた人工魔竜を騎士たちに預けると、捜査本部となっている部屋へと僕を招き入れた。
黒板には街の地図が広げられ、無数の『×印』と『○印』が書き込まれている。
「現状を報告しろ」
ミカエルの言葉に、一人の騎士が直立不動で答えた。
「はい。獣国内での行方不明事件は依然として増加傾向にあります。共通しているのは、×印の地点――すなわち『鏡』がある場所の近くで私物が見つかっていることです。犯人は鏡を入り口として利用している可能性が極めて高いかと」
「鏡か……。神隠しの正体というわけだな。では、この○印は?」
「我々が『魔剣』による暴動を鎮圧した地点です。ルシフェルが持ち出した魔剣は、確実にこの街に拡散されています」
ミカエルが拳を強く握りしめる。
「ルシフェルめ……。一体何を企んでいる。……騎士、犯行のパターンは掴めているのか?」
「……それが、犯人は一度現れた鏡には二度と現れないのです。警戒しているのか、あるいは魔力の都合なのか……」
「……あ、さっき来る途中の路地裏で、鏡から手が出ているのを見ました」
僕の言葉に、ミカエルの鋭い視線が飛んできた。
「場所はどこだ。案内しろ!」
一方、イェレミエルと二人は、最悪の空気の中にいた。
「笑顔だよ〜笑顔。睨み合ってても何も解決しないよ?」
イェレミエルのなだめも空しく、里見さんとホワイトドラゴンの間の火花は散り続けている。
「路地裏を重点的に調査するべきよ」
「いや、大通りからしらみつぶしに当たるのが効率的だ」
「なら、勝手にすればいいじゃない! 私は路地裏を行くわ!」
「ああ、上等だ。俺はあっちを探すぜ」
「ちょ……ちょっと待ち合って! バラバラになっちゃダメだってば!」
イェレミエルの制止も聞かず、二人は背を向けて別々の方向へ歩き出してしまう。
「あーもう! まずは里見ちゃんの方から追うしかないか……」
イェレミエルが路地裏へと急ぐ。
だが、一足遅かった。
里見さんが、壁に立てかけられたヒビ割れた鏡に目を止めた瞬間、鏡の中から伸びた無数の手が彼女の体を拘束した。
「……っ!? いやっ、放して!」
叫び声も虚しく、里見さんの体は鏡の向こう側へと引きずり込まれ、波紋と共に消えてしまった。
「あれ……? こっちに行ったはずなのに……」
そこに、僕とミカエルが到着する。
「イェレミエルさん! 里見さんたちは?」
「ミカエルちゃん……。それが、二人がバラバラに行動しちゃって。里見ちゃんを追いかけたんだけど、見失っちゃったみたい」
ミカエルは現場に残された里見さんの遺留品を見つけ、顔をしかめた。
「……鏡が原因だという報告、間違いなさそうだな。黒竜が見たのもここか」
「ここは私が何とかする。イェレミエル、お前はもう一人の仲間――ホワイトドラゴンを探せ。この街で単独行動は危険すぎる」
「了解。OKだよ、ミカエルちゃん!」
イェレミエルが去った後、僕はミカエルに言った。
「……イェレミエルさんは、優しいですね。僕たちの仲間なのに、あんなに一生懸命で」
「優しいというか、お人好しというか……。あいつは誰よりも『喧嘩』を嫌うんだ。調和を重んじる心……それがあの人の強さの根源なのかもな」
ミカエルは鏡の表面に手を触れ、冷たく、だが確かな闘志を瞳に宿した。
「……鏡の向こう側へ引きずり出すぞ。準備はいいか、黒竜」




