↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/37

ep.21 トラウマと不安

(さらっと言ってるけど……女性がゼロ!?)


「じゃ、じゃあ……私が初の女性国民!?」

「はいそうです」


――サイリンの城でも、女性は二人しか働いていなかったけど……。そもそも女性の数が少ないのかな? それとも偶然? 城使えは難易度が高いとか?


不思議に思いながら歓談室を見回す。そこで、もう一つ気づいた。


「あのさ……。青の悪魔って、白い肌の悪魔が多くない?」


歓談室にいる悪魔のほとんどが白い肌だった。


「私も白だけどさ……。サイリンの城では、黒い肌の悪魔と白い肌の悪魔が半々くらいだったよ。もちろん、クロバみたいに褐色の肌や黄色い肌をした悪魔もいたけど……」

「ああ。強い悪魔ほど、白い肌の悪魔が多いんですよ」

「ええ!? そうなの!? 強いと肌が白くなるの?」


私が驚いて聞き返すと、クロバとソウマは吹き出した。

「いいえ。肌色と強さにはなんの相関関係もありません」

「えー!? ならなんで?」


「たまたま、強い悪魔に白い肌の者が多いんですよ。本当にただの偶然です。すでに研究でも証明済みです。強国の上位悪魔や王でも、黒い肌や褐色、黄色の肌をもつ者はいます。白が多いのはただの傾向ですね。強さとか関係なく、黒い肌の悪魔が多い国とかもありますよ」


「そうだったんだ……。私、全然知らなかったよ」

「肌色なんて、個性の一つですよ。ねぇ、ソウマ?」

「そうだな。肌色なんて誰も気にしないよ」

「そっか……。それもそうだよね」


――髪や瞳の色だって、皆違うけど、皆綺麗だもんね。それと同じか。


そう思った、そのときだった。歓談室の扉が静かに開く。

視線を向けると、片腕に小包を抱えた青の王が姿を現した。


(お父さん……帰ってきたんだ!)


歓談室の悪魔たちが一斉に青の王を見た。


青の王は少しだけ口角を上げる。それだけで十分だった。


国民たちは再びカードゲームへ戻り、本を開き、談笑を続ける。誰一人として立ち上がらない。挨拶も、敬礼もない。まるで、家族が帰宅したときのような自然さだった。


――あれ? 国王が帰って来たのに、礼とかお出迎えとかしないんだ。青の国ってこういう感じなのかな?


青の王は真っ直ぐこちらへ歩いてくる。


ソウマは自然と背筋を伸ばした。一方のクロバは足をゆったりと組み替えただけで、いつも通り落ち着いた表情を浮かべている。


「カヤ。楽しんで過ごしてたか?」

優しい声が降ってくる。


「うん! クロバとソウマとお喋りしながら、絵を描いてたの」

「へぇ……上手いな。ちょっと見せてくれ」

「う……うん!」


私は絵を差し出した。

青の王は、小包を抱えていない方の手で受け取ると、一枚の絵をじっくり眺め始める。


(あの小包……何が入ってるんだろう)

気になって視線を向けていると、青の王は私の様子に気づいたらしい。


「気になるか?」

そう言って絵を机の端へ置き、小包をそっと机の上へ載せた。器用に紐をほどきながら、青の王は小さく笑う。


「お父さん、それ何?」

「お前のために注文していた物だ。さっき届いたばかりなんだよ」


包みを開き、青の王が中身を取り出すと、柔らかなミントグリーンの布地がふわりと広がった。


「……わあ」


それは、腰から裾にかけて何段ものフリルがあしらわれた可愛らしいワンピースだった。胸元には大きな白いリボンが結ばれ、春風のような色合いが目を引く。


「素敵……!」

自然と笑みがこぼれた。


「カヤに似合いそうだな」

ソウマが嬉しそうに微笑む。

「ええ。とても可愛らしいワンピースですね」

クロバも頷いた。


青の王は満足そうに笑った。

「ソウマが用意した服は着心地を重視して選んだものだからな。悪くはないが、少し地味だっただろう?」


私は今着ている黒いワンピースへ視線を落とした。

確かに、生地は柔らかくて着心地もいい。仕立ても美しく、高級な服なのはすぐ分かる。けれど、刺繍やフリル、リボンのような飾りはほとんどなく、落ち着いた印象だった。


「ソウマから、カヤは可愛いものが好きだと聞いた。それで色々用意したんだ」

そう言って、青の王はもう一着取り出す。今度は淡い水色のワンピースだった。

胸元には、小さなコスモスの花の刺繍が一面に散りばめられていて、花畑を閉じ込めたように華やかだった。


「これもカヤなら気に入ると思ってな」

「可愛い……!」


胸がじんわり温かくなる。

こんなに可愛い服を、自分のために用意してくれた。それだけで嬉しくてたまらなかった。


「お父さん、ありがとう!」


青の王は満足そうに頷くと、包みの中から次々と洋服を取り出していった。


淡い色のカーディガン。可愛らしい靴下。どれも私が好きそうなデザインばかりだ。


「これもカヤに似合いそうだな」

最後に取り出したのは、赤いギンガムチェックのワンピースだった。

首元には小さなリボンが幾重にも並び、色とりどりのレースが華やかに縁取っている。


(そういえば……赤いギンガムチェックの寝巻き、お兄ちゃんたちは好きだったな……)


胸の奥が、ちくりと痛んだ。


「ちょっと当ててみてもいいか?」

「……うん。いいよ」

私が立ち上がると、青の王は隣へ歩み寄り、そっとワンピースを胸元へ当てた。


「うん。よく似合ってるな」

優しく微笑む、その顔。なのに――息が詰まった。


心臓がどくん、と大きく鳴る。


赤い布が視界を埋めた瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。


――嫌だ。嫌だ、嫌だ!似合ってなんかない。私は、サイリンの悪魔なんかじゃない……!


