ep.7 もしかして、あなたが連れ出してくれるの?
◇◇◇
その日、最初に部屋を訪れたのは母だった。
「カヤ。おはよう」
――おはよう?もう朝なんだ。
閉じ込められて、何日目だろう。半月は経っていない気がする。いや、もっと短いのかもしれない。
私は毛布にくるまったまま、ぼんやりと母を見上げた。
「お母さん……。私の力って何なの?」
ずっと気になっていた。 目には見えない、この力の正体が。
母は穏やかに微笑んだ。
「あなたには、他者の魔力を高める力があるのよ」
「魔力を高める……? それって、私以外の悪魔もできることなの?」
「無理よ。あなただけの力よ」
私だけ。その言葉が胸の奥へ重く沈んでいく。
魔力は魔法の根幹だ。悪魔の強さは、魔力量に大きく左右される。
もし母の言葉が本当なら、私は、一族にとって計り知れない価値を持つ存在だ。私は巨大な資産ではないか。サイリン一族の。そして、この国家の。
だから外へ出してもらえなかった。来客に会わせてもらえなかった。歴史も教えられなかった。ずっと隠されていた。閉じ込められた。
つまりこの状況は、貴重な力が生み出した、私にとっての地獄だ。
この地獄を作り出したのは、魔力を高める力なのか。利用しようとする欲望か。
「力も開花して、結婚式の準備も始まってめでたいわ」
母は明るく笑った。だが私は、意味が飲み込めなかった。
「……結婚式って、何?」
「何言ってるの?もちろん、兄たちとカヤの結婚式よ」
「え……?」
(兄たちとの、結婚式?)
「何それ? 私は、ゼアキと結婚するんじゃないの?」
聞いておいて、決められた未来に吐き気がしてきた。ゼアキと結婚なんてしたくない。
「あら? 言ってなかったわね。悪魔は沢山夫をもつのが普通なのよ。私はお父さんを愛してるから、夫はひとりだけど」
「夫を沢山もつ……?」
「そうよ。衣装も宝飾品も、もう準備を始めたのよ。あなたが十九歳になったら兄たちと結婚しなさい。それで、子を産むのよ。ああ。ゼアキの子だけでいいわ」
「ゼアキの子"だけでいい"?」
私は息を呑んだ。だが、母は穏やかに笑ったまま付け加える。
「だって、ゼアキが一番強いもの。王妃は跡継ぎを産むのが務めじゃないの」
当然のように、母は語る。
気持ち悪い内容だ。何より、私に権利や拒否権がないではないか。
――王妃って、こんなに苦しいものだったの? 周囲の言いなり? あんな男と結婚するのが義務? いやだ! 絶対にいやだ!
「それじゃあ、いつも通り、私を強くしてね」
母は、楽しそうに笑った。
今日も、地獄が続く。
◇◇◇
母が部屋を出ていった途端、私は泣きたくなった。
私は毛布を抱き締め、唇を噛む。
(もう嫌だ。辛い……)
搾取される日々。打ち砕かれた穏やかな日常。ここにいたら、私は間違いなく壊れる。おかしくなるだろう。
――嫌だ! 嫌だこんなところは嫌だ! 逃げたい! 出たい! ここから出たい!
強く願った、そのときだった。
「あれ……?」
私の両手から、小さなオレンジ色の炎が生まれた。
音もなく、炎が爆ぜる。
揺らめく炎は、指先ほどの大きさしかなかったが、呆気にとられる間もなく大きくなり、天井近くまで一気に燃え上がった。
部屋全体が、柔らかな橙色に染め上がる。
――この炎は、一体……何?
怯えることもなく、私は呆然と、その美しく温かい輝きに見入っていた。
その炎はまるで、キャンプファイヤーみたいだった。指先から、音を立てて燃え上がる滝のようだ。
不思議と熱くない。怖くもない。
むしろ、冬の焚き火のような優しい温もりが、凍えていた心をゆっくりと溶かしていく。
――お願い! 私をここから出して!
私はその炎に願った。炎が、私の願いを叶えてくれるような気がしたから。
炎へ向かって願うと、それは静かに形を変え始めた。
ゆらり。ゆらり。炎は翼となり、尾となり、長い首へと姿を変えていく。
十秒ほどかけて姿を変えたそれは、巨大な鳥だった。空を翔ける古代竜を思わせる、美しく神々しい炎の鳥。鬼灯色の翼は燃え盛っているのに、少しも熱を感じない。
私は、その燃える瞳をじっと見つめた。
炎の瞳は、無言で私を見つめ返してきた。
〈ここから出たいか?私なら、出してやれる〉
そう、鳥に呼びかけられた気がした。
「出して! 私を助けて! 連れ出して! 私、逃げたいの!!」




