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ep.9 逃げ込んだ先は隣国の王城

「…………君は、サイリンの姫なのか?」

ややあって、灰色の髪と瞳をもつ男性が問いかけてきた。どこか異様な存在感のある男だった。


「銀髪に灰色の瞳だな」

彼は、私の髪と瞳を上から下までなぞるように視線を走らせた。


私は、こくこくと無言で頷いた。


――私の髪と瞳を見てる? サイリンの王族は皆、銀髪と灰色の瞳をもっているもの。もしかして、見た目でサイリンの姫だって信じてもらえるかな?


その男性が、緊張した面持ちで私の前まで歩み寄ってきた。


金髪碧眼の男と紫の髪と瞳をもつ男も、警戒を解かないまま後ろへ続く。三人は私を囲むように立ち止まった。


「私は、家族から痛めつけられたんです……! 閉じ込められて酷い扱いを受けました! お願いです! 私を助けてください!」


男性たちは、戸惑ったように顔を見合わせた。彼らは無言で視線を交わし合う。


私は、せきを切ったようにこれまでの身の上を話しだした。


生まれたときから外出禁止だったこと。家族や臣下に可愛がられて育ったこと。しかし、突如として魔力を高める力が目覚め、監禁され、酷い扱いを受けるようになったことを。


「魔力を高める力だと……?」


力の話をした際、灰色の髪と瞳をもつ男性はその力の意味を反芻するように呟いた。他の二人も驚いて目を見開いていた。


だが、夢中で喋る私の話を遮らず、彼らは終始黙って聞いていた。


「……それで、逃げてきたのです。直感で、この城の窓に飛び込みました」


話し終わると、男性三人は数秒、沈黙していた。


しかし、灰色の髪と瞳をもつ男性が穏やかな顔で口を開いた。


「にわかには信じ難い話だが……。そうか。大変だったんだな」

そう言うと彼は、軽くかがみ、私の手をとって立ち上がらせた。


――どうしよう。信じてもらえるかな……。追い出されたらどうしよう……。


私の不安とは裏腹に、その男性は穏やかに微笑んだ。


「俺の名前は、タタン=ギショウ。ギショウ国の国王だ」


「……あなたは、国王なんですか?」


私は、ぽかんとして彼を見上げた。


――国王は膨大な力をもつ存在よね。もし彼に守ってもらえれば安心かも。私、良い場所に逃げこめたんじゃないかな。……ところで、ギショウ国ってどこにあるんだろう?


疑問が湧き上がってきたが、一旦飲み込んだ。


「いや、驚いたよ。政務が終わって部下と歓談して茶を飲んでいたら、少女が窓を割って飛び込んできたんだからな」

ギショウ王は、声をあげておおらかに笑った。


私は少し赤くなって俯いた。城の窓を破壊するなんて、よく考えたら大迷惑だ。


「立ち話もなんだ。そこのソファに座ってゆっくり話そう。もっと詳しい話を聞かせてくれ」


ギショウ王は優しく微笑むと、目を細めた。笑みは穏やかなまま、しかし、その瞳だけは一瞬、国王として相手を見極める鋭さを帯びた。


「さあ、掛けなさい」

促されるまま、私はギショウ王に手を引かれ、ソファへ腰を下ろした。


その動作一つひとつが洗練されている。手を差し伸べる仕草も、座るよう促す所作も、気品に満ちていた。


私は背筋を伸ばし、王の隣でそっと息を整える。

城の悪魔以外と話をするのは、今日が初めてだ。


向かい側では、二人の男性が低い円卓を挟んで腰を下ろした。


紫の髪と瞳を持つ男は興味深そうに私を眺め、金髪碧眼の男は静かな表情のまま、私を観察している。

二人とも、ただ見ているだけではない。何かを確かめるように、私の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。


紫の髪の男性は一瞬ギショウ王と鋭く目配せをすると、明るく微笑み、気さくな口調で口を開いた。


「いやぁ、まだ若いのに辛い目にあったね、カヤ。僕はミイ=アンナ。ミイってのは、ギショウ国の紫の絵の具のことだよ。変わった名前だろ?」


「……紫の髪が綺麗だから、あなたはミイという名前なのですか?」


「ありがとう。髪色を褒められたのなんて初めてだよ。紫の髪の男なんてその辺にいっぱいいるからさ」


ミイは、じっと私の瞳の奥を覗き込んだ。まるで、私の反応を確かめようとするみたいに。


「紫の髪の男性はそんなに沢山いるんですか?」

「ハハッ。外を歩くと、髪や瞳の色素が紫の奴が多いよ」

「へぇ……。そうなんですね」


私は素直に驚いた。すると、ミイは少しだけ口角を吊り上げた。


「ふぅん。外に出たことないってのは嘘じゃないんだ。この辺りだと、紫の髪の悪魔が多いのは有名な話だよ。観光地だしね」


(あれ……? なんか私、試されてる?)


