(25)アルマルドから逃げる方法はありますか
アルマルドはザックの視線など気にせず、大きな壺をどんと置く。ザックが用意しておいた壺だ。焚き火の所に置いてきたのを持ってきたらしい。
「ほれ、急がんと横から蜂蜜が垂れてしまうぞ、もったいない」
悔しいが、言ってることに間違いはない。ザックは蜂の巣をゆっくりと傾け、壺の方に切り口を向けた。切り口からは豊潤な匂いのする黄金の液体がねっとりと流れ出てきた。匂いだけですでに美味しい。その間にアルマルドは地面に落ちたキラービーの毒針を回収し始めた。
「どうしてここが分かったんです?」
「シルクのところに魔物素材の廃材を貰いに来た時から、何かあると思って見張っておったんじゃよ。まさかキラービーの巣を見つけておったとは。やはりお主といると魔物素材に事欠かん!」
村から出るところから尾行されていたのか。ザックはゲンナリとした。縮地の術をどう警戒すればいいのか真剣に考えなければならない。いっそのこと、この山奥で始末してしまった方が後々困らないんじゃないだろうか。
そう考えたザックの殺気を感じたのか、アルマルドはキラービーの毒針をピッと掲げて言った。
「わしの名前で魔物素材も道具も出しておるから、今はお主の名前が外に出ないが、わしが居なくなったらどうなるかのう?」
ザックは降参するしかなかった。
巣から出てくる蜂蜜が少なくなってきたのを見計らって、ザックは巣を元通りに持ち直した。残りは村で作業すれば良い。壺にがたっぷりと黄金の液体が詰まっていた。巣と壺の両方は持てないので、アルマルドを使うことにした。
「この壺を持ってついてこれますか?」
ザックの提案にアルマルドは頷いた。
「ちょちょいのちょいじゃな」
火の始末をすると、ザックはキラービーの巣を抱えたまま山をおり始めた。アルマルドは持つというより、壺に手を触れた状態でついてきた。ザックが見えなくなるほど遠くなった時に、近くまで飛んでくる。常人の二倍の速さの歩き方でもついてこられてしまう縮地の術というのは便利であり、厄介である。
一旦離れたところで、ザックは相棒に聞いてみることにした。
「なあ、相棒。縮地の術で飛んで来た相手を察知する方法はあるか?」
頭の中に声が響いた。
『まさかアルマルドが付いてくるとは思ってもいませんでした。彼はあなたといると魔物素材が手に入ると確信し、ストーカー化しています。』
「ストーカー」
また聞きなれない言葉だ。ついてくるもの、という意味だろうか。
『残念ながら縮地の術を察知するのは不可能です。あなたが気配を完全に断ち、村を素早く出ることができれば可能ですが、それを始めた途端、アルマルドはあなたの特異性について村で話し始めるでしょう。非常に厄介な相手です。ここはいっそのこと、魔物素材を差し上げて、工場での研究作業に没頭していただくのが一番かと思われます。』
確かに、冬の間アルマルドはあまりザックの目の前に現れなかった。ザックが家から出なかったということもあるが、エンリヒたちの持ってきた魔物素材の研究をしていたのかもしれない。
何度目かの縮地を使って近くにきたアルマルドにザックは尋ねてみることにした。
「そう言えば、冬の間はほとんどお見かけしませんでしたが、何をなさっていたのです?」
「素材の研究じゃ!こんなに色々な魔物素材が回収できるなら、工場も手袋だけに限定しては勿体無いということになっての。研究所も併設して建設しておる。そっちはわしじゃないと指示が出せんからのう。」
「なるほど。キラービーの毒針は何に使うんです?」
「毒としても解毒薬としても使えそうだの。まずはここから毒薬を抽出せねばならんな……」
やはり、研究所に籠らせるのが一番か。ぶつぶつと自分の思考に入り込んでいるアルマルドを横目に見ながらザックは考えた。シルクに少し困っていると伝えれば、見張りも立ててくれるかもしれない。
『気前よく、素材は半分渡してしまいましょう。これであなたの安全が買えるのであれば、安いものです』
村が近づいてくると、アルマルドは言った。
「さすがにこの巣を持って村に入れば騒がれるだろうのう。お主、魔物が怖いんじゃろ?」
痛いところをついてくる。村のみんなはザックが魔物を恐れていると思っているのだ。それなのにキラービーの巣を持ち帰っては確かに本末転倒だ。寝静まっている今ならバレないだろうと思っていたが、売ろうとすれば確実にバレてしまう。
解決策も思いつかずにザックがむっつりと押し黙っていると、アルマルドが楽しそうに言った。
「お主が巣を見つけて、わしにキラービーの退治を依頼したことにするかの。それなら巣をお主が持っておっても問題はないからの。その代わり、素材は半分わしのものじゃ。」
「……わかりました。朝になったら研究所に素材を運びますよ。」
そのつもりではあったが、嫌そうに答えておく。
「頼むぞ。さっさと寝て、明日の午後から、蜂蜜酒作りじゃ。」
アルマルドは上機嫌で帰っていった。
『蜂蜜酒はアルマルドと作ってもいいかもしれませんね。おそらく道具が揃っています。天上の味……どんな味でしょうか。私にはわかりませんが。』
そういえばシルクも工場の中の施設を入れ始めると言っていた。
ふと、ザックは足を止めた。大事なことに気づいたのだ。
「なあ、キラービーを粉砕したら肥料になったんじゃないのか?」
『そうですね。良い肥料になったと思います。明日取りに行きますか?』
ザックは山を見た。そろそろ日が昇るのか、白々と下の方が明るくなって来ている。勇者の時も徹夜は多かったが、最近体に響くようになってきていた。ザックは大きくあくびをした。
「今日は寝る。午後になればアルマルドが起こしに来るだろうしな。」
『ご老人は朝が早いですからね。』
ザックは家に帰ると、泥のように眠りについた。春の日差しが、村を暖かく照らし始めていた。
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