ep.28 臣下は私たちに驚愕した
◇◇◇
「クロバ! おはよう」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「うん! ぐっすり眠れたよ!」
目を覚ますと、ベッド脇の椅子にクロバが腰掛け、本を読んでいた。
「お茶を淹れておきました。よかったら飲んでください」
クロバは本を閉じると、机の上を手で指し示す。そこには、ティーカップが二つ、並んで置かれていた。
ティーカップからはほんのりと湯気が立ち上っている。
「いつもありがとう!」
私とクロバは、おしゃべりしながら朝のティータイムを楽しみ始めた。
今日のお茶は、ほんのりと甘く、ミントのような爽やかな香りがした。
私がお茶を飲み干すと、クロバは急に真面目な顔になった。
「今日は久しぶりに歓談室に行きませんか? お部屋を気に入ってくれたのは嬉しいことですが……。ずっと同じ部屋に籠もるのは体によくないかと……」
――それもそうかも……。
「外には慣れてないようですし。無理に外出する必要はありませんけどね。歓談室に行けば、きっと気分転換になりますよ。それに、一昨日、本棚の本が、何冊も新しくなったんです。あなたが好きそうな美しい蝶の図鑑もありますよ」
「本当!? 見てみたい!」
私がはしゃいだ声を上げると、クロバは満足そうに笑った。
「では、着替えを済ませたら、今から一緒に行きましょう」
◇◇◇
歓談室に行くと、私とクロバはソファに並んで座り、蝶の図鑑を眺め始めた。
「わあ! この蝶、羽がショッキングピンクだよ! 森だと目立って危なくない?」
「この蝶には、強力な毒があるんですよ。だから滅多に捕食されません」
「そうなの!? 凄い!」
「しかし、この蝶が吸える蜜の種類は限られてましてね。同じ蝶同士で熾烈な生存競争があります。生き残るのはごく一部です」
「ええ!? 野生って、大変なんだね」
図鑑の説明文は、私が見たことのない文字で書かれていた。しかし、クロバが口頭で全部説明してくれるので、読めなくても楽しむことができた。
半分ほどページをめくったときだった。
歓談室の扉が開き、青の王が姿を現した。
歓談室にいた三十名ほどの悪魔たちは、一瞬手を止めてちらりと青の王を見たが、すぐにカードゲームや読書を開始した。
「カヤ。おはよう」
青の王は私に手を振ると、側まで歩み寄ってきた。
「フェンミル! おはよう! あのね、クロバが蝶の図鑑を見せてくれたの! 色々解説してくれたんだよ! 特にね、この蝶が凄いの!」
青の王は楽しそうに私の話を聞き、クロバは微笑ましそうに私を見ていた。
私のおしゃべりが一段落つくと、クロバは静かにソファから立ち上がった。
「では、私はこれで失礼します。私はこの後、仕事があるので」
「そっか……。お仕事頑張ってね」
私が名残惜しそうにクロバを見上げると、クロバは私に優しく微笑んだ。直後、瞬間移動を発動し、姿を消してしまった。
――行っちゃった……。クロバは私の面倒を見てくれてるけど……。外交官だし、ほんとは忙しいのかな? もうちょっと一緒にいたかったな。
そんなことを考えていると、青の王が私の隣に腰掛けた。
「一緒に見ていいか?」
「うん! もちろんだよ!」
私は青の王と読書を再開した。青の王は私に、蝶の特徴を色々解説してくれた。
「この蝶はカヤみたいだな。羽も銀色だし。見た目も可憐だ」
ふと、青の王はページをめくる手を止めて、柔らかく笑った。
そのページには、ハート形の羽を持つ、小さな蝶が描かれていた。
「ほんと? 照れるな……。ありがとう」
私が頬を赤らめると、青の王は急に、図鑑を脇にどかした。
――? もう読まないのかな?
不思議に思っていると、彼の顔がゆっくり近づいてきた。
――え? 顔、近くない……?
私が戸惑うと、青の王は囁いた。
「キスしてもいいか?」
「ええ!? ここには臣下たちがいるんだよ?」
私が小さな声で聞き返すと、青の王は笑った。
「別に、気にしなくていいだろ?」
彼の視線と余裕のある笑みに、私の鼓動は早くなった。
――どうしよう! この部屋には臣下が三十人くらいいるんだけど……! いきなりフェンミルと私がキスしたら、びっくりするんじゃないかな? いやでも、私たちが恋人ってすでに知ってる? でも、悪魔って外野を気にしないのが普通みたいだし……。お母さんとお父さんも臣下なんて気にしないでいちゃいちゃしてたわ! これが通常運転!?
私は彼の顔を見つめた。
整いすぎた顔立ちに、やはり胸がときめいてしまう……。
――恥ずかしいけど……。フェンミルとキス、したいかも。
「分かった。……いいよ」
私が小さな声で言うと、青の王は私を愛おしそうに抱きしめた。そして、唇が重なった。
――発作起こして死にそう……。やっぱりドキドキする……。全然慣れないよ……。
やがて、彼が唇を離した。青の王は満足そうに息を吐いた。
私は、恐る恐る周囲を見渡した。そして、息を呑んだ。
歓談室にいる三十名ほどの臣下たちは、ぎょっとした顔でこちらを見ていた。
カードゲームをしていた者たちも手が固まっている。目を見開いたまま、微動だにしない。
しかし、彼らはすぐにざわざわと話し始めた。私の知らない言語なので、何を話しているのかは分からなかった。
――もしかして、私とフェンミルが恋人になったことを知っているのは、クロバとソウマだけ? フェンミル、臣下に説明してないの?
私は青の王を見上げた。
彼は臣下たちの動揺を気にすることもなく、微笑んでいた。そもそも、彼らを見ていない。いつの間にか、図鑑をめくっている。
「カヤ。一緒に続きを読もう」
「う……うん」