何度も何度も繰り返された監禁の日々が、昨日の出来事のように脳裏へ流れ込んできた。私を叩いたり、酷い言葉を投げつけた場面が鮮明に映った。


「きゃあああああああっ!」


気づけば悲鳴を上げ、その場にうずくまっていた。

歓談室から笑い声が消える。


カードを持っていた手も、本を読んでいた手も、すべて止まった。静まり返った部屋で、皆が驚いた表情のまま私を見つめている。


「カヤ!」

青の王は手にしていたワンピースを机へ置くと、ためらうことなくしゃがみ込み、私を強く抱き寄せた。

「大丈夫か?どうしたんだ?」


低く穏やかな声が耳元で響く。

大きな手が、怯える子どもをあやすように、何度も何度も背中を優しく撫でてくれた。


私はしばらく、青の王の腕の中で泣いていた。声を出そうと思っても、喉が引きつって、言葉にならなかった。

その間、青の王は黙って背中を撫でてくれた。


ソウマとクロバは心配そうに私を見つめていた。


他の悪魔たちは、読書やカードゲームを再開したが、皆が声を抑え、何名かがときどき心配そうな眼差しを私に送る。


背中をとんとんされている内に、私はようやく気持ちが落ちついてきた。


「あのね……。家族に酷いことされたことを思い出したの……。辛くて……。怖かった」

「そうか……。もう大丈夫だからな」

その声は、私の不安を包み込むように優しかった。


そっと頭を撫でられる。大きな手の温もりが伝わるたび、胸の奥の震えが少しずつ遠ざかっていく。

このままずっと撫でられていたい。そんな気持ちになった。


「もう立てそうか?」

そう言って青の王は腕の力を緩めた。私は慌てて、彼の服をぎゅっと掴んだ。

「やだ! 行かないで!」


青の王は少しも困った顔をせず、安心させるように微笑んだ。

「大丈夫だよ。行かないよ。ずっと床でしゃがみ込むのはあれだし、あっちのソファに行こう」


青の王は、私を軽々と抱き上げた。私は彼の胸元を掴んで、顔を押し付けた。なんとなく、周囲を見るのは怖かった。


青の王はソファへ腰を下ろすと、私を自分の足の間へそっと座らせ、再び抱き寄せた。

私はその胸へ額を預けたまま、声を殺して泣き続ける。


青の王は何も言わない。ただ離れずに、背中を撫で続けてくれた。


どれくらい時間が経ったのか分からない。

泣き疲れた私は、そのまま眠りに落ちてしまった。


目を開けると、まだ青の王の腕の中だった。

眠っている間も、ずっと側にいてくれたらしい。


「お父さん……。ずっとこうしていて欲しいの。私のこと、離さないで……」

私が潤んだ瞳で見上げると、青の王は目を細めた。

「ああ。このまま側にいるよ」


――よかった……お父さんに抱きしめられてると、安心する……。嬉しい……。青の王は私のお父さんなんだ……。


その温もりに包まれながら、私はもう一度、静かに眠りへ落ちていった。


◇◇◇

その日から、私のトラウマ症状は悪化した。


歓談室でも貴賓室でも、一日に何度も発作が起こる。


突然息が苦しくなり、過去の記憶が押し寄せ、私は取り乱して泣き崩れた。


発作が起きていない時間でさえ、理由もなく悲しさが込み上げてきて、涙が止まらなくなることが何度もあった。


青の王は一日中私の側にいてくれた。

何も責めず、何も急かさず、ただ私を抱き寄せ、背中を優しく撫でてくれる。幼い子どもをあやすように、私が落ち着くまで何時間でも寄り添ってくれた。


青の王の腕の中にいると、不思議なくらい安心できた。声を聞くだけで、大丈夫だと思えた。


「抱っこしてほしい」

「行かないでほしい」

私がそんなわがままを口にしても、青の王は一度も嫌な顔をしなかった。


「分かった」

そう言って穏やかに笑い、私が安心するまで側にいてくれた。


後から振り返れば、知り合って間もない男性を父親のように慕い、その腕へ縋りつく私は、普通ではなかったと思う。


けれど、あの頃の私は、そのことに気づけないほど心が疲れ切っていた。ただ、安全だと思える場所へ身を預けたかった。それだけだった。


青の国民たちは、そんな私と青の王を静かに見守っていた。誰も無遠慮に話しかけてくることはない。けれど、いつも誰かが気遣うような眼差しを向けてくれていた。


心の調子が少し良い日は、絵を描きながらクロバやソウマと他愛ない話をした。

「ねぇ、クロバ。青の城って、どれくらい広いの?」

「歩けば十五日ほどですね」

「はあ!?」

思わず素っ頓狂な声が出る。

「広すぎるよ!」


クロバはくすりと笑った。

「研究施設や訓練場、工房など、必要な設備がすべて城の中にありますからね。私たち国民の私室も城内にあります。部屋から部屋への移動は、基本は瞬間移動魔法を使います」


「そうなんだ……」

しばらく城の話を聞いているうちに、ふと気になったことを思い出した。

「……私の部屋って、ないのかな?」

「もちろんありますよ。今、準備している最中です。カーテンなどを特注しているので、もう少しだけ時間がかかるんです」

「そうだったんだ……」


私のための部屋。その言葉だけで、胸の奥が少し温かくなった。


少し迷ったあと、私はクロバを見つめる。

「あのさ……」

「はい」

「いきなりなんだけど、相談があるんだよね……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。