ep.19 初恋
赤い敷布の上には、一振りの純白の剣が静かに横たわっていた。
雪よりも白く、磨き抜かれた刃は柔らかな光を返している。
私は剣の知識はほとんどない。
それでも、真っ先に目を奪われたのは、グリップだった。そこには葉を思わせる美麗な彫刻が施されており、まるで装飾品のようだ。
「ここの飾りがぎざぎざしてて、おしゃれだね……」
「ここは『ガード』と呼ばれる部分だ。手を守るだけじゃなく、ここからも魔法を放てるようになってる」
「……ここから魔法が出るの?」
私が戸惑いながら尋ねると、レーザもクロバも、そして隣で様子を見守っていたソウマまで、くすりと笑った。
「彼の商団は別格ですからね。簡単に商品は買えません。買う側にも格やステータスが必要なんですよ」
「何それ!? 商品が買えないの!?」
クロバの説明に、私は目を丸くした。
武器は、お金さえ払えば買えるものだと思っていた。それなのに――この世界には、「買う資格」まで必要な商品があるらしい。
「例えば、未熟な商団には商品は売らない。格式ある商店に商品を卸すんだ。個人の客も同じさ。客の悪魔の強さ、身分、ステータスなどが高かったら売る。それがますます俺たちの格を高めるんだよ」
「なるほど……。簡単に手に入らないって分かると、余計に欲しくなるもんね。だから憧れが強まって、商団はさらに魅力的になるってこと?」
「そうだな。高級オークションや会員制のお店と似た考え方だ。欲しくなるだろ?」
「うん!」
レーザは満足そうに笑うと、箱の蓋を閉じた。すると、箱が橙色の光に包まれ、箱も剣も音もなく一瞬で消えてしまった。
――青の国って、凄いんだな……どうしよう……。他の国民はどんな感じなんだろ……。でも、緊張するし、全員の名前と経歴なんて、覚えられそうにないや。
「あの……。ソウマ。私、もう部屋に戻って休みたいな」
「そっか。ならゆっくり休もう」
私が頷くと、ソウマは絵の具や画集を丁寧にトートバッグへしまい始めた。彼は専用の薬剤でパレットを拭き、筆先を一本ずつ綺麗に整えていく。
私は何も言わず、その手際の良い作業をぼんやり眺めていた。
その間に、レーザは再び本棚へ向かい、クロバも読書へ戻っていく。
「帰ろうか」
片付けを終えたソウマが右手を差し出す。私はその手に自分の手を重ねた。
次の瞬間、身体がふわりと浮き上がるような感覚に包まれ、視界が揺らぐ。
浮遊感が収まると、そこは見慣れた貴賓室だった。
「あのね、ソウマ」
私は胸の前で今日描いた絵を大切そうに抱えた。
「この絵、お父さんにも見てもらいたいな」
期待で頬が熱くなる。けれどソウマは、少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「悪いな。青の王は急用で、今晩は帰ってこられないんだ。明日の夜までには絶対帰ってくるよ」
「そっか……。国王だし、忙しいのかな……」
私はしょんぼりと肩を落とした。そんな私を見て、ソウマは安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。カヤ。明日からは、青の王はカヤのために沢山時間を空けてくれてる。沢山一緒にいてくれるはずさ」
「ほんと……!?」
「ああ。青の王は新しい国民が来ると、その悪魔とは長期間、密に過ごすからね。一日中一緒なのも珍しくない」
(……嬉しい! 早く明日にならないかな!)
「なら私、今日はもう寝る! 待ち切れないから早く明日になってほしいの!」
ソウマは声を立てて笑った。
「ハハハッ。そうか。ならせっかくだし、寝る前にお茶を淹れるよ。カヤのために甘いお茶をいくつか用意したんだ」
「ありがとう! ソウマ!」
私は、ソウマの淹れてくれたお茶を飲み干すと、すぐに寝台へ潜り込み、柔らかな布団に身を預けた。
甘く優しい香りのお茶のおかげなのか、身体の力がふっと抜けていく。
(お父さん、早く帰ってこないかな)
そわそわしている内に、私はいつの間にか眠りについてしまった。
◇◇◇
夢の中で、家族は私に優しくしてくれた。
綺麗なドレスや絵の具を山ほど贈ってくれた。
私が笑顔になると、家族は私からそれらを取り上げた。
「こんなに沢山贈ったんだから、私たちに力を使うわよね? そうでしょう?」
家族は私を叩くようになった。私は、彼らの手に怯えていた。
◇◇◇
私は、目を覚ました。
寝ている間に泣いていたらしい。頬を涙がつたっていた。
「カヤ……。大丈夫か?」
ソウマが心配そうに、私を覗き込んでいた。
「ううん……。大丈夫じゃない……」
私はしゃくり声を上げて泣き始めた。
「家族に捨てられて辛い……。私……家族の手が……怖かったの。優しく私を撫でてくれてたのに……その手が私をぶつの……」
ソウマは側で黙って聞いていてくれた。
どれほど泣いていたのか分からない。
ふと顔を上げてソウマを見た途端、私は息を呑んだ。
彼は、三滴ほど涙を流して泣いていた。
――悪魔は普通は泣かないのに……。ソウマ、どうしちゃったの?
「……どうして泣いてるの?」
ソウマはゆっくりと目を伏せ、眉間に皺を寄せた。
「幼いときに助けてあげられなくて、ごめん」
(ソウマは私のために、泣いてくれてるんだ……)
自分のために誰かが涙を流してくれた経験なんて、初めてだった。
――ソウマは自分が辛い経験をしたから、私の苦しみが分かるんだ……。ソウマは私の悲しみを理解できるんだ……。
「私のために泣いてくれて……ありがとう」
私の目から涙が溢れ出した。今度は、嬉しくて流した涙だった。
ソウマは優しく微笑むと、私の頭をそっと撫でてくれた。
(私、ソウマのことが好きなんだ……)
私を地獄から救い出してくれた、優しく寄り添ってくれる彼が好きだ。逆境に負けないで、優しい芯をもつ彼を尊敬している。
人生で初めて、胸がときめいて熱くなった。私は、自分の胸を手でおさえた。
――でも、この気持ちは胸の奥に押し込んでおこう……。また、愛して捨てられたり拒絶されたら怖いもの……。
心から好きだから、気持ちを伝えるのが怖い。ソウマとはずっと友人でいよう。
私は、そう決めた。胸が苦しかったが、私はソウマに微笑んだ。
ソウマは穏やかに微笑み返してくれた。




