間話17黒き魔能士の旅立ち
― 次元No.2
善の大陸・再光歴56年
星取り領地・星夢森地方 ―
森の奥深くにひっそりと建つ木の家。
黒羽は机に並べた魔能石を一つ一つ手に取り、溜息を吐いていた。
「これじゃない……。どれも、彼女が言っていたものとは違う」
そこへ、恩人のサトゥルヌが薪と魔物の肉を抱えて戻ってきた。
「どうした、またその石か」
「……ええ。姫様が言っていたんです。『虹色の魔能石』がどこかにあるはずだって。でも、どれだけ探しても見つからない」
「虹色の魔能石は、かつての黒竜戦以降の遺跡からしか産出されないと言われている。……ここにあるのは、ただの石ころだ」
サトゥルヌの言葉に、黒羽は目を見開いた。
「そうなんですか……!?」
「ああ。だが、この近くにも古びた遺跡がいくつかある。……体が治ったら、一度行ってみるか」
その時、家の外――燃えるような夕闇の中に、不穏な二つの影があった。
「吹雪様。あんなボロ小屋、一息に凍らせれば済む話では?」
水色の髪をなびかせた女性、吹雪の傍らで、サングラスの青年が皮肉げに笑う。
「暗黒大帝竜様の命令だよ。あの小屋には魔能石を操る『別次元の迷い人』がいる。……さて、始めようか。」
青年が放った火炎玉が森を焼き、火の手は瞬く間に木の家を包囲した。
「遺跡か……行ってみようかな」
サトゥルヌが「俺もついて行く」と答えた直後、扉が衝撃で粉砕された。
「――魔能大荒れの雪崩れ(おおあれのゆきなだれ)!!」
雪風と共に踏み込んできたのは、両腕を鋭利な氷の槍へと変えた吹雪だった。
「誰だ……っ!」
サトゥルヌが即座に立ち塞がる。黒羽は魔能石を奪われまいと、必死にバッグに詰め込んだ。
「どいつだ? 魔能石を弄ぶ妙なガキは」
「ここにはいない。……去れ!!」
吹雪の冷徹な眼光がバッグを射抜く。
「――魔能氷凛」
放たれた氷の弾丸がバッグを貫き、中から魔能石が床に散らばった。
「やはりな……。貴様はこの世にいてはならない存在だ。我が氷の刃で葬ってやろう」
サトゥルヌがタックルで吹雪を突き飛ばし、黒羽に叫んだ。
「逃げろ! ここは俺が食い止める!!」
「でも、サトゥルヌさん……っ!」
「行けと言っている!!」
吹雪の鋭い蹴りがサトゥルヌを壁まで吹き飛ばし、氷の槍が彼の腹部を深々と貫いた。
「邪魔だ、老いぼれ……! あのガキを殺すのが先なんだよ!」
サトゥルヌは吐血しながらも、吹雪の腕を掴んで離さない。
「――魔能力技波動!!」
至近距離での衝撃波が吹雪を森の奥へと弾き飛ばす。
「面白い真似を……だが、掠り傷にもならん! 魔能氷牙の突撃!!」
吹雪の魔能が膨れ上がり、死の冷気が辺りを支配する。黒羽が駆け寄ろうとしたその時、背後から馴染みのある声が響いた。
「黒羽様!!」
そこにいたのは、紫髪の剣士ナグナ。そして、黒羽を慕っていた金髪の少女――星取り領地の姫様だった。
「黒羽を連れて行け! こいつの狙いは彼だ!!」
サトゥルヌの叫びに、ナグナは苦渋の決断を下す。
「……分かった。生きていたら城で会おう!」
ナグナは黒羽と姫様を抱え、燃え盛る森を駆け抜けた。
その日の夜。一行は星盟都市の城へと逃げ延びた。
だが、吹雪の追撃は終わっていなかった。彼女は単身、城へと侵入し、警備の騎士たちを冷徹に排除しながら奥へと進む。
「……ここかな?」
扉を突き破った先。そこにいたのは黒羽ではなく、一人でいた金髪の少女だった。
「なんだ……ハズレか」
「……黒羽くんを、殺そうとしている人ですね?」
少女の問いに、吹雪は氷の槍を刺し、彼女の肩を掠めさせた。
「その通りだ。満足かい?次話しかけて来たら……。命がないと思え。」
「……どうして、そんなに簡単に命を奪うんですか? 楽しいですか?」
吹雪は少女を蹴り飛ばし、冷たく言い放った。
「楽しくなどない。……だが、私は人間にも竜人にもなれなかった、中途半端な出来損ないだ。私を拾ってくれた主人のためなら、心など捨ててやる。それが私の役目だ」
少女は血を流しながらも、吹雪の槍を素手で掴み、微笑んだ。
「なら……私と、友達になりましょう。そうすれば、戦い以外の『楽しいこと』が、見つかるかも知れないから……」
「黙れ……死ね!!」
逆上した吹雪の槍が、少女の小さな体を何度も貫いた。
「……見つけ……られるかも……しれない……」
その言葉を最後に、少女は動かなくなった。
その直後、天井を突き破って巨大なメイスが振り下ろされた。
「貴様か、侵入者は!!」
バタラが怒りに燃えて現れる。吹雪は舌を打ち、窓から影の中へと逃走した。
翌朝、黒羽が聞いたのは、恩人サトゥルヌが行方不明となり、自分を救った少女が命を落としたという残酷な報せだった。
一週間後。
黒羽は自責の念に押し潰されていた。自分がこの世界に来たせいで、大切な人々が傷つき、死んでいく。
(……死ねば、元の世界に戻れるんじゃないか?)
自暴自棄になった彼は、夜陰に乗じて城を抜け出し、自ら命を絶とうとした。だが、背後から強靭な手が彼の肩を掴んだ。
「……こんな夜中に、どこへ行く」
そこに立っていたのは、バタラだった。
「どこだっていいじゃないですか……離してください!」
「敵はお前を狙っている。一人で行かせるわけにはいかない」
「行かせてください! 僕がいなければ、誰も死ななかったんだ!!」
黒羽の叫びに、バタラは静かに、だが力強く語りかけた。
「……自分で死を選ぶのが、一番の裏切りだ。それは遺された者を、そして守って死んだ者を辱める行為だ。出会いがあれば別れがある。だが、それを『逃げ』の理由にするな」
バタラは黒羽の頭を優しく撫でた。
「……お前が死んで、姫様が喜ぶと思うか? 今日は寝ろ。自分の進む道は、絶望の中で決めるもんじゃない」
二日後。
黒羽は大きなリュックを背負い、バタラの前に現れた。
「……旅に出ます」
「何のためにだ」
「姫様が探していた『虹色の魔能石』を見つけます。そして……誰かを守れるような、新しい自分を見つけたいんです」
バタラは満足げに頷き、彼の背中を叩いた。
「そうか。頑張れよ。……見つけたら、いつでも戻ってこい。ここは、お前の家だ」
「……はい!」
黒羽は一度だけ振り返り、城を、そして少女が眠る空を見上げた。
少年の背中には、もう迷いはなかった。




