第24章謎の怪物たちと黒き過去
丸一日半の森を経て、僕たちは目的の遺跡群へと辿り着いた。
そこは以前見た砂漠の遺跡とは明らかに構造が異なっていた。深い森に囲まれた開けた草原に、同じ形の石造りの神殿がいくつも点在している。
「……メキシコのマヤ遺跡にそっくりだ。ここも、あっちと同じなのか?」
黒羽さんが独り言のように呟いた言葉の意味は分からなかったけれど、僕はあえて気づかないふりをして先を急いだ。
「まずは、あの右奥の遺跡から調査しましょう」
僕が指し示した場所へ向かおうとした、その時。
「危険を感じたら、すぐに獣国へ転進するわよ。いいわね?」
里見さんが釘を刺すと、ホワイトドラゴンが鼻で笑った。
「まだ弱音を吐いてるのか。臆病風に吹かれたかよ」
「弱音じゃないわ、危機管理よ!!」
二人の間には、依然としてバチバチと火花が散っている。
その不穏な空気を切り裂くように、森の奥から「それ」は現れた。
犬のような四足歩行のシルエット。しかし、肢の数は不揃いで太さもバラバラ、頭部は縦に裂けたような亀裂が入っている――赤黒い肉の塊のような、異形の化け物たちだ。
「……何、あの化け物。魔物……なの?」
「見たこともない種です。……皆さん、気をつけて!!」
僕たちは一斉に武器を構え、迎撃に移る。
だが、その化け物は常識の外側にいた。刀で斬り裂いても、断面から肉芽が盛り上がり、瞬時に再生してしまうのだ。
「クソッ、こいつらキリがないぞ!」
ホワイトドラゴンの弾丸が化け物の頭部を粉砕するが、次の瞬間には再生が完了している。
黒羽さんが杖に赤い魔能石を嵌め込み、叫んだ。
「なら、これで焼き尽くす……炎の魔能石、発動!!」
杖から放たれた火球が一体の肢を焼き焦がす。しかし、驚くべきことに仲間の化け物がその焼けた肢を噛みちぎり、そこから新しい肉が爆発的に再生した。
「知性が高い……。ただの魔物じゃない、組織的に動いているわ」
「このままじゃスタミナ切れを狙われるね……」
里見さんと黒羽さんの顔に焦りが浮かぶ。
戦いの中で、僕は一つの策を思いついた。
「里見さん! あいつらを引き寄せて、一箇所に固めてください!」
「……? 分かったわ、任せて!」
里見さんが囮となって魔物を挑発し、誘導する。
「ホワイトドラゴンさん、奴らの足元を凍らせて動きを止めてください!」
「了解だ……まとめてカカシにしてやる!」
ホワイトドラゴンの銃撃が地面を氷結させ、化け物たちの機動力を奪う。
「黒羽さん、最大火力の炎を! 僕も合わせます!」
黒羽さんが頷き、再び紅蓮の輝きを杖に宿す。
僕は刀に漆黒の炎を纏わせ、氷の檻に閉じ込められた異形たちへと肉薄した。
黒羽さんの火球が着弾すると同時に、僕の黒炎が化け物たちの再生能力を上回る速度でその肉体を蹂躙する。
「はああぁぁっ!!」
爆散する肉塊。再生を許さぬ圧倒的な熱量が、歪な生命を塵へと変えた。
「……ふぅ。なんとか、なりましたね」
黒羽さんが額の汗を拭い、ようやく周囲に静寂が戻った。
だが、その様子を森の影から冷徹に観察している瞳があった。
牛のような角を持つ女性――チタロスが、不快そうに舌を打つ。
「私の試作体をこうもあっさりと……。あの杖の少年、魔能石の扱いが板についているな」
彼女はしばらく沈黙した後、獲物を定めるような残酷な笑みを浮かべた。
「決めたわ……。あの少年以外は、皆殺しにする。あの子の知識と力は、虹色の魔能石の研究に役立ちそうね。……人工魔竜の量産化、そのための『鍵』として使わせてもらうわよ」
間話・黒き黒竜と黒き魔能士
一つ目の遺跡を隅々まで調査したが、期待していた収穫は何もなかった。
僕たちは諦めずに何度も回廊を歩き、壁を叩いて隠し通路を探したが、結局「虹色」の片鱗すら見つけることはできなかった。
遺跡を出る頃には日はとっくに沈み、辺りは深い夜の帳に包まれていた。
僕たちは草原の開けた場所にテントを張り、質素な食事を済ませて、早々に眠りにつくことにした。
