ep.36 ついに大人の姿に
お母さんがそう言うと、扉が開き、背の高い男性と女性が部屋に入ってきた。
私ははっとした。二人は、お父さんによく似ていたからだ。お母さんの面影も感じる。
――この二人が、私の兄のミカヅキと姉のラデンなんだ……。家族仲が悪いなら、何で来たんだろ?
「この子がシェルリだよ。妹さ」
お母さんはそう言うと、私を抱き直して二人に見せた。二人は側まで歩み寄ってきた。
――お母さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんは仲悪いんだよね? なのに三人とも、笑みを浮かべてるのはなぜ??? いやでも、冷たい笑みだな……。けど、お母さんもお父さんもいつも冷たい笑みを浮かべてるんだよね……。
二人は屈んで、じっと私を見つめた。私は、なんだかドギドキしながら二人を見つめ返した。
すると、兄のミカヅキが口を開いた。
「二人が『シェルリが可愛い』っていうから気になって来てみたらさ……。まじで赤ちゃんの姿なんだ」
姉のラデンも口を開いた。
「ふうん。可愛い見た目してるな。赤子なんて生まれて初めて見たよ」
「抱っこしてみるか?」
お母さんが聞くと、ミカヅキとラデンは頷いた。
お母さんは私をミカヅキに手渡した。私はミカヅキの腕に抱かれた。
ミカヅキは少しだけ、私に微笑んでくれた。
――お兄ちゃん、かっこいいな……。せっかくの兄と姉だもん……。仲良くなりたい。可愛いって思ってもらいたい!
私はミカヅキににっこりと笑いかけた。そして、手を伸ばして甘えた声を出した。
「へえ。赤子って可愛いね」
ミカヅキは楽しそうに笑った。
――お兄ちゃん、好きかも!
次に、私はラデンに手渡された。私はラデンにも笑顔を向けた。
「へーえ。可愛い仕草だな」
ラデンは口角を上げて興味深そうに私を見ていたが、すぐに私をお母さんに手渡した。
「また来るよ」
ミカヅキとラデンはそう言って、部屋を後にした。
その後も何回か、ミカヅキとラデンは私とお母さんの元を訪れた。お父さんが同席したときもある。
四人は、普通に会話をしていた。敵対していても、日常会話くらいは普通にするのかもしれないと私は思った。
そして、三カ月が過ぎた。
お母さんはヴァルブライカに帰ることになった。
◇◇◇
――お母さん、帰っちゃうんだ。嫌だな……。
お母さんに抱かれながら、私は悲しい顔をしていた。対照的に、お母さんはいつもより機嫌が良さそうだった。
「いやぁ。やっと帰れるよ。それにしても、シェルリはまだ赤子の姿なんだな。いつ大人になるのかな?」
――まだ、赤子の姿のままでお母さんとお父さんに甘えたいな。でも……大人の姿にもなってみたいかも……。でもやっぱり、子どもでいたい! 甘えたい!
そう思ったときだ。扉が開き、お父さんが入室してきた。お父さんはいつも通り、冷ややかな笑みを浮かべたままお母さんに聞いた。
「帰るのか?」
「そうだ。この子のことはよろしくな」
――お母さん! ヴァルブライカに帰ったら嫌だよ……。
お母さんは私に微笑んだ。
「ヴァルブライカはな、魔界で唯一、冥界と交流がある国なんだぞ? 私もそうだが、ヴァルブライカの悪魔は冥界に行けるんだ。大人化したらヴァルブライカに連れていってやる」
お母さんは私をお父さんに手渡した。そして、瞬間移動魔法を発動すると、姿を消してしまった。
――行っちゃった……。
「シェルリ。私と一緒に過ごそう」
お父さんは私に微笑んでくれた。
――大人の姿になったら、私もヴァルブライカに行けるのかな?
そう思ったときだった。全身が、突然、眩い白
い光に包まれた。
――え? この光は何……?
お父さんは驚いた顔をしていた。
あまりの眩しさに、私はぎゅっと目を瞑った。直後、ふわりと体が浮く感覚がして、足が地面についたのが分かった。
私は、恐る恐る目を開けた。そして、目を見開いて固まっているお父さんと目が合った。
――ええ? 何が起こった?
私は自分の全身を見下ろした。そして息を呑んだ。
――あれ? 子どもの姿になってる!?
私は近くにあった大きな全身鏡を反射的に見た。
そこには、四歳くらいの小さな子どもが映っていた。
ストロベリーブロンドの髪は肩まで伸びている。瞳は蜂蜜色。着ているのは白いワンピース。
完全に、自分だった。
私は、お父さんに向き直った。
「お父さん……」
お父さんは、口を半開きにして固まっていた。
私は、お父さんに満面の笑みを向けると、駆け寄って抱きついた。
「お父さん!」
お父さんはしゃがみ込むと、私を抱きしめてくれた。
「シェルリ! ……大人化したんだな。でも、子どもの姿なんだな?」
お父さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて言った。
「可愛いな。これからは沢山しゃべれるな」
「うん!」
お父さんは私の頭を撫でてくれた。私はお父さんと微笑み合った。
――嬉しい! 大人じゃなくて、子どもの姿になれちゃった!
「シェルリの部屋を用意してるんだ。これから一緒に行かないか?」
「うん! 行きたい!」
お父さんは微笑むと、私の両手を自分の両手で包み込んだ。直後、瞬間移動を発動した。
視界がくらりと歪んだ。だがすぐに、足が床について、揺れを感じなくなった。
私は、大きな窓がある広い部屋の真ん中に立っていた。
「うわぁ! 綺羅びやか部屋だね! 箪笥とか棚がきらきらしてるよ!」
私がはしゃいだ声を上げると、お父さんは楽しそうに笑い、手を引いて私を箪笥の前まで連れて行った。
大きな箪笥の扉には、様々な形の宝石がほぼ隙間なく敷き詰められていた。
「これはな、魔宝石っていうんだよ」
「魔宝石って、なあに?」
「魔法が使える宝石さ。中に魔法が入ってるみたいなものだ」
「そんな宝石があるの? すごーい!」
部屋には、細かな花の彫刻が刻まれた本棚や、天蓋つきの広いベッドもあった。
広い間隔をとって、三百人くらいが入れそうな部屋だ。
「この箪笥には、何が入ってるの?」
「シェルリの服やドレスだよ。でもな、サイズが合わないな。すぐに子ども用の服を注文してやるからな」
「ほんと!? 嬉しい!」
私がはしゃぐと、お父さんは満足そうに笑った。
「ところで、お父さん。この部屋は、お城のどこにあるの?」
「王族専用塔の中さ。といっても、ここは城の最上階からは独立してる。私と女王しか使わないな」
「へえ。そうなんだ」
「この階にある十の部屋は、全て私の部屋だ。その内一つをお前用にしたんだ」
「そうなんだ! お父さん! ありがとう!」
私はお父さんに抱きついた。お父さんは機嫌良さそうに笑った。
「可愛いな。いつでも私の部屋に遊びに来ていいからな」




