(26)蜂蜜酒はどうやって作ったらいいですか
ザックが目を覚ました頃には、すでに日は中天を過ぎていた。硬いパンで遅めの昼食を済まそうと思ったが、ふと、家の中にある蜂の巣を思い出した。
短剣で切った部分からのぞいている巣蜜をザックは切り出し、パンに載せる。暖炉の近くに置いておくと、少しずつ巣蜜が端からとろけてくる。その様子をザックはのんびり見守った。
巣蜜の形がなくなった頃、ザックはパンを口に運ぶ。ジュワッとパンの味と共に、蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がった。ザックは味わうようにゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。一口だけでこの満足感。ザックはふうっとため息をついた。
このまま最後までゆっくりと味わいたい。そう願ったザックの想いはあっという間に打ち砕かれた。
「ザック!蜂蜜酒を作るぞ!」
あんな大きな声で言ったら、村中の人に知られてしまう。ザックは残りのパンを大急ぎで口に入れると、扉を開けた。いたのはやっぱりアルマルドだ。
アルマルドはザックの口元についていた蜂蜜を目ざとく見つけると、むうっと口を尖らせた。
「さては先に食べたな?わしも食べたかったのに!よこせよこせ!」
そう言ってこどものように駄々をこねるので、仕方なくザックは巣蜜を少しだけ切って、口の中に入れてやった。その途端おとなしくなったので、ザックは、蜂蜜の入った壺を抱えてきた。
「これを持っていけばいいですか?」
アルマルドは幸せそうな顔をしながら頷いて工場の方を指し示した。今は口をききたくないのだろう。
ザックが壺を抱えて歩いていると、次々と声がかかる。
「ザックさん、蜂蜜ですか?後で少し分けてくださいよ。」
「こんなにたくさん、どこで採ってきたんです?」
「さっきアルマルドが『蜂蜜酒』って騒いでたが、これから作るのか?」
どの質問にも答えず、ザックは黙ったまま工場へと向かった。喋るのは後で全部アルマルドにやってもらうのだ。
まだ口のきけないアルマルドが指し示したのは、工場の入り口ではなく、その横に建てられている小さな建物の扉だった。中を覗いてみると、錬金術の工房かと思うほど、ガラスの工具や大きな蒸留施設が置かれていた。相棒が見たら喜びそうだと思ったが、ポケットの中の相棒を今出すわけにはいかなかった。
「ザックさん!すみません。師匠が無理を言いまして……」
ザックの姿を見て駆け寄ってきたのはシルクだ。さらに深く頭を下げようとするので、ザックはとめた。
「シルクが悪いわけじゃないだろう。まあ、迷惑をかけられてないとは言えないが。」
色々と含んだ言い方をすると、アルマルドが後ろから背中を叩いてきた。未練がましくまだ口をもぐもぐと動かしている。
「本当にすみません。こうなったら私も最終手段を考えないと……」
シルクが真剣な顔でぼそっと呟いた。最終手段とはなんだろう?と思ったがそこは聞かないことにした。
「ふわあ。美味かった。この味なら蜂蜜酒も上物ができるだろうて。」
アルマルドがやっと巣蜜を食べ終わったらしい。最後に唇をベロベロと舐めている。
「ところでどうやって作るんだ?」
ザックが聞くと、アルマルドが驚いた顔をした。
「作り方を読んだのではなかったのか?」
「ザックさんは研究家じゃないんですよ。読んだからって作れるようになるわけじゃないんです」
シルクがフォローをしてくれたので、ザックはホッと胸を撫で下ろした。後で巣蜜をシルクにも分けてあげよう。シルクの答えに納得したのか、アルマルドはガラス瓶を持ち上げた。
「煮沸済みの瓶じゃ。これに蜂蜜水を作り、レーズンを入れる。シルク。酵母の準備はできておるか?」
「はい。こちらに。」
シルクが水に溶かした白っぽい液体を見せると、アルマルドは満足そうに頷いた。
「これも入れてガラス瓶に布を被せ、しばらく置く。今日できるのはここまでじゃ。」
「……思ったより簡単なんだな」
もっと大変なことがあるのかと思っていた。ザックがそう呟くと、アルマルドは足を踏み鳴らして怒った。
「ここまでが!大変なんじゃ!良い酵母を揃え、使う瓶を煮沸し、レーズンを用意する!」
「準備したのは全部私ですけどね。」
シルクが後ろでぼそっと呟いた。シルクにあげる巣蜜を二倍の量に増やそうとザックは思った。
「とりあえず十個ほど瓶は用意しました。失敗する可能性もありますからね。」
「分かった。では早速始めようか。」
ザックはシルクに言われるがまま、蜂蜜を瓶に入れ、レーズンを投下し、酵母液を入れて混ぜ合わせた。瓶に異物が入らないよう、布を被せて縛っておく。これで完成だ。
アルマルドが静かなので何をしているのかと見てみたら、座って居眠りをしていた。
「朝も興奮してほとんど寝ていなかったみたいなので」
済まなそうにシルクが言った。
ガラス瓶十個に入れたが、まだ蜂蜜は半分以上残っていた。
「じゃあ、残りの蜂蜜は他のことに使っていいのか?」
「いえ!途中で足していきます。こちらに移してもらってもいいですか?」
シルクが小さめの壺を持ってきたので、そちらの壺がいっぱいになるまで移し替える。蜂蜜は半分より少なくなった。
「アルマルドと半分ずつ、と言う話になっているんだが。」
「とりあえずザックさん持ち帰ってください。寝ている師匠が悪いんです。そういえば、巣もあるんですよね?」
シルクが頬を紅潮させながら言う。シルクとしてはそっちの方が使いたいか。
「ああ。丸ごと持ってきたから、半分はシルクたちが使うといい。取りに来るか?」
「ぜひ!」
犬だったら尻尾を大きく振っているのが見えそうな笑みで、シルクは頷いた。
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