――夜中。
ふと目が覚め、テントの隙間から外を覗くと、焚き火の消えかけた跡のそばで、一人星空を見上げる黒羽さんの姿があった。
僕は少し迷ったが、誘われるようにテントを出て彼に近づいた。
「……眠りの邪魔をしてしまいましたか?」
僕の気配に気づいた黒羽さんが、寂しげな笑みを浮かべて問いかける。
「いえ、そんなことないですよ。……少し、気になって」
「そうですか。……もしよければ、少しだけ、僕の話を聞いてくれませんか?」
「いいですよ」
僕が隣に腰を下ろすと、黒羽さんは再び夜空を見上げ、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……僕には、親友であり、兄のような存在だった友達がいたんです。でも、その人は僕のせいで死んでしまった……。その記憶が、今もずっと、心の棘になって抜けないんです」
「黒羽さんの、せい……?」
「その友達……黒田くんは、早くに親を亡くして、おばあちゃんと二人で暮らしていました。年上で、優しくて、僕がいじめられているといつも真っ先に助けてくれた。……ある日のことです。僕たちは川の橋の下で、捨てられた子猫を見つけた」
黒羽さんは、祈るように自分の手を強く握りしめた。
「お互いの家では飼えない状況だった。だから僕は『ここでこっそり飼おう』って、無責任な提案をしたんです。……でもある雨の日。先に橋の下へ行った僕を待っていたのは、子猫をいたぶる三人の大人たちでした」
黒羽さんの声が震える。
「僕は夢中で子猫を庇いました。殴られ、蹴られて、意識が遠のく中で駆けつけてくれたのが黒田くんでした。彼は、怒りに燃えていた。……大人たちは逃げ出し、彼は僕と猫を抱えて、家まで連れて帰ってくれたんです。でも、後日……その大人たちが警察を呼んだ。……こちらの大陸で言う『騎士』ですね」
「警察……」
「……その場に先にいた黒田くんだけが悪者にされ、彼は学校を退学になり、家に引きこもってしまった。友達は僕以外いなくなり……やがて、自ら命を絶ったんです」
黒羽さんは、胸を強く押さえた。
「あんな提案をしなければ。もっと別の方法を考えていれば。……僕が、彼を殺したんだ。ずっと自分を呪ってきました」
僕は静かに耳を傾けていた。そして、不思議と口を突いて出たのは、僕自身の言葉ではないような、確かな予感だった。
「……でも、その友達は、黒羽さんを守れて良かったと思っているはずです。大切な人を傷つけられて、何も考えずに動いたのは彼自身の意志なんだから。黒羽さんが、一人で背負い込むことじゃない気がします」
黒羽さんは驚いたように目を見開き、やがてそっと目元を拭った。
「……ありがとうございます。黒ドラさんは、どことなく彼に似ている。初めて腕を掴まれた時にもそう思いました。……そういえば、同行しているお二人、少し仲が悪そうに見えますが……」
「……分からないんです。僕が戦いの後、目を覚まさなくなるまでの間に、何か決定的なことがあったみたいで。理由を突き止めて、仲直りさせられればいいんですけど」
僕は少し間を置いてから、今の僕たちの「目的地」について付け加えた。
「……実はここに来る前、砂漠で戦った時に『虹色の大剣』が現れたんです。その時、静電気のような痛みが走って……。もしかしたら『虹色の魔能石』と繋がりがあるんじゃないかって、それでここに来ました」
「虹色の大剣……?」
黒羽さんは不思議そうに繰り返したあと、確信を持ったように微笑んだ。
「その謎が解ければ、二人を仲直りさせる鍵も見つかるかもしれませんね。僕はそう信じていますよ。黒ドラさんは……僕の友達と同じくらい、優しい人だから。……さて、僕はもう寝ますね」
黒羽さんはそう言って、穏やかな足取りで自分のテントへと戻っていった。
一人残された僕は、彼がさっきまで見ていた星空を見上げた。
僕もまた、自分のテントへと戻った。




