ep.23 あなたが好きだと告白する
――いやいや! 自分から引き留めておいて何だけど、真面目な会議でそんなことしちゃっていいの!?
「それじゃあ、行こうか」
青の王は何事もないように微笑むと、私をそっと抱き上げた。
突然のことに小さく息を呑む。こんなふうに抱きかかえられるのは初めてだった。
広い胸に身を預けると、景色がふわりと揺らぐ。青の王が瞬間移動魔法を発動したのだ。
視界が落ち着くと、そこは広い会議室だった。
長い机を囲むように、七十一名の臣下たちが席についている。
私たちの姿を認めた瞬間、室内がざわめいた。
皆、目を見開き、驚きを隠せない様子でこちらを見つめている。私には分からない言葉で何かを話し合う声が、あちこちから聞こえてきた。
青の王はそんな視線を意に介さない。
落ち着いた足取りで会議室の奥へ進み、中央の席へ腰を下ろす。そして私を膝の上へそっと座らせると、左腕で優しく抱き寄せた。その腕の温もりに、張り詰めていた心が少しだけ和らぐ。
青の王は室内を見渡した。
「会議を開始する」
青の王がそう言っただけで、臣下たちの会話はぴたりと止んだ。誰一人として異を唱えない。臣下たちは一斉に表情を引き締め、すぐに議論を始めた。
私は内容を理解できなかった。歓談室でもそうだったけれど、青の国の悪魔たちは、私の知らない言語で会話をすることが多い。
青の王は右手で書類へ目を通し、ときおり何かを書き込みながら、空いた左手で私の背中や頭を優しく撫でてくれた。
仕事をしながらでも、私を安心させようとしてくれている。その優しさが嬉しかった。
それでも、ときどき臣下たちの視線がこちらへ向く。
興味なのか、心配なのか、それとも驚きなのか。
私には分からない。
ただ、その視線が少し怖くて、私は青の王の胸へ顔を埋めた。
青の王は何も言わず、背中をゆっくり撫で続けてくれる。
安心すると同時に、涙がぽろぽろと零れた。
小さくすすり泣く声が漏れてしまっても、誰一人として咎める者はいなかった。
クロバやソウマは、ときおり心配そうにこちらへ視線を向けていた。
長い会議が終わる頃には、私の心も少しだけ落ち着いていた。
青の王は私の頭を優しく撫でる。
「カヤ。終わったよ。帰ろうか」
私は頷くと、ぎゅっと青の王へ抱きついた。
――お父さんは、会議があっても、私を大事にしてくれるんだ!
今日のことは、私の青の王に対する信頼を一層深めた。
◇◇◇
私はその日も、青の王に朝から抱っこしてもらっていた。
暗い表情を浮かべる私に、青の王は面白い話を聞かせてくれた。それだけで、私の気持ちは少し明るくなった。
――お父さんと離れたくないな……。どうしよう。私、青の王に依存気味かも……。でも、それでも構わない。ずっと一緒にいたい……。
私は彼を見上げた。群青色の瞳を見ているだけで、心が凪ぐ。私の口元は気づいたら綻んでいた。
だがその穏やかな空気は、突然途切れた。
急に、青の王は眉間に皺を寄せると、今まで見たこともないほど真剣な顔になった。
「カヤ。実は、戦争に行くことになった」
「え……?」
私は目を見開いた。すぐには意味が理解できなかった。
(戦争……? どういうこと?)
「サイリンとギショウに戦争を仕掛ける。お前を苦しめる者は、俺が倒してやるからな」
青の王は優しく微笑んだ。だがその笑みは、優しく見えるだけだった。やると決めた、国王の笑みだった。
青の王は、私を励ますように、私の両手を自身の両手で包み込んだ。しかし私は、混乱したままだった。
「なんで……戦争するの?」
「俺の養女を虐待して苦しめたんだぞ? 理由としては充分だろ」
――そ……そうなのかな? 確かに強国の姫を虐げたら、国際問題かも……。傍から見たら娘を守る正義の王だよね……。
しかし、青の王の不敵な笑みを見て、私は直感した。
(いや、三割は本当で、残りは建前かも……)
私は、政治経験皆無の頭で必死に考えた。
サイリンは芸術大国。ギショウは、ソウマによると、魔法の組み合わせ技術で有名な国らしい。
戦争をすると、敗戦国には何でも要求できると聞いた。もしも戦争で勝利して、両国の技術を自分のものにできたら……? 青の国はより強国になる。
それに、サイリンとギショウは、突然いなくなった私を血眼で探しているはずだ。
特にギショウでは、ギショウ王の側近だったソウマ――当時はオウカと私が一緒に消えたのだ。大騒ぎになっているに違いない。
それだけじゃない。もし、魔力を高める力のことが漏れたら、魔界中の悪魔が私を欲しがるかもしれない。
そうなったら、私の身が危険だ。物騒だが、戦争をすれば秘密を知る者を一掃できる。
――もしかして……青の王はここまで考えて、私を養子にした?
