ep.15 新しい家族
「あの……」
「どうした?」
「私……寝たいです。ずっと力を使っていたので凄く眠くて……」
言い終える頃には、まぶたが重く落ちそうだった。
青の王は一瞬だけ私を見つめ、それから柔らかく笑った。
「そうか」
責める色は、どこにもない。
「なら、まずは休むといい。寝室へ連れて行ってやれ」
「はい」
オウカは静かに頷き、今度は迷うことなく私の左手を包み込んだ。
「さあ、ゆっくり休もう」
その穏やかな声を聞いた途端、張り詰めていた心が少しだけほどける。
――眠っても、怒られない。
そんな当たり前のことが、どうしようもなく嬉しかった。
◇◇◇
「え……! ここ、寝室!? 広い……!」
オウカが発動した瞬間移動の揺らぎがおさまり、目を開けると、そこは四十畳ほどもある広々とした部屋だった。
天蓋付きの寝台を中心に、上質なソファや本棚、品のある調度品がゆとりをもって配置されている。天井から吊るされたガラスシェードのランプが、柔らかな光を落としていた。
「ここは貴賓室なんだよ」
辺りを見回す私を、オウカは微笑ましそうに見つめる。
「……青の国の貴賓室って、こんなに広いの?」
「広さは権力の象徴だからね」
(……確かに)
客人のために、これほど広く豪華な部屋を用意できる。それだけで、青の国の豊かさが伝わってくる。
サイリンの貴賓室も工芸品や絵画で飾られていたが、ここまでの広さはなかった。
「もっとも、ここは休憩用の部屋だ。実際に滞在する部屋は別にあるけどね」
(じゃあ、滞在する部屋はもっと広いのかな……)
「それより、今日はゆっくり眠りな。……俺が側についてるから、安心していい」
私が寝台へ横になると、オウカは肩まで毛布を掛けてくれた。
「この毛布……すごく肌触りが良いね。こんなの初めて……」
指先でそっと撫でると、驚くほどなめらかな感触が返ってくる。
「最高級の寝具だからね。気に入ってもらえて嬉しいよ」
「……ありがとう、オウカ」
彼はベッドのそばの椅子へ腰を下ろし、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「オウカは、偽名なんだ」
「……本当は違う名前なの?」
(そうだよね。諜報員だもんね……)
「偽名は使い捨てるものだからね」
彼はどこか自嘲するように笑った。
「俺の本名はソウマ。ソウマ=アスタルだ。これからは、ソウマって呼んでほしい」
「ソウマ……かっこいい名前だね!」
「ありがとう」
「……おやすみ、ソウマ」
「おやすみ、カヤ」
私が微笑むと、ソウマも静かに笑い返した。
張り詰めていた心が、ようやくほどけていく。
初めての場所だった。それでも、不思議なくらい安心できた。
疲れ切っていた私は、そのまま深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
夢を見た。
家族が、力を使えと私を責め立てる悪夢だった。
抵抗すると、頬を叩かれ、髪を引っ張られ、蹴られる。浴びせられる言葉はどれも冷たく、胸を深く抉った。
耐えきれずに私は走り出した。
逃げて、逃げて、知らない石畳の道へ迷い込む。
吐く息は白く、肌を刺すような寒さが全身を包んだ。
――どうして……こんなに酷いことをするの?家族でしょ……?お兄ちゃんも、お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんも、あんなに優しかったじゃない! なんで私を叩くの? なんで髪を引っ張るの? どうしてそんなことをするの? 優しさは演技だったの ?ほんとは愛してなかったの?
私は、思い通りにならなかったら殴っていい存在?
私は、家族に見放されたのか。どうして愛してくれないのか分からない。今まで愛してくれていたではないか。
(私は、捨てられたんだ)
そこで、目を覚ました。
(ほんとは、家族じゃ……なかったのかな……?)
ゆっくり瞼を開けると、ソウマはベッドの脇に立っていた。ソウマが座っていた椅子には、青の王が腰掛けていた。
ソウマは心配そうに私を見つめ、青の王は穏やかな笑みを浮かべている。
夢と現実の境目が曖昧なまま、私は青の王を見上げた。
――彼は私を養子にしてくれるって言ったよね……。なら、私のお父さんになってくれるのかな?
私は、上体を起こすと、上背のある青の王を見上げた。
「あの……。私の家族になってくれるの?」
言葉と一緒に、私の瞳からは涙が溢れた。
青の王は突然泣きだした私に驚くこともなく、目を細めた。
「ああ。そうだよ」
穏やかな声が、凍りついていた心に染みわたるような気がした。
「嬉しい……」
涙が止まらない。
「お父さん……。私、家族が欲しかったの」
私は青の王を真っ直ぐに見つめた。
青の王はゆっくりと立ち上がり、私の前に歩み寄るとそっと身を屈めた。そして、壊れ物を抱くように私を抱きしめる。
私はその背中へ腕を回し、彼の胸に顔を埋めた。
何も言えなかった。ただ、泣いた。
青の王は急かすことも、慰めの言葉を重ねることもなく、私が泣き止むまで静かに抱きしめ続けてくれた。
◇◇◇
私が泣き止むと、青の王は朗らかに微笑み、ゆっくりと腕を離した。
温もりが離れると、不思議なくらい心細い。
――会ったばかりの悪魔に泣いて甘えるなんて、変かな……。
でも、サイリンにいた頃は違った。
家族に甘えるのも、抱きつくのも、添い寝をしてもらうのも当たり前だった。抱きしめられ、頭を撫でられて育った。
――青の王は優しいし。家族なら……甘えるのは普通だよね。
年齢のわりに私は甘えるのが好きで、世間の常識とも少しずれていた。けれど、私は全くその自覚がなかった。
「あの……」
毛布を指先でもじもじとつまみながら口を開く。
「私、外に出たいです。綺麗な景色とか……空とか、見てみたいです」
それまで私たちを見守っていたソウマの表情が、ぱっと明るくなった。
「ぜひ見せてあげたい。一緒に行こう」
そう言って差し出された右手に、私はそっと左手を重ねた。
(青の国って、どんなところなんだろう)
胸が高鳴り、期待で頬がほんのり赤くなる。
そんな私を見て、ソウマと青の王は顔を見合わせて微笑んだ。
次の瞬間、ソウマが瞬間移動魔法を発動する。
視界がぐらりと歪み、景色が横へ流れていく。
やがて揺れが収まり、目を開けると――
「うわぁ……!」
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