間話15救われた命
深い眠りから意識を浮上させると、鼻を突いたのは濃い薬草の匂いだった。
視界を動かすと、自分の全身に清潔な包帯が巻かれているのが分かる。
「……まだ動くな。あの『抹茶狼』どもに相当深く噛みちぎられている。動けば傷が開くぞ」
低く、地響きのような声。傍らには、数々の戦傷を刻んだ鋼のような肉体を持つ、筋骨隆々の男が座っていた。
(……何を言っているんだ? 言葉が、分からない……)
ここは、どこかの民家だろうか。
男は僕の当惑を察したのか、短く溜息を吐いてから言葉を続けた。
「……あの森に一人で倒れているとはな。俺が見つけていなければ、今頃お前はあいつらの胃袋の中だっただろうよ」
意味は通じない。けれど、この人が僕の命を繋ぎ止めてくれたことだけは、その眼差しの温度で理解できた。
僕は走る激痛を抑え込み、振り絞るような声で、故郷の言葉を紡いだ。
「……助けて、くれて……ありがとうございます……」
「聞き慣れない言語だな。遥か遠方の大陸から流れてきたのか……?」
男は僕を見つめ、何かに納得したように頷いた。
「……いいだろう。俺は国とも繋がりがある。お前さんの扱いについては追って話を通しておく。それまでは、ここで英気を養え。……話しても通じぬだろうがな」
それから数ヶ月――。
僕はサトゥルヌという名のその男から、この世界の基本的な言語を学びながら、彼の仕事を手伝う日々を過ごした。
あの洞窟で僕の命を救った赤い色に輝く石――それは「魔能石」と呼ばれる物質だった。
本来、素人が扱うにはあまりに危険で制御が難しいため、多くは観賞用の高価なコレクションとして取引されているらしい。だが、あの時僕が放った炎は、間違いなく僕の意志に応えたものだった。
僕は学び、驚愕した。
この世界における力の源、「魔能」。
それは一人一人の特性により千差万別に変化し、魂の質によって上限が決まる。大陸ごとにその解釈は異なり、未だに「正解」とされる真理には誰も辿り着いていないのだという。
そして、この世界の住人たち。
ここにはエルフやオークといった種族は存在しない。いるのは「人間」と「竜人」だけだ。
特に竜人種は多様で、神として崇められる竜人種の頂点「神竜種」。彼らによって世界を護るために生み出された「天竜種」。
人間は一種類しかいないのに、竜人は驚くほど多くの種に分かれている。
「面白い世界だ……」
僕は地図を見つめ、その構造に想いを馳せた。
「善の大陸」と「悪の大陸」という二つの巨大な陸地が対峙し、その中心に「内部大陸」が、周囲を囲むように「外部大陸」が点在している。
いつしか僕は、サトゥルヌさんの手伝いの傍ら、あの魔能石を自在に操るための独自の方法を模索し始めていた。
(この後、この領地のお姫様と出会って色々あったんだった…。)
傷跡が残った自分の手のひらを見つめ、僕は別の世界の空を仰いだ。




