第16章黒竜の夢
雷魔竜との死闘――。
謎の青年と会って、謎の声が聞こえたところまでの記憶までは覚えている。
だが、その後どうなったのかは僕も分からなかった
次にまどろみの中から意識を浮上させたとき、そこは活気あふれる酒場のような場所だった。
使い込まれた木製のカウンター、壁一面を埋め尽くす琥珀色の酒瓶。鼻をくすぐるエールと煮込み料理の匂い。
……ここは、どこだ?
「おーい、黒ドラ! 大丈夫か? 目を開けたまま固まって、死んだのかと思ったぞ!」
目の前でひらひらと手を振るのは、ロビンフッドを彷彿とさせる小粋な帽子を被った青年だった。
「……もう、兄上。起きた早々、縁起の悪いこと言わないでください」
不機嫌そうな声に隣を振り向くと、長い黒髪を揺らした美青年が、不満げに頬をぷくっと膨らませていた。
「昨日は夜行性の魔物の狩りで、一晩中駆け回って疲れてただけですよ、クリウスアーナ君。……ねえ、兄上?」
名前……? 誰だ、この人たちは。
なのに、僕の唇はごく自然に、親しみを持った音を紡ぎ出す。
「……ああ、悪い。少し、深く眠りすぎていたみたいだ」
「ったく、お前なあ……冗談でも『死んだ』なんて言葉、口にするなよな。お前が欠けたら、このチームはどうなるんだよ」
酒場の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、逆立った金髪が特徴的な、岩のように逞しい体躯の男だった。その隣には、静かに銀髪をなびかせ、腰に一振りの刀を佩いた女性が影のように寄り添っている。
「そうですよ。リーダーの冗談は、時々笑えません」
銀髪の彼女も、至極冷静な声でたしなめるように言った。
「えっ、なんだよ。みんなして僕を責める流れ? 確かに言いすぎたのは認めるけどさ……」
僕は頭をかきながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
不思議と心地よい、家族のような温かい空気。それが一気に華やいだのは、その時だった。
「皆さん、落ち着いてくださ〜い!」
透き通るような声と共に、眼鏡をかけた赤とオレンジのグラデーションが美しい髪の少女が飛び込んできた。
「み〜んな、ギルドから次の依頼もらってきたよ〜っ!」
彼女が勢いよくテーブルに広げたのは、古びた羊皮紙。
僕たちは、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、自然とその紙の周りに集まった。
長髪の青年が、端麗な指先で紙の内容をなぞる。
「小竜種の群れの討伐か……。今の僕たちなら、ちょうどいい肩慣らしじゃない?」
刀使いの女性が、鞘の鯉口を僅かに切って頷いた。
「最近、小竜種の異常発生が続いています。……何かの前触れでなければいいのですが」
眼鏡の少女が、身を乗り出して僕の顔を覗き込む。
「場所は、ここメルウス地方・ガルドララ王国の西にある村からです。どうします、リーダー? 受けますか?」
リーダー……。
僕が、この個性的な面々を束ねるリーダーだというのか?
だが、僕の心は迷うことなく、迷子の記憶を置き去りにして答えを出していた。
「もちろんだ。困っている人がいるなら、迷わず手を貸す。……それが僕たち、**『TTT』**の流儀だろ?」
TTT? その言葉の意味すら、今の僕には分からない。
けれど、周りの仲間たちは「待ってました」と言わんばかりの笑顔で力強く頷いた。
「よーし、野郎ども出撃準備だ! 最高の戦いにしようぜ!」
金髪の男の雄叫びを合図に、仲間たちがそれぞれの武器を手に散っていく。
僕もまた、彼らの背中を追って立ち上がろうとした――その瞬間。
視界が、耐え難いほどの純白に染まった。
……重い目蓋を押し上げると、そこは静寂に包まれた病室だった。
無機質な真っ白な天井。鼻を突く消毒液の匂い。
窓の外から聞こえるのは、賑やかな酒場の喧騒ではなく、静かな病室だった。
「……夢、だったのか……?」
あのみんなの笑顔も、温もりも。
それとも――僕の本当の居場所は、あちら側だったのだろうか。
消えゆく残像を必死に追いかけようとするが、夢の境界線は残酷なほど速く溶けていった




