第7章乱舞、氷魔竜とお姫様
まだ夜が明けきらぬ、朝三時。
鋭い寒気がテントの隙間から這い入り、眠気を強引に引き剥がす。ホワイトドラゴンさんに肩を叩かれ、僕は震えながら身を起こした。
「……行くぞ」
短く、それだけを告げて彼は闇の中へと歩き出す。僕たちは凍りついた指先で手早くキャンプを畳み、ネーロラ地方の深淵――氷魔竜が潜むという氷の塔へ向かった。
道中、空は荒れ狂い、吹きすさぶ雪が視界を白一色に塗り潰す。膝の高さを超えた雪をかき分けるたび、体温が急速に奪われ、思考までが凍りついていく感覚に陥る。
「……これ、本当に人が住める地域なの……?」
鼻先の感覚はとうに消え、肺に吸い込む空気すら刃物のように喉を焼く。それでも僕たちは、迷いのないホワイトドラゴンさんの背中を必死に追い続けた。
やがて、吹雪の幕を割って現れたのは――
氷で形成された、荘厳にして異様な巨大塔。
そのあまりの冷気に、全身の血液が凝固したかのように硬直した。
「ここが……氷魔竜の眠る場所か……」
ホワイトドラゴンさんが塔の前に立ち、両手で巨大な氷扉を押し開こうとするが、扉はびくともしない。
「……クソ、凍結封印か。やはり開かない」
「どいて。私が開けるわ」
隣で見ていた里見さんが、ふっと一歩前に出る。
「力技でどうにかなる代物じゃないぞ。封印の回路が――」
ホワイトドラゴンさんの忠告を遮るように、里見さんは不敵に微笑んだ。
「それはどうかしら? ――魔能・バラック!!」
瞬時に練り上げられた魔能が、彼女の右脚に集束する。放たれた鋭い回転蹴りが扉に炸裂した。轟音と共に、絶対不落と思われた氷の扉が粉々に砕け散った。
「ええええええええ!?!? 嘘だろ!?」
ホワイトドラゴンさんの驚愕の声が吹雪に霧散する。里見さんは何食わぬ顔で、誇らしげに胸を張った。
壊れた扉をくぐり抜け、塔の内部へ足を踏み入れる。
――外よりも、さらに寒い。
肌を刺すというより、細胞の一つ一つを刺し殺そうとするような、純度の高い冷気が肺を支配した。
「っ……!!」
その時、石の階段を、お姫様のような風貌の女性が静かに降りてきた。
白銀の髪に、水色と黒を基調としたドレス。ティアラの奥に宿る瞳は、感情を排した氷石のようだった。
言葉はなく、彼女がそっと手をかざす。
「来るぞ!!」
空間が歪むほどの魔能と共に、無数の氷の棘がこちらを貫かんと飛来した。
僕は反射的に横へ飛び退く。だが里見さんは逃げなかった。あえて腕を前に出し、僕たちの盾となってその一撃を受け止める。鮮血が白銀の雪へと滴り、紅い花を咲かせた。
「……チッ、挨拶にしては容赦ないわね」
「里見さん!」
「いいから、あんたたちは先に行きなさい!」
ホワイトドラゴンさんは即座に銃を抜き、後続の棘を次々と射抜いていく。
「何者なんですか、あの人……!」
「見た感じ、魔龍の守人……か?」
ホワイトドラゴンさんが苦々しく吐き捨てる。
里見さんが、傷の痛みに顔をしかめながらも、鋭い眼光で女性を見据えた。
「……ここは私が食い止める。二人は上へ! 奴を……氷魔竜を叩きなさい!」
「――わかった」
「……すみません、お願いします!」
里見さんは次々と放たれる氷の棘を真っ向から受け、あるいは弾きながら、その歩みを止めない。
「そんな棘、私には怖くもなんともないわ。……だって、あんたの本当の痛みは、そこにはないんでしょ?」
彼女の瞳には、敵意ではなく、どこか哀しみを湛えた決意が宿っていた。
階段を駆け上がり、僕とホワイトドラゴンさんは2階へと到達する。
そこに立っていたのは、一人の男。
水色の髪、凍てつく瞳。そして――ホワイトドラゴンさんが殺意を向けていた、かつての「先輩」。
「久しぶりだな、ホワイトドラゴン」
その一言で、隣を走るホワイトドラゴンさんの空気が変わった。怒りが頂点に達し、銃を握る指が白く浮き出る。
「……先輩。あの時、なんで……どうして俺たちを裏切ったんですか!!」
魂を削るような叫びが、塔の壁に反響する。
だが、水色の男――アイスドラゴンは、唇の端を吊り上げた。
「やっぱりお前は変わってないな。純粋すぎる。だから……騙されるんだよ、誰にでもな」
ホワイトドラゴンさんは、拳を強く握りしめる。激昂と、そして拭いきれない悲哀。
彼は、アイスドラゴンから目を離さないまま、指先で僕に合図を送った。
『――先に行け』。
僕はこくりと頷き、静かに、かつ最速で階段を駆け上がった。
背後から、ホワイトドラゴンさんの叫びと銃声が追いかけてくる。
「ネーロラ地方の異変も、全部……貴様の仕業か!?」
「そうだよ。……さて、稽古をつけてやろうか、後輩」
激突する魔能の爆圧を感じながら、僕は最上階へ飛び込んだ。
― 氷魔の塔・3F ―
そこにいたのは、神話から抜け出したかのような、第八章:乱舞、氷魔竜とお姫様
まだ夜が明けきらぬ、朝三時。
鋭い寒気がテントの隙間から這い入り、眠気を強引に引き剥がす。ホワイトドラゴンさんに肩を叩かれ、僕は震えながら身を起こした。
「……行くぞ」
