ep.11 その力、俺にも使ってくれないか?
「やっぱり……。そうですよね……」
「だが安心しなさい。君がここにいるのは内緒だ。臣下たちにも、客人について語らないように口止めをしておいたから」
「口止めですか……?」
「君が姿を消した時期と、我々が客人を迎えた時期はぴったり重なる。来賓そのものは珍しくないが、サイリンに余計な疑いを抱かれるかもしれないからね」
――凄い! そこまで配慮してくれたんだ……。
ギショウ王はおおらかに笑うと、今度はオウカに真剣な眼差しを向けた。
「オウカ。ミイと一緒に彼女の面倒を見てやれ。慣れない場所で不安も多いだろうから、常に側にいてフォローしてやりな」
「承知しました。お任せください」
オウカは頷くと、私に微笑んだ。
――ここにいれば、大丈夫かも。ひとまず部屋から出るのは控えよう。
オウカたち以外は、客人が私だとは知らない。
サイリン王族の特徴である銀髪と灰色の瞳は目立つ。もし庭園を歩いたりして誰かに見られれば、失踪した姫ではないかと疑われるかもしれない。
私は、二人に小さく微笑み返した。
◇◇◇
その日から、私のギショウ国での生活が始まった。
私は毎日、絵を描いたり、本を読んだりして過ごした。
オウカとミイは、必ずどちらか、あるいは二人そろって私の側についていてくれた。ギショウ王も時折部屋を訪れ、「困ったことはないか」と細やかに気遣ってくれた。
少しずつ、この城で過ごす時間が増えていった。
「へえ。やっぱりカヤは絵が上手いね。ここの色使いなんて、本当に綺麗だ」
完成しかけた絵を眺めながら、ミイが感心したように目を細める。
「ありがとう! ミイは絵を描いたりしないの?」
「全然。僕はあまり得意じゃないしね」
「そうなんだ……」
私は小さく首を傾げた。
(やっぱり、サイリンが特殊なのかな?)
城にいた悪魔たちは、誰もが絵を描くのが上手だった。だから私は、それが当たり前なのだと思っていた。
けれど、外の世界では違うらしい。
絵を描かない悪魔もいれば、苦手な悪魔もいる。もしかすると、あれほど芸術の才に恵まれた者ばかりが集まっていたサイリンのほうが、珍しい国だったのかもしれない。
また一つ、私の中の「当たり前」が形を変えていく。
「それに、絵が欲しいなら買えばいいしね。隣は芸術国家なんだから、名画なんていくらでも手に入るよ。わざわざ自分で描く必要はないんじゃない?」
「あ……。それもそうね」
私は思わず笑ってしまった。
そんな考え方をしたことは、一度もなかった。
◇◇◇
そんな穏やかな日々が続き、四日が過ぎた。
その日、私は花畑の絵を描いていた。
「資料があったほうが描きやすいだろう」とオウカが運んできてくれた植物図鑑を広げ、花びらの形や色をじっくり観察しながら下絵を仕上げる。そして、慎重に筆へ絵の具を含ませ、少しずつ色を重ねていった。
夢中で筆を動かしていた、そのときだった。
向かいのソファに座っていたミイが、不意に酔ったような視線をオウカへ向ける。
「オウカ……。最近寂しいよ。あんまり構ってくれないからね」
ミイは、少し甘い声でオウカに話しかけると、オウカの首へ両腕を回した。
突然の光景にびっくりして、私は手から筆を落としそうになった。
するとオウカは、ごく自然な仕草でミイの背へ腕を回し、愛おしいものでも見つめるように微笑むと、そのまま唇を重ねた。
「え……。えええ!? どういうこと!?」
(男性同士で、キスしてる……!?)
私が素っ頓狂な声をあげて真っ赤になると、二人は楽しそうにこちらを見つめた。
抱擁を解くと、ミイはからかうように笑った。オウカはどこか色気を滲ませて口角を上げる。
「ああ。僕とオウカは恋人なんだ」
「は!? こ……恋……人? 男同士で!?」
「別に珍しくないよ。悪魔は女性が少ないからね。男性同士で恋愛するカップルがいるわけ」
「ええー!? そ、そうなの!?」
「そうだよ。僕はオウカのこと好きだし」
あまりにもあっさりと言われ、私は言葉を失った。
(二人って、恋人だったんだ……)
「カヤってピュアなんだね。急に見せちゃってごめん。でも、その辺でいちゃつくカップルは珍しくないよ」
「そ、そういえばお母さんとお父さんもラブラブだったわ……」
「ああ、あの二人は珍しいよね。他にパートナーいないもん」
「他のパートナー? そういえばお母さんが、悪魔は夫を沢山もつって言ってた……」
「うん。複数恋愛なんて普通だよ。オウカも俺以外に、城に男の恋人が何人かいるよ。かっこいいからね」
「はあーー!?」
ミイは特に嫉妬する素振りを見せずに説明したが、私は思わずオウカをまじまじと見つめた。
オウカは否定も照れもせず、どこか余裕のある笑みを浮かべる。
その表情だけで、それが事実なのだと分かった。
――同性愛って、本の中だけの話じゃなかったんだ。……いや、でも、お互いに愛し合ってるならいいのかな??
ミイとオウカは顔を見合わせると、楽しそうに微笑む。
ミイがオウカへ向ける眼差しは、深く恋い慕っているように見える。オウカがミイへ向ける眼差しには、包み込むような余裕と、どこか大人びた色気があった。
二人の空気はあまりにも自然で、冗談を言っているようには見えない。
――びっくりしたけど、二人が幸せなら、それでいいのかも……。
私はドギマギしながら、絵の続きを描き始めた。
――外って、やっぱり未知なんだな……大人の関係だ。
◇◇◇
ギショウ国に来てから、七日目になった。
その日、オウカは「絵や読書だけでは退屈だろう」と、トランプを持ってきてくれた。
二人で向かい合い、机の上へカードを並べる。
初めて遊ぶゲームだったが、オウカは私が理解できるまで根気よくルールを教えてくれた。
(オウカって、やっぱり優しいな……)
恋人が何人もいると聞いたときは驚いた。けれど、これほど親切で、王の側近まで務める男なのだ。慕う者が多いのも当然なのかもしれない。きっと、一人ひとりの恋人を大切にしているのだろう。
そんなことを考えていると、不意に部屋の扉が開いた。
「やあ、カヤ。調子はどうかな?楽しく過ごしているかい?」
ギショウ王だった。
王は穏やかな笑みを浮かべながら私の隣へ腰を下ろす。
「はい! こんなによくしていただいて、本当にありがとうございます。オウカもミイも、いつも私を気遣ってくれます」
「それは良かった」
満足そうに頷いた王は、不意にオウカへ視線を向けた。
その瞳だけが、突然、先ほどまでとは違う鋭さを帯びた。
「オウカ。お前は少しドアの外で待機していてくれ。カヤと二人で話がしたいんだ」
一瞬だけ、オウカの表情が強張った。
「……かしこまりました」
それでもすぐに穏やかな笑みを浮かべ、王へ一礼する。そしてオウカは静かに部屋を出ていった。
不思議なことに、彼は去り際、私には一度も視線を向けなかった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。部屋には、私と王だけが残された。
(……何の話だろう)
不思議に思っていると、ギショウ王は両手を組み、少し上体を倒して私の瞳を覗きこんだ。
「なあ……。魔力を高める力ってのはどんなものなんだ? よかったら、俺に使ってみてくれないか?」
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