「ところで、サイリンの城仕えも紫の髪の悪魔が多いよね。初めて城に行ったとき、驚いたよ」

「え? 紫の髪? サイリンの城に紫の髪の悪魔はほとんどいませんよ?」


私が困惑すると、ミイは満足そうに口角を吊り上げた。ギショウ王と金髪碧眼の男性は楽しそうに笑った。すると金髪の男性が、ミイに微笑んだ。


「おい。ミイ。からかいすぎだよ。彼女が困惑してるじゃないか」

「からかったんじゃないよ。ちょっとした確認さ。偽物なら同調するだろうからね」


――何これ!? 私がサイリンのカヤ姫かどうか確かめてるの? ……ボロ出したらどうしよう…。


「ところで、サイリンの城には素晴らしい彫刻があるよね。前に、彫刻の間に行ったことがあるんだ」

「彫刻の間に? 確かにあそこは美しい彫刻が沢山あって、歩くだけで楽しいですよね」


私は自然と彫刻の間を思い浮かべた。


そこには、様々な題材をモチーフに、職人たちが削った色鮮やかな像やオブジェが所狭しと並べられているのだ。


ミイは思い出すように視線を斜め上に走らせた。


「あそこにね、青い花をモチーフにしたリーフみたいな彫刻があったんだよ。あれは見事だったなぁ。訪問したときに国王が、自慢の逸品だって見せてくれたんだよ」


(青い花? ……そんなのなかったけど)

「あの……。青い花ではなく黄色い花じゃありませんか? しかも、リーフじゃなくて女神像です」


私が困惑して眉根を寄せると、ミイはどこか意地悪な笑みを浮かべた。

「ああ。やっぱり本物なんだ。あれって特別な来賓しか見られないらしいし」


(何この言葉巧みな男性……)

私はごくりと唾を飲み込んだ。


質問をされていると思っていたのに、気づけば一つひとつ答え合わせをされていた。


対照的に、ミイは何事もなかったように片手をひらひらと振る。

「そんなに緊張しなくていいよ」


(……いや、無理だよ)


思わず心の中で呟く。

ミイは楽しそうに笑うと、自分の胸へ親指を向けた。


「僕は財政管理と記録係を担当してるんだ」

私は思わず目を丸くした。


(財政も記録も?)

さっきの質問の仕方を思い返す。相手の言葉を一つずつ確かめ、矛盾を探すような話し方を。


(なるほど……。彼は、ものすごく頭が切れるんだ)

納得しかなかった。


ミイは私の反応を面白そうに眺めると、隣に座る金髪の男性を右肘で軽く小突いた。

「ほら、お前も自己紹介くらいしろよ」


ギショウ王はくすりと笑う。金髪碧眼の男性は静かに私へ視線を向けた。

「はじめまして」


静かで穏やかでありながら、よく通る声だった。


「あっ……は、はじめまして!」

思わず声が裏返る。


(しまった……)

頬が少し熱くなったが、男性は気にした様子もなく、小さく微笑む。


「俺はオウカ=ファルーラ。国王の補佐官を務めている。色々な仕事を任されているんだ」


(色々って、何をするんだろう?)

私はじっとオウカを見つめ返した。オウカは穏やかに微笑み返してきた。


(彼、凄い美形だな……)


オウカの金髪はまるで黄金の輝きのよう。碧眼はさながら、アクアマリン。形の良い二重瞼や薄桃色の唇、一つ一つが磨き上げられた彫刻のようだ。


――私が知ってる一番かっこいい男性って、ゼアキだったけど、こんなにかっこいい男性がいるんだ。超絶美形って本の外にも実在するんだな……。


あまりの美しさに、思わず鼓動が早くなる。こんな瞳をもつ者は城にはいなかった。


「補佐官って、具体的にはどんなお仕事をするんですか?」


オウカは、どこか苦笑するように肩をすくめた。

「王の私物の管理から、警備までなんでもするよ」

「警備ですか?」

「国王の護衛ってことさ」

「護衛!!?」


(ということは、オウカは凄く強い悪魔?)


私は飛びあがらんばかりに驚いたが、当の本人は、照れ隠しのように小さく笑った。

「俺は雑用さ」


その一言に、ミイとギショウ王が同時に吹き出した。

「はははっ!」

「こんなに優秀な雑用係がいるものか」


ギショウ王は笑いながら首を振る。ミイも楽しそうに頷いた。


やがて笑いがおさまると、オウカは改めて、どこか気遣うような眼差しで私を見つめた。その視線は、失礼にならない程度に、頭の先から足先まで静かに確かめるようだった。


「ところで、君は随分小柄だな」

「え? 私って小さいですか?」

「ああ。話では、カヤ姫はもうすぐ十九歳になると聞いていたから」

「聞いた……?」


「ああ。サイリンの太上王から聞いたんだよ。十九になる可愛い娘がいるってね」

「太上王……。お父さんからですか?」


胸がどきりと鳴る。


「父に会ったことがあるんですか? そういえばさっき、サイリンの城に行ったって言ってましたよね」


すると、ミイが愉快そうに肩を震わせた。

「もちろんあるよ。だってギショウとサイリンは友好国だからね」

彼は指先で机を軽く叩く。

「しかも隣国だ。外交なんて日常茶飯事さ」


「隣国……」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと冷えた。


(どうしよう……)


今さらになって現実が押し寄せてくる。


(友好国なら、お父さんたちとも親しいんじゃ……)

背筋を嫌な汗が伝った。


――もし彼らが私がここにいることを知らせたら……? 私のこと、黙っててくれるかな?


握り締めた指先に力が入る。

その様子を見ていたギショウ王が、静かに口を開いた。


「どうした? 私たちがサイリンに連絡しないか不安なのか?」


(うっ……。見抜かれてる……!)


心臓が大きく跳ねた。



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