ep.5 愛していた家族が豹変した
いつの間にか、体を駆け巡っていた電流のような感覚は消えていた。呼吸も通常通りに戻っている。それでも体だけは、まだ少し熱い。
私は、ぼんやりとゼアキを見上げた。
――今、何が起こってるの?
頭が、現実に追いつかない。
すると、ゼアキが私を抱き上げた。直後、視界がぐにゃりと歪み、景色が溶けていく。私は、ゼアキに瞬間移動魔法を発動されたのだと理解した。
――ここ、どこ?
視界の揺らぎがなくなると、私は無機質な空間にいた。
そこは、三畳ほどの小さな部屋だった。壁も床も天井も、艶のある灰色の石で造られている。天井だけは異様に高く、十メートルほどもあった。
だが、この部屋には家具が一切ない。窓もない。
銀色の扉には取っ手も鍵穴もなく、中央には黄色い毛布が一枚だけ、きれいに畳まれて置かれていた。
そして、部屋の中はひんやりと冷たい。天井の小さな照明から、白い淡い光に照らされている。だが温もりは存在しない。
「お兄ちゃん、……ここどこ?寒いよ。さっきの部屋に戻りたい」
私は不安になってゼアキを見上げた。
兄の表情を見て、私は頭が真っ白になった。
そこにいたのは、さっきまで優しく笑っていた兄ではなかった。感情の消えた灰色の瞳が、静かに私を見下ろしている。
「お兄ちゃん……?」
呼びかけると、ゼアキは口角を吊り上げた。そして、私を自身の腕から、何のためらいもなく落とした。
「うっ……」
受け身を取る間もなく、小さな体が毛布の上へ叩きつけられる。鈍い痛みが背中から全身へ走った。
「いたっ……」
何が起きたのか理解できず、私は呆然と床へ手をつく。
ゆっくり顔を上げると、ゼアキは表情一つ変えず、ただ私を見下ろしていた。
――私……今、何をされてるの?
ゼアキは冷ややかな声で命じた。
「今すぐ力を使え。俺の魔力を高めろ」
震える私を苛立たしげに睨むと、ゼアキはしゃがみこんだ。そして、私の両手をとり、自身の両手で包み込む。
いつもの優しい手の温もりにつつまれたにも関わらず、鳥肌がたった。
「……どういうこと?力って何?魔力を高める?」
怯える私とは対照的に、ゼアキはふっと笑った。
「まあ、使ってみろ。カヤ。お前はただ、願うだけでいいんだ。"ゼアキの魔力を高めたい"ってな」
「分からないよ」
――何が起こってるの?私、どうしたら良いの?
「いいからやれ!言うことを聞くんだ!」
狭い部屋の中に、兄の怒声が響いた。
――目の前にいるのは本当に兄なの?優しいお兄ちゃんなの?
困惑して、頭が上手く働かない。
優しい兄ではなく、命令を下す国王が、そこにいるようにしか見えなかった。
――ゼアキの魔力を高めたい!もっと強くして!
ひとまず、私は必死で願った。他にどうしていいか分からなかったから。
十秒ほど願い続けた頃だろうか。
ゼアキの灰色の瞳が、歓喜に染まっていく。それは、獣が獲物を見つけたような、ぞっとする光だった。
やがて彼は、私の手をゆっくり離した。
「完成だ……」
感極まったように呟くと、ゼアキはゆっくりと立ち上がった。
「ハハハッ」
ゼアキは笑い始めた。掠れたような笑いは次第に大きくなり、やがて部屋いっぱいに響く高笑いへと変わっていく。
「成功だ!一族は成し遂げた!」
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