ep. 13 オウカと脱出
(計画って、何……?)
「俺はこれから政務に戻る。今日はハードスケジュールだからな。夜になったらまた来る。それまで、ちゃんと見ておけよ。逃げないように」
(逃げる……? それって、私のこと?)
「……オウカ。計画って何?」
私は縋るようにオウカを見た。けれど彼は、私には視線を向けず、ギショウ王へ静かに一礼する。
「行ってらっしゃいませ。後のことはどうかご心配なく」
「ああ。頼んだぞ。それじゃあ、カヤ。夜まで気長に寛いでいるといい」
(寛ぐ? ……この状況で……? 無理よ……)
ギショウ王は、興奮冷めやらぬ様子で部屋を後にした。
扉が閉まる音が響くと、私は堪えきれずオウカへ駆け寄り、その服をぎゅっと掴んだ。
「オウカ! どういうこと!? 計画って何?私、どうなっちゃうの?」
「……ごめん」
低く漏れたその一言には、深い苦しさが滲んでいた。
「王命なんだ。だけど、お前を傷つけるようなことはしない」
「分からないよ……。ちゃんと説明して」
震える声で訴えると、オウカはそっと私の手を取り、ソファへ座らせた。自分も隣へ腰を下ろす。
しばらく言葉を探すように黙り込んでから、静かに口を開いた。
「ギショウ王は前から俺とミイに話していた。カヤの力を、自分のために使いたいって」
「……ギショウ王も、私を利用するの?」
オウカはすぐには答えなかった。伏せられた瞳が、その答えを物語っていた。
「……ああ」
その一言が、胸へ重く落ちる。
「そんな……」
頭の中が真っ白になる。
「ここでも……サイリンと同じ目に遭うの?」
「そうだ。計画ってのは、ギショウ王を強くする計画ってことだ。お前はこれから、この部屋で暮らして、あいつのために力を使わせられるんだ」
説明するオウカの表情は、わずかに苦しそうだった。
(嘘でしょ……。信頼してたのに、酷いよ……)
「だがな、衣食住は保証する。お前が欲しいものは、絵の具だろうとなんだって揃えるよ。……できる範囲で守るからな」
「王命で、仕方なくなの……?」
「そうだ。すまない、カヤ」
オウカは真剣な眼差しで、真っ直ぐに私を見つめる。その青い瞳は、やはり苦しそうだった。
――オウカは、味方なのかな? 嫌々やってるのかな?
「俺とミイが、七日ごとに交代でお前の側につく。辛かったら俺かミイに言うんだ。いいな?」
オウカはそっと私の肩に触れた。
「ミイは……? 彼は心配してくれてるの?」
オウカは、さっと表情を歪めた。
「あいつは、計画に賛成してる。国王様の力が強くなるなら良いことだってな。……お前の面倒は手厚くみてくれるだろうが、あまり信用しすぎるなよ」
――なんで、反対してくれないの? ギショウ王に忠誠を誓ってるから?
もしそうなら、ミイの忠誠心は、私にとっては毒だ。
◇◇◇
それからは、ギショウ王へ力を使う日々が始まった。
彼は政務の合間や夜になると部屋を訪れ、そのたびに私へ力を使うよう求めた。
私は逆らえなかった。
逆らえば、どうなるのか分からない。ここを追い出されたら、魔法も使えない私は生きていけるのだろうか。それとも、サイリンへ連れ戻されてしまうのだろうか。どちらも怖かった。だから私は、黙って従うしかなかった。
(……そうだわ)
ふと、胸の奥に一つの希望が浮かぶ。
(また火の鳥を生み出せばいいのよ)
あのとき私を助けてくれた炎の鳥。もう一度現れてくれれば、ここからも逃げ出せるかもしれない。
私はそっと両手を見つめ、強く願った。
(火の鳥……。お願い。また私を助けて)
けれど、何も起こらなかった。
炎は現れない。熱も感じない。ただ静寂だけが流れていく。
(どうして……?)
私は何度も自分の手を見つめた。
(あれは、一度きりの力だったの……?)
