第1章黒ドラ、川辺の出会い
草が風に揺れている。
どこまでも広がる大地の先、ぼんやりと滲む滲む城下町の影。
その言葉だけが、脳裏にぽつりと残っていた。
「黒ドラ・・・・それが、俺の名前か」
声に出してみたが、それ以外は何も浮かばない。
過去も、誰だったのかも。真っ白だった。
川のせせらぎが聞こえた。
惹かれるように歩き出し、水面のきらめきに近づいた___そのとき、
「……っ!」
足が滑った。視界が回る。
冷たい水が容赦なく叩きつけてくる。
息ができない。必死に手を伸ばしても、何も掴めない。
「誰かっ……助けて__!」
流される意識の中、誰かの声がとびこんできた。
「掴まって!」
少女の声だった。
水の向こうから走り寄ってきた彼女が、ためらいなく手を伸ばしてくる。
その手は、驚くほど強かった。
一気に体を引き上げられる。
岸辺に転がる僕を、少女がじっとみつめていた。
「……ありがとう。助かった」
「僕は……黒ドラ。でも……それ以外のことが、思い出せなくて」
服は濡れて、体は冷えていたけど、心は少しだけ温かかった。
少女は静かに笑った。
「ふふ、変わった名前。でも、悪くないよ」
「私は里見。この先に“炎獄苑”って城下町があるの。そこまで一緒に行こう?」
名前の響きが懐かしてく、少し安心した。
「……ああ。行ってみたい」
草原を抜け、やがて石の壁が見えてきた。
高い門の向こうから、賑やかな声が風に乗って届いてくる。
香ばしい肉の香り、香辛料の刺激。
金属を打つ音、獣の鳴き声、人の笑い声
初めてなのに、どこか知っているような、不思議な街の気配。
「ここが……炎獄苑」
門をくぐると、色とりどりの商店が並び、旅人たちが行き交っていた。
その中に、なぜか“懐かしいもの”を探している自分がいた。
「黒ドラって名前、誰か知ってる人……いるのかな」
胸の奥がざわつく
でも、怖さよりも先に来たのは
「……なんかここで何かが始まりそうな気がするんだ」
そう口にした口にした僕に、里見が微笑む。
その笑顔だけが、今の僕にとっての“確か”だった。




