間話5二人の黒き竜、闇夜の暴走
―次元No.2
タルタニア大陸
魔龍歴895年
ワラガナ地方―
ドォォォォォンッ!
鼓膜を震わせる雷鳴が轟き、降り注ぐ雷光が村を焼き尽くしていく。かつて緑豊かだった大地は、熱波に焼かれ、見る影もない黒茶色の荒野へと変貌していた。
中心に、雷魔竜がいた。
大蛇のように細長い巨体。黄色と黒の鱗が交互に並ぶ不気味な体表が、放電のたびにぎらりと光る。血のように赤い眼球が、燃える村を冷酷に見下ろしていた。
「なんで……なんでこんなことに!」
「ラザロットさん、ストロプルさん、村のみんな……っ!」
瓦礫の山で、二人の少年が泣き叫んでいた。煤で汚れた黒髪を振り乱し、絶望に打ちひしがれる彼らの背後に、地を這うような低い声が響く。
「あの魔龍を呼び、この災害を引き起こしたのは君たち自身だよ。だって、君たちは『厄災』と『惨禍』を司る竜。幸せなど似合わない、最悪の未来こそがお似合いだ……さあ、その呪われた力を解き放て、黒竜よ」
「「ウガアアアアアアア!!」」
少年の悲鳴が獣の咆哮へと変わる。
漆黒の炎が渦を巻き、周囲の家屋を消し飛ばしながら膨れ上がった。炎の中から現れたのは、禍々しい二匹の巨大な黒竜。
黒赤の鱗に覆われた巨躯、口からはみ出す四本の巨大な牙。そして、狂気に染まった紫色の瞳。その姿は、見る者の魂を凍りつかせる「恐怖」そのものだった。
黒竜たちが雷魔竜へ牙を剥こうと翼を広げたその瞬間、虚空がガラスのようにひび割れた。
「やめて……! 悲しみの連鎖に身を任せないで」
次元の裂け目から現れたのは、二人の女性。
一人は、七色に輝く神秘的な髪をたなびかせ、蝶のような半透明の羽を広げた竜。彼女が虚空をなぞると、次元の隙間から強靭な「つた」が溢れ出し、暴走する黒竜たちをがんじがらめに縛り上げる。
「グアァァッ!」
暴れる黒竜の頭に、彼女はそっと優しく、慈しむように両手を添えた。
「大丈夫、今助けるから。暗黒大帝竜の言葉に惑わされてしまったのね……安心して。私の魔能を注ぎ込むわ。あなたたちは世界を滅ぼす牙じゃない。いつか誰かを照らす『救いの手』になるのだから」
彼女の手から淡い光が溢れると、黒竜たちの禍々しい姿が揺らぎ、徐々に小さな少年の姿へと戻っていく。
「よいっしょと……」
もう一人の女性が、軽やかな足取りで焦土に着地した。
深海を思わせる深い青の長髪に、仕立ての良い紳士服。白い手袋をはめ、豪奢なマントを翻す彼女――冥神竜は、右手に提げた古びたランタンを掲げ、雷魔竜を睨み据えた。
「暗黒大帝竜は何を考えているのでしょうね。それは冥界に帰った後、ゆっくり考えましょうか」
異変を察知した雷魔竜が、放電しながら猛然と突進してくる。
しかし、冥神竜は動じない。垂直に跳躍すると、弾丸のような蹴りを雷魔竜の眉間に叩き込んだ。
「無傷……ふふ、私の予想通りですね」
追撃。着地の間も与えず、目にも止まらぬ速さで「かかと落とし」を繰り出す。
「ウヴァ……ウヴァァァァァァァ!!」
雷魔竜の全身から狂ったように電撃が迸るが、冥神竜は「無駄です」と一蹴。逃げようと空へ逃れる雷魔竜をさらに高く跳んで追い越し、背中に乗り受けるようにして地上へ蹴り落とした。
「ラスト……」
冥神竜が掲げたランタンが、太陽のごとく眩く輝く。
その光に呼応するように大地が隆起し、巨大な岩石が雷魔竜を包み込むように飲み込んでいく。やがてそこには、魔龍を永遠に封じ込める「祠」のような洞窟が形成された。
「姫様、こちらは片付きました」
冥神竜は超次元竜に近づき、報告する。
超次元竜は眩しそうに腕で顔を覆う。
「ええ、ありがとう。……でもあなた、そのランタン眩しすぎるわ。早く消して」
「おっと、すみません。忘れていました」
慌てて灯を消す冥神竜。静寂を取り戻した荒野で、超次元竜は沈痛な面持ちで空を仰いだ。
「暗黒大帝竜の野望は、何としても止めなければならない。私と始まりの竜は、この悲劇をこの次元だけで終わらせるつもりよ」
「そうですね。あの男は私たちがいた次元から魔龍を呼び出し、駒として利用している。対して私たちは、『三厄竜』を味方として、あるいは武器として制御しなければなりません」
超次元竜が不安げにうつむく。
「もしも三厄竜同士が戦い始めてしまったら……私の魔能で世界を作り変えることはできるけれど、暗黒大帝竜はそれすらも利用しようとしている……」
その肩を、冥神竜が力強く支えた。
「大丈夫です。その時は私たち『神竜』が、命に代えても姫様をお守りします。安心してください」
「……うん。その言葉、信じているよ」
二人は固く手を繋ぎ、再び開かれた次元の歪みの中へと消えていった。
後に残されたのは、封印された魔龍の祠と、静かに眠る二人の少年だけだった。




