(5)ゴブリンの村を見つけたんだけど、どうしよう?
タイランには魔物が少ない。村長もそう言っていた。
それなのに、なぜ今ザックの目の前にはゴブリンの村が広がっているのか。
夢であって欲しいと目をつむってもう一度目を開くが、その光景は変わらなかった。現実を見るしかない。ザックはため息をつくと、黒い箱を取り出した。
「おい、相棒。ゴブリンの村があった。どうしたらいい?」
あれから季節は秋になっていた。家が完成したザックは自分用の畑も作り、つい最近最初の野菜の収穫も終えたところだった。自分で手をかけて作った野菜は美味いが、やはり肉が欲しくなる。今の時期なら鹿がいい。
何ヶ月も森の中を歩き回ったザックの頭には、獣たちの大体の居場所が入っていた。
だから油断したのだ。
大きな木をぐるりと回ったところで、ゴブリンと鉢合わせした。
どちらもこんなところで会うとは思っていなかった。
一瞬の間の後、ゴブリンは叫び声を上げて逃げ出した。
「え……」
そんなに怖かったのか。前のような殺気や威圧は出していないはずなのに。ちょっと落ち込みながら、ザックはゴブリンの後をつけることにした。
ゴブリンは一匹見たら三十匹いると思え。エビソニアの言葉である。ゴブリンを見たら村がないか確かめなければならない、という教えでもある。
そして最初の場面に戻る。
「おい相棒、ゴブリンの村があった。どうしたらいい?」
黒い箱はいつものように青く輝いた。
『ザックさん。ここであなたが全てのゴブリンを倒してしまえば、勇者であることがバレてしまいます。焦って勇者の力を解放してはいけません。
元勇者の経験を隠しながら、村の安全を守るための現実的な対処法を提案します。
まずは、近くの冒険者に救援を頼みましょう。彼らがゴブリンを倒してくれます。自分の手は汚さず、現役の冒険者たちに仕事を回してあげるのが大人のセカンドライフです。』
ザックは握りしめていた斧をそっと腰に戻した。いっそのこと自分が片付けてしまえばいいと思っていたのが、見抜かれている。
「冒険者がすぐに来られない可能性もあるぞ。」
『ゴブリンが村に近寄らないような環境を作りましょう。ゴブリンの弱点をつくのです。』
ゴブリンは火に弱い。村の壁沿いに、松明を灯しておくか。獣用の罠も仕掛ければ、簡単に引っかかるだろう。
「それでも村を襲ってきたら……?」
冒険者が間に合わないことだって考えられる。
『もし罠を突破され、村の中でザックさんがゴブリンと対峙してしまった場合は、以下の「偽装戦闘術」を使ってください。
「たまたま」を装う:斧を大振りしたら、驚いたゴブリンが自爆したように見せる。
道具を使う:目潰しの砂を撒く、肥溜めに突き落とす、松明の火を押し付けるなど、泥臭い「民間人の必死の抵抗」を演じる。
トドメは他人に譲る:瀕死にしたゴブリンを、村の猟師や若者に「今だ、刺せ!」と譲り、自分は「腰が抜けちまった」と地面に座り込む。
ザックさんが無双してしまえば、明日には「この村に伝説の勇者がいる」と噂が広まり、束の間の平穏が消え去ります。ここは多少経験のある元冒険者として、村人とともに戦いましょう。』
せっかく勇者をやめて、平穏な生活を手にいれたのだ。それをザックは手放す気にはならなかった。
「わかった。やってやろうじゃないか。」
ザックは村の入り口で深呼吸をした。これから大事な演技をしなければならないのだ。
「……よし!」
ザックは大慌てで走って、村長の家の扉をどんどんと叩いた。必死に聞こえる声で、ついでに叫んだ。
「た、大変だ!ゴブリンが襲ってくる!」
「どうした?ザック」
コーエン村長が家から出てくると、ザックは泣きそうな顔をしながら訴えた。
「ゴブリンが森にいました!あいつらは集団で襲ってくるんです!今すぐ逃げないと!」
「まあ、落ち着けよ。ザック。ゴブリンが出るのは珍しいが、あいつらは弱い。そんなに怖がらなくても大丈夫だ。」
ゴブリンが一匹迷い込んできたくらいに思っている。
「じゃあ、村長が倒してくれますか?」
ザックの言葉に、コーエンは顎をポリポリとかきながらうーんと唸る。
「失敗すると面倒だからなあ。冒険者を呼ぶか。」
ちょうど行商人が来ていたので、コーエンは冒険者ギルドに手紙を託した。
「冒険者が来る前に襲ってきたらどうします?」
「そんなこと言ったってなあ……。何かいい方法でもあるのか?」
ザックが大騒ぎしているのを聞きつけて、他の村人も集まってきた。
「エビソニアでは、夜に松明を灯したり、村の周りに落とし穴を掘ったり、村を塀で囲んだりしていました。この村ではやられてしまいます……」
怯えた目をしてザックが村を見回すと、そういうものなのか、と村人は納得したようだった。
「じゃあ、落とし穴を作ってみるか。そのくらいなら朝飯前だ。」
「森の方にだけ、木で塀を作るか?」
「松明か。脂があったかな……。」
それぞれに、できそうなことを探して、散らばっていった。ザックも薪をさらに小さく切って、鳴子を作った。
「なんだそりゃ。」
コーエンがザックの手元を見て尋ねてくる。
「鳴子と言って、これを糸にたくさん吊るしておくんです。で、糸を触ると……」
からんからん、とザックは音を出して見せる。
「これなら音がしたら、すぐに逃げることができます。」
ザックがキッパリと言うと、コーエンはなんとも言えない表情をした。
「……苦労してきたんだな。」
「ええまあ。」
野営地を守るために、使ってきたことは黙っているザックだった。
山へ入ることは禁止になった。夜になると松明に火をつけた。火をつけるのはザックが志願した。火をつけて回る間に、周りの気配を探る。今のところ、ゴブリンが近寄ってくる気配はない。
数日後、行商人が冒険者を三名連れてやってきた。三人とも若い。剣士に、魔法使いに、弓使いか。装備を見てザックは彼らの実力を確認した。ゴブリン程度なら大丈夫そうだ。
念のためザックは赤毛が目立たないよう、目深に帽子をかぶった。冒険者をしていた頃のザックの顔を知っていると困る。
「我々は、『夕闇の星』です。皆さん、ゴブリン程度、簡単に討伐できますから、安心してください。」
リーダー格の男が安心させるように大きな声で言うと、村長はほっとした顔をした。
「ゴブリンを見つけたのはどなたですか?」
「私です。」
ザックは手を挙げた。リーダーの男が、ザックを見る。
「では、ゴブリンを見た地点まで、案内してもらえますか?」
そう言われるとは思っていたが、ザックは首を振る。魔物が怖いのにここで快諾はできない。
「わ、私は魔物が怖いので……」
そういうと、リーダー格の男は、安心させるように笑ってみせた。
「大丈夫ですよ。私たちがついていますから。」
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