背筋がひやりと冷える。だが、それ以上に重大なことへ思い至り、その寒気さえ吹き飛んだ。
「ちょっと待って……! 戦争ってことは、お父さんと国民七十一名で戦うってこと?? 二国を相手に!? どうやって戦うの! 勝てるの!?」
「勝てるよ」
青の王は一切迷うことなく言い切ると、楽しそうに笑った。まるで、戦うことそのものが楽しいみたいに。
「特別な魔法を使うんだ。戦争は一方的な蹂躙になる。だって抵抗できないからな」
――そんなばかな……。七十二名対二国の軍隊なんて、勝てるわけがないよ……。
家族は言っていた。サイリンは魔界最強の国家だと。そんな国家と戦って、青の国は本当に大丈夫なのだろうか。
(お父さんが死んじゃったらどうしよう……)
そしたら、もう抱きしめてもらえない。優しくしてもらえない。この安心できる腕の中へ、二度と戻れなくなる。
「ソウマやクロバも死んじゃったら……。私、耐えられない」
私が涙目になると、青の王は少しだけ目を細めて穏やかに笑った。
「死ぬわけないだろ。安心して待ってろ」
その声には、揺るぎない確信があった。
大きな手が、いつものように私の頭を優しく撫でる。
――お父さん……。私は本でしか戦争を知らないけど、戦争って国民が死ぬんだよ……。
私がぽろぽろと涙を流すと、青の王は困ったように眉尻を下げた。
「実はな……。お前がパニックになりそうだから、直前まで黙ってたんだが、明日全員で戦争に行くだ」
「明日!?」
「だから、今日はこれから戦争の準備をしなくちゃならない。……戦争が終わるまで、この部屋で待っててくれるか? 帰ってきたら、お前に私室を贈るよ。素敵な部屋にしたからきっと気に入る。心細いだろうが、この部屋からは出るなよ」
「そんな……! 私室なんて今はどうでもいい! 戦争に行ったらお父さんが死んじゃうよ……!」
「安心しろ。国民全員と無事に帰ってくるから」
青の王は静かに笑った。
そのときだった。こんこん、と控えめなノックが響く。
「失礼します」
扉が開き、表情を引き締めたクロバが静かに部屋へ入ってきた。
青の王へ一礼し、クロバは落ち着いた声で告げる。
「青の王、お時間です」
「ああ。今行くよ」
青の王は名残を惜しむように私を抱きしめる腕をほどき、そっとソファへ座らせた。そして静かに立ち上がる。
「五日あれば戦争なんて終わる。それじゃあ、行ってくるよ」
青の王は私の頭を安心させるように撫でると、立ち去ろうとした。
彼の背中を見て、私は耐えられなくなって立ち上がった。
「待って!」
青の王は振り返った。私は、背の高い彼を見上げた。
「行かないでほしい。あなたが好きって気づいたの」
青の王は驚いて目を見開いた。クロバも小さく息を呑んだのが分かった。
「私……あなたが好き。養父じゃなくて、男性としていつの間にか好きになってたの……」
私は顔を赤らめながら、それでも真っ直ぐに、驚愕に満ちた彼の瞳を見つめた。
(好きなの……)
自分で自分の気持ちに驚いた。
――片時も離れたくない。側にいて欲しい。離れるのが怖い……。
彼に抱きしめられて、群青色の瞳に見つめられている内に、いつの間にか離れられなくなっていた。最近はずっと彼の腕の中にいた。ずっと、腕の中にいたいと思っていた。養父だから甘えていいと思っていた。
今、気づいた。それがいつの間にか恋心に代わっていると。彼を失うことがこんなに怖いと。




