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ep.20 クロバと交流

◇◇◇

私が泣き止むと、ソウマは甘いお茶を淹れてくれた。

素朴な甘さが、少しずつ心を落ち着かせてくれる。


「カヤ。今日も歓談室に行ってみる?青の王はできるだけカヤを歓談室で過ごさせたいみたいなんだ」

「そうなの……?」


――私が早く、青の国民となじめるように、ってことなのかな?


少し考えてから、私は頷いた。

「……じゃあ、今日も歓談室で絵を描こうかな」

「よかった。一緒に行こう」

ソウマは棚からトートバッグを取り出し、私へ手を差し出した。私はその手を握る。


次の瞬間、身体がふわりと浮き上がるような感覚に包まれ、景色が揺らいだ。


浮遊感が収まると、私たちは歓談室の窓際に立っていた。


部屋では四十名ほどの悪魔たちが、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。カードゲームに興じる者。読書に没頭する者。ソファで談笑する者。

机いっぱいに複雑な魔法陣の描かれた紙を広げ、楽しそうに議論している者もいた。


私とソウマが現れると、何人かの悪魔がこちらへ視線を向ける。

昨日と同じで、私の肩はすくんだ。けれど、それもほんの一瞬だった。彼らはすぐにカードゲームや読書、談笑へ戻っていく。

私はほっと息を吐いた。


そのとき、近くの机に座るクロバの姿が目に入る。彼は数人の悪魔たちとカードゲームを楽しんでいた。


「カヤ、どうしたの?座らないの?」

ソウマは目の前の机にトートバッグを置き、絵の具やパレットを手際よく並べ始める。

「えっと……」

「ほら、座りなよ」

ソウマは椅子を引いて、座るように促してきた。


(どうしよう……。クロバとお話ししてみたいな)


昨日話してみて、なんとなく彼に惹かれた。好印象なのは彼の職業が外交官だからだろうか。もっと話してみたい。


――でも、彼はカードゲームしてるし、話しかける勇気ないかも……。


私は諦めて、ソウマの隣へ腰を下ろした。


「うん……。今日はきのこ狩りの絵を描こうかな」

「きのこ狩り? ユニークなテーマだね」

「結構前に読んだ本にね、妖精は森で花を摘んだり、きのこ狩りするって書いてたよ?」

「……妖精って、きのこを食べるっけ?」

私はソウマとお喋りしながら、下描きを始めた。


――今日は資料はいらないかも。想像で色んな妖精やきのこを描いてみよう……!


そんなことを考えながら、私は視線だけでそっとクロバを見た。


(どんなカードゲームをしてるんだろう?)


その瞬間、彼と目が合った。

黒い瞳に見つめ返され、胸がどきりと跳ねる。


クロバは穏やかに微笑むと、手札を机に伏せ、仲間へ一言声を掛けて立ち上がった。そして、そのまま私たちの机へ歩いてくる。

「おはようございます。何を描いてるんですか?」

彼は私の隣まで来ると、少し身を屈めて下描きを覗き込んだ。

「絵が好きなんですね」

「う……うん」


(話しかけてくれた!)

胸がふわりと温かくなる。


「あの……。もしかして、私があなたを見てたのに気づいてた?」

「はい。気づいてました。私と話したいのかな、と。私もあなたとお話したかったので」

「ほんと!? 嬉しい……」

思わず顔がほころぶ。


クロバは自然な動作で私の隣へ腰を下ろした。


青の国民と私が交流するのが嬉しいのだろうか。ソウマの表情も、どこか嬉しそうだ。


「今はね、きのこ狩りの絵を描いてるの。今はまだ下絵なんだけど……」

「きのこ狩りですか? 楽しそうですね」

「うん! 妖精がね、森中の毒きのこを集めてるの」

「毒きのこですか?」

クロバが目を瞬かせる。

「これから毒抜きして調理するんですか? でも、わざわざなんで毒きのこ?」

隣で聞いていたソウマも、不思議そうな顔をした。


「えっとね、動物が間違って毒きのこを食べないように、妖精が毒きのこを全部森から消してくれてるの。毒きのこ狩りだよ」

「ハハハッ。なかなか面白い設定ですね」

「カヤって変わってるな」

クロバとソウマは楽しそうに笑った。


――引かれなくてよかった……。面白いと思ってもらえたみたい。


「私ね、きのこの見た目が好きなんだよね……。可愛くない?」

「きのこって、可愛いんですか?」

クロバは少し考え込むように首を傾げた。

「うん! ずんぐりむっくりしてて可愛いよ」

「……きのこが?」


「私ね、毒きのこが好きなんだよね……。実際に見たことないけど、派手な色と見た目だし。昔読んだ図鑑に、夜に光る綺麗なきのこがのってたの」


クロバとソウマは肩を揺らして笑った。


「ハハハッ。面白い。素敵な感性ですね」

「ほんと……? お姉ちゃんに言ったら引かれたの。毒きのこが好きなんて変だって。」

「私は良いと思いますよ」

「……嬉しい! ありがとう。クロバ」


(個性を認めてもらえるのって、嬉しいんだな)