胸の奥がゆっくりと冷えていく。
視線を上げると、向かいにはオウカが座っている。
彼は今日も私のために、お茶を淹れ、遊び道具を用意してくれている。
机の上には、見たことのないカードゲームがいくつも並べられていた。
「カヤ。大丈夫か? 急に両手を見つめて……。それに、顔色が良くない。」
心配そうな声が飛んでくる。
「ううん。何でもないの」
私は慌てて笑顔を作った。
――火の鳥が出なかったから悲しいなんて言えない。
逃げようとしていることまで知られてしまう。
「じゃあ、今日はこのカードゲームをやってみようか」
オウカは、大きなガラスケースを手に取った。中には、様々な星が描かれたカードが美しく収められている。
「まずは好きな星を選ぶんだ」
「へぇ……。どれも綺麗」
私は一枚一枚を眺め、緑色に輝くカードを選んだ。
中央には、燃え上がる炎に包まれた黄色い星が描かれている。
(星……)
カードを見つめたまま、小さく息を呑んだ。
(もう、本物の星を何日も見てないな……)
私はカードを握る手に、そっと力を込めた。そして、思い切って口を開く。
「あのね、オウカ……。私、外に出たいな。少しだけでも散歩したい」
オウカは苦しそうに眉を寄せた。
「……すまない。それはできない」
「じゃあ、せめて空が見える部屋に移してほしい。この部屋の窓、ステンドグラスだから外が見えないんだもの」
「ごめん。それも王命なんだ」
静かな返事だった。その一言だけで、もう何も言えなくなる。
(……最初から、閉じ込めるつもりだったのかな)
だから窓は高い場所にある。だから開かない。だから外も見えない。
私はゆっくりと顔を上げた。
天井近くには、小さな円形の窓が五つ。青いステンドグラスが柔らかな光を部屋へ落としている。
初めてこの部屋へ来た日は、あの窓が青空のように見えた。
けれど違う。あれは青空なんかじゃない。ただ青く染められたガラスだ。
私は、青空を見ることはできない。
◇◇◇
夜になると、ギショウ王が部屋を訪れた。
「さあ、カヤ。早く俺に力を使うんだ」
彼は待ちきれない様子で私の隣へ腰を下ろし、左手を差し出してくる。
私は静かにその手へ自分の手を重ね、目を閉じた。
(ギショウ王の魔力を高めたい……)
心の中で何度も願い続ける。
部屋には静かな時間だけが流れ、ギショウ王は食い入るように自分の手を見つめていた。部屋の隅では、オウカが無言のまま私たちを見守っている。
四時間ほど願い続けたせいだろうか。私は、気分が悪くなってきた。頭の奥がずきずきと痛む。
「あの……少し休ませていただけないでしょうか」
「駄目だ。俺はあと三十分したら行かなきゃいけない。限界までやるんだ」
(なんだか頭がくらくらする……休ませて欲しい)
すると、オウカがたしなめるように口を開いた。
「国王陛下。カヤを少し休ませてあげましょう。俺がお茶を淹れますから。五分くらいならいいでしょう」
「だがな……」
「それに、休んだ方がきっとパフォーマンスは上がりますよ。軍人だって休息無しには働けませんからね」
王はわずかに眉をひそめたが、やがて諦めたように息をついた。
「……それもそうだな。少しだけだぞ」
「はい」
オウカは微笑み、手際よくストロティーを淹れ始めた。
爽やかな香りが部屋いっぱいに広がる。
湯気を吸い込むだけで、締めつけられていた頭が少し軽くなった。
「オウカ……。ありがとう」
私は差し出されたティーカップを両手で包み込み、一口ずつゆっくり飲んだ。
温かさが身体へ染み渡る。
(また助けてくれた……)
私の具合が悪くなるたび、オウカはこうして王へ進言し、ほんのわずかな休息を作ってくれる。
きっと、これが彼にできる精一杯なのだ。
たった五分。それでも私には、その五分が何よりもありがたかった。
やがてティーカップが空になる。すると、ギショウ王の冷たい視線が私を捉えた。
「もう充分だろう。さあ、続けるんだ」
「……はい」
私は再び願い続ける。
ここもまた、サイリン同様に私を閉じ込める檻だ。
◇◇◇
時間になると、ギショウ王は満足げに立ち上がり、そのまま部屋を後にした。
――もうこんな日々から助けて欲しい……。私は死ぬまでずっと、この部屋で暮らすの? また、外の景色が見たい……。
気づけば、ぽろぽろと泣いていた。
すると、オウカが部屋の端から歩み寄り、私の前に片膝をついた。彼は視線を低くすると、私を下から覗き込んだ。
「なあ、カヤ。お前を助けてやる」




