(26)えーあいは魔物をテイムできますか?
ザックとシルクは縦半分に割った巣から、蜂の子を取り出す作業を延々と行っていた。幼虫とサナギは全てシルクに渡し、研究所で使い方を考えてもらうことにした。山ほど蜂の子を抱えてシルクは嬉しそうに笑った。
「珍味らしいので、師匠が喜んで研究してくれると思います。」
「できるだけ研究所に籠っていてもらえるとありがたいね」
シルクの巣の持ち帰りは諦めた。ザックが運んでも良かったが、目覚めたアルマルドに付き合わされる危険がある。それはなんとしても避けたかった。
「蜜蝋は明日でいいか?」
「もちろんです。」
シルクが帰った後、ザックは巣に目をやった。サナギから還ったばかりのキラービーが何匹か残っている。ケムリで眠らせてはいるが、そろそろ起き出すだろう。その前に退治しなければ。
短剣を用意したところで、黒い箱が飛び出してきた。
『ザックさん。キラービーをテイムできるか試してみてもいいですか?』
魔物のテイマーは特殊な能力だ。ザックには残念ながらテイムする力はない。
「できる……のか?」
驚いてザックが尋ねると、黒い箱は青白い光を点滅させた。
『理論的には可能です。魔法陣の自動演算術式を使ってキラービーの脳波をハッキングすればできます。』
ハッキングとは何か。意味の分からない言葉だが、自分を味方だと思わせるということだろうか。それよりもだ。
「魔法陣……描けるのか?」
ザックは当然そんな魔法陣は知らないし、黒い箱には手の代わりになるものはない。
『失念していました。今の私には手がないので魔法陣が描けないのでした。しかし、魔法陣さえあれば、テイムできると思うのですが……』
黒い箱が筆を持てれば描けるのだろう。しかし、手がないのだから、身体に括り付けるより他の方法はない。
「体に筆をつけてみるか?」
ザックは麻紐と筆を持ってきて、黒い箱にくくりつけて見ることにした。が、つるつると滑って上手くいかない。
『まさかこの体が障害になるとは……。蜜蝋を使ってつけてみるというのはいかがでしょう』
「試してみる価値はあるか。」
ザックは巣蜜を少し切り取り、鍋であたためた。部屋中に甘い香りが満ちる。トロリと白い液体になったところで、スプーンですくって黒い箱に蜜蝋をつけた。
「熱くはないのか?」
『温度感知はできますが、痛点はありません。この身体は1000度まで耐えられます』
蜜蝋が柔らかいうちに筆を押し付けると、今度は固定することができた。
『紙を一枚用意してください』
ザックが机の上に紙を置くと、相棒はさらさらと魔法陣を書き上げた。
『キラービーを一匹紙の上に。』
刺されないように気をつけながらザックが紙の上にキラービーを置くと、魔法陣が光り始めた。同時に黒い箱も光り始める。十を数える程の間、魔法陣は光っていたが、やがて止まった。魔法陣の上で倒れていたキラービーが起き上がる。成功か?失敗か?ザックは攻撃に備えて身構えた。
『成功しました。このキラービーは私の従属になりました。』
「本当か?すごいな」
ザックが感嘆したように言うと、黒い箱は冷静に言った。
『試しに物を運ばせてみましょう』
ザックには聞こえなかったが、黒い箱はキラービーに命令を下したらしい。キラービーは床に横たわっているキラービーを持ち上げると、魔法陣の上まで運んだ。意外と力持ちだ。ザックを攻撃しようとする様子もなく、そのまま机の上に止まっている。
ザックは魔法陣の上に置かれたキラービーを見た。次の準備だろうか。
「まだテイムするのか?」
『いえ。あまり多いと村の人たちに警戒されてしまいます。それにしても上手く行きました。これで軽いものなら持ち運べそうです。山奥に放置してしまったキラービーも肥料にする目処がつきました。』
どうやら気にしていたらしい。これで相棒も自分の手足ができたということか。
「何をさせるつもりだ?」
『そうですね。とりあえず倒したキラービーの持ち帰りと、ほかの魔物への警戒をお願いするつもりです。』
「それができればありがたいな。他には何をさせる?キラービーに魔法陣も描いてもらうか?」
ザックは冗談のつもりだった。が、相棒は真剣に答えた。
『なるほど。針を使えばできるかもしれませんね。今後試してみたいと思います。』
数日後、ザックは小屋の裏から壺を取り出すと、畑へと向かった。
壺の中には、キラービーから作った肥料が詰まっていた。微かに紫色の光を帯びた細かな黒い粉末だ。これを耕したばかりの土に均等に撒き、軽く鍬で混ぜ合わせていく。
「おお……」
ザックは思わず声を上げた。
土が生き物のようにしっとりと柔らかくなり、豊かに湿り気を帯びていくのが目に見えて分かった。
「……すごいな。土の匂いがガラッと変わった」
ポケットに入っていた相棒の声が頭に響く。
『魔甲虫とキラービーの魔術外殻に含まれる魔力が、土中の微生物を爆発的に活性化させています。これなら今年栽培するカブやキャベツ、豆は、通常の倍以上の大きさと甘みを持つことになるでしょう』
「倍か……。楽しみだな」
青々と育った野菜達を思い浮かべ、ザックは口元がほころぶのを止められなかった。
コンテスト応募用の作品に集中するため、年内は週末連載に変更させていただきます。
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