(19)魔物素材についての本を貰ったんだが
この冬初めての雪が、この村でも降り始めた。ザックは布団の中から、窓の外の景色を眺めていた。
エビソニアの雪は、土を凍らせ、家が半分埋まってしまうほど多かった。討伐が早く終わっても、春まで戻れなくなるのは大体雪のせいだった。
それと比べたら、この程度の雪は大したことはない。それでも山道は凍っている危険がある。今日は一日部屋の中でのんびり過ごそう。ザックはそう決意していた。
ジャカバードの羽毛を増やした布団は、暖かさが増している。お腹が空いたら起きて、温かいスープでも作るか。そう思いながらザックがまどろんでいる時だった。
「すみません、ザックさん。シルクです。」
扉を遠慮がちに叩く音がした。何もこんな時に来なくてもいいだろうに。ザックは半分以上本気で寝たふりをして誤魔化そうと思った。
「寝てるんかのう?わしが中の様子を見てこようか。」
「師匠。人の家に勝手に入ってはいけないんですよ。」
ザックはギョッと目を見開いた。アルマルドも一緒なのか。あの老人なら魔法で扉など気にせず入ってくるに違いない。仕方なくザックは暖かな布団から出て、ノロノロと扉へと向かった。
「今日は一日寝ているつもりだったんだが。」
多少言葉に冷たさが出てしまうのは仕方がない。ザックもわざわざ隠して礼儀正しくしようという気分にはならなかった。
「申し訳ありません。この前のジャカバードの報酬をお届けしたかったものですから。エンリヒたちにはもう渡してあります。」
シルクが重そうな袋を差し出す。ザックが持ってもずしりと重い。中を見ると、銅貨ではなく銀貨が入っていた。しかも大量に。
「お、おい。これはもらいすぎじゃないのか?」
ザックがうろたえて袋を返そうとするとシルクがそれを押し留めた。
「合ってます。大丈夫です。それでも手袋を作れば利益が出ます。何度も計算しました。最初から値段を下げてしまうと、後で上げづらくなります。それで受け取ってください。」
「工場を建てる金だって必要だろう?」
「それは領主様から支援を受けているから大丈夫です。アルマルド師匠は、これでもこの国の有名人ですから。」
「そう。わし、有名人なの。」
アルマルドがちょっと胸を張っていった。そして、手に持っていた本を差し出してきた。
「お主にはこの前、ジャカバードの布団について教えてもらったからの。これをやる。わしが書いた魔物素材の本じゃ。」
ザックは本を受け取ると、ぱらりと中を見た。端から端までびっしりと文字だけが並んでいる。見ているだけでザックは頭が痛くなった。エビソニアの魔物報告書だって絵くらいついていた。
「文字しかないのか。」
ザックの一言に、アルマルドは足を踏み鳴らして怒った。
「当たり前じゃ!わしの大事な話が隅から隅まで書いてあるのじゃ!文句を言う奴など今までおらんかったぞ。」
「エビソニアには、写真という姿をそのまま写しとる機械があったし、本には魔物の絵もあった。」
そういうと、アルマルドはさらに顔を赤くして怒る。
「わしに魔物のところに行って取ってこいと言うのか!」
どうやら生きている魔物には遭遇していないらしい。しばらくザックを睨みながら肩で息をしていたアルマルドは踵を返した。
「師匠?」
「ちょっとエビソニアに連絡して、写真を撮る機械とやらを手に入れてくる。」
「エビソニアに知り合いがいるのか?」
ザックの問いに、アルマルドは振り返ってニヤリと笑った。
「エビソニアにもわしを慕ってくれる奴はおっての。魔物素材はそいつから手に入れておる。ふふん、待っておれよ」
足音高く帰っていくアルマルドを慌てて追いかけるシルクを見送ると、ザックは家に戻った。机の上に本を置く。
「なあ、相棒。こんな本をもらったんだが。」
黒い箱は本の周りを飛び回った。
『アルマルド著 魔物の活動と魔物素材の活用方法についてですね。非常に興味深い内容です。ぜひ私も読んでみたいです。』
ザックは黒い箱から腕が伸びてきて、本を読む様子を想像して、ぶるりとした。ちょっと怖い。
「どうやって読むつもりなんだ?」
『私にはページをめくる機能はありません。ザックさんがよろしければ、ページをめくっていただきたいのです。』
「お安いご用だ。ただ、スープを作る間だけ待っていてもらえるか?」
『もちろんです。この前のジャカバードの肉もまだ残っていますからね。倉庫にジャガイモと玉ねぎもありますよ。キノコを入れても美味しそうです。』
相棒はいつの間にか、倉庫の中も確認していたらしい。ザックの家の暖炉には、上部に鍋が置けるように金網がついていた。ザックは鍋を置くと、鍋にジャカバードの肉、倉庫から取ってきたジャガイモと玉ねぎ、キノコを入れた。肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきたところで、水を入れた。ジャカバードの骨も入れる。骨を入れると美味くなると相棒が教えてくれたのだ。あとは煮えるのを待つだけだ。
ザックは机に戻った。黒い箱が宙に飛び上がる。そわそわしているように見えるのは気のせいか。
『では早速本の中身を見せてください』
「ああ。めくって欲しい時には何か言ってくれ。」
『わかりました。』
ザックは表紙をめくった。
『次』
「え?もういいのか?」
一瞬だった。
『本の内容を情報として取り込むのに時間はかかりません。次をお願いします。』
「あ、ああ。」
相棒の『次』という合図でザックは次々ページをめくった。
全てのページを見終わっても、まだスープは沸騰すらしていない。
『ありがとうございました。これから内容を私の持っている情報と合わせて分析します。しばらく話しかけないでください』
黒い箱は机の上に降りると、時折チカチカと青い光を出しながら、喋らなくなった。
ザックは外を見た。雪はまだ曇天の空からチラチラと降っていた。することもなくぼんやりとザックはその風景を見ていた。
何もしない時間。これが、山奥でのセカンドライフなのだ。素晴らしい。
『ザックさん。分析が完了しました。その結果、この近辺の山中にDランクまでの魔物が増えることが予想されました。』
「……なんだって?」
優雅なセカンドライフは一瞬で終わってしまった。
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