↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/37

ep.27 ファーストキス

心臓の音が自分でも聞こえそうなくらい速くなって、身体がふわりと浮いてしまったような気がした。


頬が熱くなる。


恥ずかしくて俯くと、フェンミルはそんな私を見て、くすりと楽しそうに笑った。 


(なんだか、大人の男性って感じ……)


照れている私をからかうこともなく、慌てることもない。余裕たっぷりに微笑む姿にむしろどきどきした。


青の王は私を抱きしめ、ときどき手を繋いだ。けれど、それ以上のことは決して求めてこなかった。その距離感が、今の私には心地よかった。


絵を描いては見せ、「上手だね」と褒めてもらう。

一緒に本を読んで、他愛もない話をする。抱きしめられ、手を繋ぐ。それだけで、胸は満たされていた。


けれど、この部屋で暮らし始めて十日ほど経った頃。


ふと、新しい想いが胸の奥に芽生えた。


(……キス、してみたいかも)


彼と目が合うたび、その唇へ視線が吸い寄せられてしまう。


抱きしめられるだけで幸せだったはずなのに。いつの間にか、もっと欲しくなっている自分に気づいた。


私は読んでいた画集をそっと閉じ、隣で本を読んでいる青の王を見つめた。


その日は朝から、絨毯の上いっぱいにクッションを並べ、その上で並んで読書をしていた。


しばらく私の視線を受け止めていた彼は、本を閉じると、穏やかに微笑む。


「カヤ。そんなに見つめてどうしたんだ?」

「え……えっと……」

照れくさくなって俯くと、彼は少しだけ口角を上げた。

「俺が格好よすぎて見惚れてたとか?」

「もう! 自分で言うの?」

思わず笑ってしまう。


フェンミルも楽しそうに笑い声を上げ、その笑顔につられて私も笑った。

笑いが落ち着くと、部屋は穏やかな静けさに包まれる。


私は意を決して彼を見上げた。

「あのね……」

胸がどきどきして苦しい。

「キス……してみたいの」

自分でも驚くほど小さな声だった。


青の王は大きく目を見開いた。

「急にどうした? まだ早いんじゃないか?」


驚いたように尋ねると、そっと私の頬へ手を添える。彼の優しい指先が頬を撫でる。


「辛いことが続いたばかりだろう。そういうことは、焦らなくてもいいんじゃないか」

その声音には、私を気遣う優しさしかなかった。

その優しさが嬉しくて、胸がじんと熱くなる。


「恋愛小説で読んでね……。ずっと憧れてたの。キス……したいな。してみたい」


沈黙が流れる。

やがて彼は、小さく息を吐いて微笑んだ。


「……可愛いな」

彼は少しだけ目を伏せ、小さく息をついた。

その穏やかな表情の奥に、今まで見たことのない熱が宿っている気がした。


(……もしかして、フェンミルも?)


「でも、本当にいいんだな?」

「うん……。経験してみたい」


彼は私をそっと抱き寄せた。広い胸の温もりに包まれながら、私はゆっくり目を閉じた。


彼の顔が少しずつ近づいてくる。息が触れ合うほど近くなり、やがて、唇が優しく重なった。


(……唇って、こんなに柔らかいんだ)


彼はすぐに唇を離した。


「……どうだ?」

私は何も答えられず、ぼんやりと彼を見つめる。そんな私を見て、彼はくすりと笑った。


「もう一回だけさせてくれ。カヤ」


耳元でそう囁くと、もう一度だけ優しく唇を重ねる。今度は少しだけ長かった。


けれど、それ以上は何も求めてこない。


彼はゆっくりと離れると、額が触れそうな距離で私を見つめ、満ち足りたように微笑んだ。

「……良かったか?」

「うん……」


頬が熱くて、とても彼の目を見られない。私は慌てて俯いた。


(好きな人とキスするって……こんなに嬉しいんだ)


心臓がばくばくして、今にも止まってしまいそうだ。


彼は何も言わず、私をそっと抱き寄せてくれた。


――どうしよう……。恥ずかしい……。自分からキスできるようになるのは、来世かも……。


◇◇◇

夜――珍しく、私は駄々をこねてしまった。


青の王は私の肩まで毛布を掛けると、優しく頭を撫でる。


「おやすみ、カヤ。俺はこれから政務があるんだ。今日はクロバが付き添ってくれる。あいつは今仕事中だけど、終わったら来てくれるよ。安心して眠るんだよ」


私は名残惜しく彼を見上げた。

「……もう行っちゃうの?」

その手を、そっと握る。


「もっと一緒にいたい。……我儘を言って、ごめんなさい」


青の王は困ったように笑った。

「本当に、お前の可愛さには敵わないよ」


彼は優しく息をつくと、部屋の隅にあった椅子を引き寄せ、私の枕元へ腰掛けた。

「少しだけ付き合おう」


彼が手を離すと、その温もりが急になくなってしまって寂しくなる。

私は遠慮がちに手を差し出した。すると彼は何も言わず、その手を包み込んでくれる。それだけで、自然と口元が綻んだ。


「ねぇ、フェンミル」

「どうした?」

「お願いがあるの……」

「欲しい物か?気になる物があるなら買ってあげるよ」

私は小さく首を振った。

「そうじゃなくて……添い寝、してほしいの」


青の王は少し驚いたように目を瞬かせた。そして、しばらく考え込むように私を見つめる。

「添い寝か……。恋人になったばかりだし、それは少し早い気もするけど……」


「サイリンにいた頃は、いつも家族と一緒に寝てたの。だから、一人で眠るのが少し寂しくて……。ソウマやクロバは付き添ってくれるけど……やっぱり、一緒に眠るのをお願いするのは言いづらいし……」


青の王は優しく目を細めると、困ったように笑った。

「お前は、本当に警戒心が薄いな」


私は恐る恐る尋ねた。

「……恋人って、一緒に寝ると、その……もっと先のこともするものなの?」

顔が熱くなり、毛布で口元を隠すと、フェンミルは穏やかに微笑んだ。


「そんなことはしないよ」

その声は、とても優しかった。

「お前は長い間苦しんできた。焦る必要なんてない。そういうことは、もっと先にしよう」


「……嬉しい」

思わず笑みが零れた。青の王も優しく笑い返す。


「それなら、眠るまで一緒にいよう」

そう言うと、彼は静かにベッドへ上がった。

寝台がわずかに揺れる。


(フェンミルと一緒に眠るの、初めてだ……)


少しだけ緊張しながら、私は彼の腕の中へ身を寄せた。

その温もりに包まれると、不思議なくらい安心する。


(やっぱり、この腕の中が一番落ち着く……)


「まったく……」

青の王は苦笑しながらも、愛おしそうに私の頭を撫でた。

「本当に可愛いな、お前は」

その手の温もりが心地よくて、私はゆっくり目を閉じる。


(フェンミルは眠らないんだよね……)


以前クロバから聞いた。

青の国の悪魔たちは、何年かに一度、短時間眠れば十分な身体らしい。


(寝顔、見てみたかったな……)


そんなことをぼんやり考えているうちに、瞼はどんどん重くなっていく。


彼の腕の中は、とても暖かかった。

安心感に身を委ねながら、私は静かに眠りへ落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。