短く、それだけを告げて彼は闇の中へと歩き出す。僕たちは凍りついた指先で手早くキャンプを畳み、ネーロラ地方の深淵――氷魔竜が潜むという氷の塔へ向かった。
道中、空は荒れ狂い、吹きすさぶ雪が視界を白一色に塗り潰す。膝の高さを超えた雪をかき分けるたび、体温が急速に奪われ、思考までが凍りついていく感覚に陥る。
「……これ、本当に人が住める地域なの……?」
鼻先の感覚はとうに消え、肺に吸い込む空気すら刃物のように喉を焼く。それでも僕たちは、迷いのないホワイトドラゴンさんの背中を必死に追い続けた。
やがて、吹雪の幕を割って現れたのは――
氷で形成された、荘厳にして異様な巨大塔。
そのあまりの冷気に、全身の血液が凝固したかのように硬直した。
「ここが……氷魔竜の眠る場所か……」
ホワイトドラゴンさんが塔の前に立ち、両手で巨大な氷扉を押し開こうとするが、扉はびくともしない。
「……クソ、凍結封印か。やはり開かない」
「どいて。私が開けるわ」
隣で見ていた里見さんが、ふっと一歩前に出る。
「力技でどうにかなる代物じゃないぞ。魔能の回路が――」
ホワイトドラゴンさんの忠告を遮るように、里見さんは不敵に微笑んだ。
「それはどうかしら? ――魔能・バラック!!」
瞬時に練り上げられた魔能が、彼女の右脚に集束する。放たれた鋭い回転蹴りが扉に炸裂した。轟音と共に、絶対不落と思われた氷の扉が粉々に砕け散った。
「ええええええええ!?!? 嘘だろ!?」
ホワイトドラゴンさんの驚愕の声が吹雪に霧散する。里見さんは何食わぬ顔で、誇らしげに胸を張った。
壊れた扉をくぐり抜け、塔の内部へ足を踏み入れる。
――外よりも、さらに寒い。
肌を刺すというより、細胞の一つ一つを刺し殺そうとするような、純度の高い冷気が肺を支配した。
「っ……!!」
その時、石の階段を、お姫様のような風貌の女性が静かに降りてきた。
白銀の髪に、水色と黒を基調としたドレス。ティアラの奥に宿る瞳は、感情を排した氷石のようだった。
言葉はなく、彼女がそっと手をかざす。
「来るぞ!!」
空間が歪むほどの魔能と共に、無数の氷の棘がこちらを貫かんと飛来した。
僕は反射的に横へ飛び退く。だが里見さんは逃げなかった。あえて腕を前に出し、僕たちの盾となってその一撃を受け止める。鮮血が白銀の雪へと滴り、紅い花を咲かせた。
「……チッ、挨拶にしては容赦ないわね」
「里見さん!」
「いいから、あんたたちは先に行きなさい!」
ホワイトドラゴンさんは即座に銃を抜き、後続の棘を次々と射抜いていく。
「何者なんですか、あの人……!」
里見さんが、傷の痛みに顔をしかめながらも、鋭い眼光で女性を見据えた。
「……ここは私が食い止める。二人は上へ! 奴を……氷魔竜を叩きなさい!」
「――わかった」
「……すみません、お願いします!」
里見さんは次々と放たれる氷の棘を真っ向から受け、あるいは弾きながら、その歩みを止めない。
「そんな棘、私には怖くもなんともないわ。……だって、あんたの本当の痛みは、そこにはないんでしょ?」
彼女の瞳には、敵意ではなく、どこか哀しみを湛えた決意が宿っていた。
階段を駆け上がり、僕とホワイトドラゴンさんは2階へと到達する。
そこに立っていたのは、一人の男。
水色の髪、凍てつく瞳。そして――ホワイトドラゴンさんが殺意を向けていた、かつての「先輩」。
「久しぶりだな、ホワイトドラゴン」
その一言で、隣を走るホワイトドラゴンさんの空気が変わった。怒りが頂点に達し、銃を握る指が白く浮き出る。
「……先輩。あの時、なんで……どうして俺たちを裏切ったんですか!!」
魂を削るような叫びが、塔の壁に反響する。
だが、水色の男――アイスドラゴンは、唇の端を吊り上げた。
「やっぱりお前は変わってないな。純粋すぎる。だから……騙されるんだよ、誰にでもな」
ホワイトドラゴンさんは、拳を強く握りしめる。激昂と、そして拭いきれない悲哀。
彼は、アイスドラゴンから目を離さないまま、指先で僕に合図を送った。
『――先に行け』。
僕はこくりと頷き、静かに、かつ最速で階段を駆け上がった。
背後から、ホワイトドラゴンさんの叫びと銃声が追いかけてくる。
「ネーロラ地方の異変も、全部……貴様の仕業か!?」
「そうだよ。……さて、稽古をつけてやろうか、ホワイトドラゴン」
激突する魔能の爆圧を感じながら、僕は最上階へ飛び込んだ。
― 氷魔の塔・3F ―
そこにいたのは、異形の生命体。
銀白の鱗、巨大な氷の翼、そして鳥に似た鋭利な頭部。
口から吐き出される冷気は、周囲の酸素すら凍結させていた。
「これが……氷魔竜……!」
竜の瞳が、僕を捉える。
瞬間、氷魔竜は重力を無視した速さで空中を舞った。
「速いっ……! 捉えられない!」
攻撃の隙がない。完全な空域支配。
僕は一歩、二歩と後退しながら、死神の鎌のような翼を刀で受け流すのが精一杯だった。
(このままじゃ……押し潰される!)
圧倒的な質量と速度の前に、僕は氷壁まで叩きつけられた。肺の空気が押し出され、意識が遠のきかける。
「うわぁあああああっっ!!」
(くそっ……!)