◇◇◇

私はクロバとソウマとお喋りしながら、絵を描き続けた。


クロバは外交官らしく聞き上手で話し上手だった。私の話にも真剣に耳を傾けてくれるし、彼が話し始めると、私も夢中になって聞き入ってしまう。


一方のソウマは、会話にはあまり加わらず、穏やかな笑みを浮かべながら私たちを見守っていた。


「……できた!」

最後の毒きのこに色を置き、私は大きく息を吐いた。


暗い森の中では、フードを被った妖精たちが大きな籠を手に、色も形も様々な毒きのこを集めている。


紫色に淡く光るきのこ。かぼちゃのように丸いきのこ。毒々しい斑点を持つきのこ。私はどれも、あえて丸みを帯びた愛らしい形で描いていた。


「凄い……。可愛い毒きのこだな。妖精の羽の模様も細かいな」

ソウマは感心して目を見張る。


「芸術センスがありますね。色使いも独創的です。流石はサイリンの血筋ですね」

クロバは絵に見入ったまま、細かな部分まで丁寧に眺めていた。


――クロバは私が、サイリンの姫って知ってるんだ。……よく考えてみれば当然か。


ソウマはギショウ国から私を連れ出すとき、青の王や国民たちには事情を説明したと言っていた。

国民が七十一名しかいない国だ。私のことを知らない悪魔なんて、きっといない。


「クロバ……。その……。青の国民は皆、何かの分野のプロフェッショナルで精鋭集団なんでしょ?」

「ええ。全員、それぞれの分野で一流です」

クロバは絵から視線を上げ、誇らしそうに微笑んだ。


私は少しだけ視線を落とす。

「私はさ、なんのプロフェッショナルになればいいの?……実は私、勉強は苦手なんだよね」


するとクロバは、迷う様子もなく答えた。

「芸術担当になればいいのでは? 青の国には芸術家はいませんからね。あなたは芸術分野に秀でているようですし。元サイリンの悪魔の絵なら高値で売れるでしょう」

「ほんと……!? 私……役に立てるかな?」

「そもそも悪魔には、芸術的な創造が苦手な者が多いんですよ」

「え!? そうなの!?」


――おかしいな。サイリンの城には芸術センスのある悪魔ばっかりだったけど?


「模写とかは皆、得意なんですけどね。しかし、誰も思いつかない模様や構図を生み出す力を持つ者は少ないんです。だから芸術的な物は価値が高い。同じ食器でも、美しい模様が描かれているだけで価値は跳ね上がります」


「ええ!? そうだったんだ!?」

「だから、弱い悪魔でも芸術家なら国が保護してくれますよ」


(むしろ、私の祖国の方がイレギュラー?)


「カヤならきっと、芸術担当に向いてるよ」

ソウマが穏やかに微笑む。すると、クロバも頷いた。

「ちなみに、青の国民には、定期的に国民テストがあります」

「国民テスト? クロバ。それは何?」


「薬草や医療の知識、魔宝石の加工から、戦闘魔法まで多岐に渡り出題されます。実技試験もありますよ」

「……なんか聞いてるだけで、難易度が高そうだよ?」

「はい。難易度は超ハイクラス。テストの作成者は青の王です。ちなみに、国民テストに落ちると青の国民でいられなくなります」


「国民でいられないって……何?」

「国民資格を剥奪されて国外追放です」

クロバは何でもないことのようにさらりと言ったが、私は一気に青ざめた。


「追放されたらどうなっちゃうの?」

「安心してください。テストに落ちたのは過去に四人しかいません。全員他国で元気に暮らしてます。今でもたまに私たちと連絡をとってますよ」

「そっか……なら良かっ……」

言いかけて、私ははっと気づいた。


「ちょっとまって!私もその国民テストを受けるの?どうしよう……パスする自信ない……」


(もし落ちたら私はどこに行けばいいの……?)


クロバはおおらかに笑った。

「大丈夫ですよ。あなたの場合はテスト免除でしょう」

「ほんと?」

「はい。芸術家は芸術だけ極めるものですからね」


「よかったぁ……」

安堵の息を漏らすと、ソウマが安心させるように微笑み、小さく頷いてくれた。


「そんなテストに合格し続けるなんて、青の国民って凄いんだね」

「ありがとうございます。何しろ、青の王に選ばれて鍛えあげられたので。皆、青の王に固く忠誠を誓ってますよ」

「俺たち青の臣下七十一名は、忠誠心が異常なんだ」

「確かに……。私がクロバやソウマの立場なら、青の王に進んで仕えたくなっちゃうな……」


私は歓談室を見渡した。

皆、それぞれ好きなことをしながら、楽しそうに笑っている。その光景を眺めているうちに、ふと気になることが浮かんだ。


「ねぇ、クロバ。質問があるんだけど……」

「なんですか? なんでも聞いてください」

「青の国民には、女性っているの? この部屋には男性しかいないけど……」


(同性がいれば、話しやすいし安心できるかも)


「青の国には女性はいません」

「え……?」

「全員男性です」


(さらっと言ってるけど……女性がゼロ!?)

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