間話9花咲く二人
――次元No.2
タルタニア大陸 竜帝歴20年
炎帝竜領
パーリック地方・安義の里――
夕暮れに染まる河辺の草原。風に揺れる草むらの中で、一人の少女が膝をついて泣いていた。そんな妹を、黄色い髪をツインテールに結った姉・里季が、厳しくも優しい目で見つめている。
「怖がりなくせに、なんであんな深い森に行ったんだ? おじいちゃんからも、あそこには近づくなって言われてただろ」
妹の里見は、しゃくり上げながら必死に答える。
「……だってお姉ちゃんを、喜ばせたかったんだもん。誕生日のプレゼントに……あの森には世界で一番綺麗な花があるって聞いて……持って帰りたかったの」
泥のついた手で涙を拭う妹を見て、里季の表情がふっと和らいだ。
「そうか。……でもな、お姉ちゃんはプレゼントをもらうより、妹がいなくなる方が何倍も悲しい。そんな誕生日、喜べると思うか?」
「う、うん……ごめんなさい……」
「お前がいなくなったら、おじいちゃんだって、里のみんなだって泣くんだ。大切な人を失う痛みを知らないままなのは、お前だって嫌だろ?」
「嫌だ……! お姉ちゃんがいなくなるなんて絶対嫌! ……だから、もう一生あの森には行かない」
里季は「よし」と笑い、里見の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「それでこそ私の妹だ。ほら、これでも食べて元気出せ」
差し出されたのは、竹の皮に包まれた真っ白な塩むすびだった。
「食べる……! お姉ちゃんのおむすび、大好き!」
「ははっ、いい食いっぷりだ。おむすびはな、誰かと誰かの縁を結ぶから『おむすび』って言うんだよ。絆が多いほど人は強くなれる。……里見、お前もたくさんの絆を結んで、強くなりな」
「うん、わかった!」
翌日――未明。
太陽の昇らない暗い空の下、安義の里は地獄の炎に包まれていた。
昨日まで笑い声が響いていた屋敷は崩れ、里見は泣きながら、狂ったように家族の姿を探していた。
「お姉ちゃん……!? おじいちゃん……っ!」
倒れた襖の影に、獣に引き裂かれ、血だらけで動かなくなった使用人の姿が見えた。恐怖に足がすくむ里見の背後から、漆黒の鎧を纏った二足歩行の狼――死神帝国の兵が爪を振り上げる。
「魔能・琴木犀!」
鋭い旋風が巻き起こり、化け物の頭部を里季の蹴りが粉砕した。
「大丈夫か、里見!」
差し伸べられた姉の手を、里見は縋るように掴み取る。
「お姉ちゃん……何が起きてるの?」
「わからない……突然、死神帝国が攻めてきた。とにかく逃げるよ!」
脱出を試みる二人の前に、深手を負った門下生たちが合流する。
「里見様! 里季様! ご無事でしたか!」
「私たちはいい! これで屋敷の者は全員か!?」
「ハッ……ですが、里野大師範が行方不明に……」
里見の手が、絶望で冷たく震える。
「おじいちゃんが……」
「大丈夫だよ、里見。おじいちゃんがどれほど強いか知ってるでしょ? あの人は、こんなところじゃ死なない」
里季は妹を安心させるように、強くその手を握った。
「元家が関わっているのか、安和の里も襲撃を受けている。……とにかく、私たちは生き延びなければならない。里家の血を絶やさないこと。それが最大の反撃だ!」
炎の粉が舞い、悲鳴と怒号が飛び交う中、姉妹は駆け抜けた。昨日までの美しい草原は、いまや骸が転がる地獄絵図と化していた。
そして、脱出の門を目前にした時。
空から降ってきた「棘付きの鉄球」が、石畳を激しく砕いた。
紫と赤が混じった髪をなびかせた、冷酷な女が立ち塞がる。
「……逃がさないわ。その首、献上してもらうわよ」
里季は即座に状況を悟った。このままでは全滅する。
彼女は、繋いでいた里見の手をゆっくりと離した。
「里見、生き延びなさい。お前はきっと、私よりずっと凄い武芸者になれる」
「お姉ちゃん……? 何を言ってるの、一緒について来てよ!」
「また、私のおむすびを食べさせてあげるから。……私はあいつを足止めする。安心して、すぐに追いつくわ。だからね、約束だよ。私の代わりに、たくさんの絆を結びなさい」
最後に一度だけ、優しく妹の頭を撫でると、里季は振り返らずに敵へと踏み込んだ。
「あとは任せた! 私の妹を、頼んだぞ!!」
「里見様、行きましょう!」
泣き叫び、暴れる里見を屋敷の者たちが抱え上げ、炎の向こうへと消えていく。
それが、里見が見た「姉の最後の笑顔」だった




