間話10燃える炎の同士の秘密/黒騎士(ブラック・テンペラー)
雷獄苑――とある宿の一室
ザグリエルは、柔らかなベッドの上で意識を取り戻した。
窓から差し込む夕日が、室内を赤く染めている。視線を巡らせると、椅子に座って剣を磨いている女性の姿が目に映った。
「目覚めたようだな」
「ここは……?」
「私が泊まっている宿だ。君を運んでおいたよ」
「……あんたは、あの時魔能を使っていた人間か」
ザグリエルが身体を起こすと、女性は軽く口角を上げた。
「ハハ……。君だって、驚きの二形態竜化を使っていたじゃないか。私の心の中の精霊も、あんな竜は見たことがないと言っていたよ」
「心の中の精霊……?」
「私の内には『精霊竜』が宿っている。ソドラ大陸にいた竜だ」
ザグリエルは息を呑んだ。
「精霊竜……!? ソドラ大陸の消滅と共に絶滅したはずの種族だぞ。なぜ、そんな存在が人間に宿っている」
「……認められたのさ。かつて黒竜戦でもたらされた混沌の時代、ソドラ大陸では各地の精霊竜の力を宿した『英雄』たちが戦っていた。だが、彼らのほとんどは邪神竜に敗れた」
女性――ファードは、遠い空を見つめるように語り始めた。
「私の実家である『焼鳥流』からも後継者を選ばなければならなかったが、私は候補にすらならなかった。ただの『無能な女』だと蔑まれていたよ。どれほど努力しても、剣の才能は開花しない。山に籠もって孤独に修行を続けたが、村に帰れば嘲笑の的……友一人さえ、私にはいなかった」
「ある日、道場が何者かに襲撃され、全てが燃えた。私が山から駆けつけた時、そこには灰しか残っていなかった。けれど、師匠の遺した書物の中に、精霊竜の祠の場所が記されていたんだ。私は必死に辿り着き、精霊竜と契約した。この大陸にいても、私は強くなれない。そう感じて旅に出たんだ」
ザグリエルは静かに聞いた後、自嘲気味に笑った。
「……なるほどな。あんた、私にそっくりだ」
「似ている?」
「ああ。……秘密にしてくれるなら、私の過去も話してやろう」
ザグリエルは、かつての自分の「無力」を絞り出すように語った。
天竜界の名家に生まれながら、両腕がなく「粗悪品」として倉庫に閉じ込められていたこと。足で本を読み、感情を殺して過ごしていたこと。家族から邪魔者扱いされ、精神病院に閉じ込められたこと。
「そんな絶望の中にいた私に、光をくれたのがラファエルだった。あいつと話すうちに、私の死んでいた感情が戻ってきたんだ。家族に奪われた私の本を取り返し、イェレミエルと共に私を『7英天竜』に誘ってくれた」
「『腕がなくても、皆を笑顔にするヒーローになれる』――そう言われてな。私はこの義手『メギルアーマー』を手に入れ、地獄のような訓練を乗り越えて今の座に就いたんだ」
ファードは優しく微笑み、ザグリエルの頭を撫でた。
「いい仲間に恵まれたな。……我慢しなくていい。泣きたい時は泣け」
ザグリエルの目から、大粒の涙が溢れ出した。強くあろうとする「灼熱の天竜」ではなく、一人の少女として。
雷獄苑の郊外――
雷魔竜が絶命した戦場を、ブラックドラゴンが冷ややかに見下ろしていた。そこへ、白と金が混じったフードを纏い、鳥のような仮面で目元を隠し、キャプリーヌを被った女性が歩み寄る
「戦いは終わった。……何しに来た、ラズグジエル」
「ラミエルちゃんと、ラファエルちゃんに……久しぶりに会いに行こうと思っただけだよ……」
フードの奥から覗く緑色の短い髪。それは、かつて戦死したはずの二人の親友、ラズグジエルその人だった。
「会っても驚かれるだけだ。お前は『死んだこと』になっているんだからな」
影の中から、黄色い髪の女性――里季が現れる。
「無駄ですよ。今のあなたは、私たちの駒に過ぎない……」
そこへルシフェルとラグナロクも合流した。
「ラグナロク、君、さっき彼女の友人を殺そうとしていましたよね?」
ルシフェルが笑いながら言うと、ラグナロクは忌々しげに舌打ちをした。
「ちぃ……あいつが勝手に割り込んできただけだ」
「次やったら、首を飛ばすよ」
ラズグジエルが、白金の盾から静かに剣を抜き、ラグナロクの喉元に突きつける。その瞳には、以前のような優しさはなく、昏い魔能が渦巻いていた。
「やめなよ、ラズグジエル。騎士たちに見つかれば面倒だ」
ブラックドラゴンの言葉に従い、彼女は無機質に剣を収めた。
「お前らはいいよな。一人は不死身、一人は無敵だからな。」
ラグナロクが捨て台詞を吐いて影に消え、ルシフェルと里季もそれに続いた。
ラズグジエルは最後にもう一度だけ、親友たちがいる街の方角を振り返った。
「……会っても無駄なんて、わからないよ」
その呟きは、誰に届くこともなく、夜の闇に吸い込まれていった。




