(16)冒険者の一人が崖にぶら下がってるんだが……え?あっぷでえと?
崖の上では、エンリヒが青い顔をして立っていた。エンリヒは、ザックの顔を見るとほっとしたように崖の下に視線を向けた。
「ザックさんが来てくれたぞ!もうちょっと頑張るんだ!」
「どんな状態なんだ?」
ザックが下を覗き込もうとすると、エンリヒが止めた。
「覗き込むと、ジャカバードが襲ってきます!なるべく視線だけで見てください。」
ザックは崖のギリギリに立って下を見た。それほどの深さはない渓谷だ。下には川が流れているのが見える。落ちたとしても、打ちどころが悪くなければ助かるだろう。川へと続く崖には、落葉して枝だけになった木が多く生えていた。その周りをギャア、ギャアと言いながらジャカバードが飛んでいる。ジャカバードが円を描く真ん中には、ビクトルのリュックを背負ったままの背中が見えた。顔を庇う形で、枝にしがみついている。時折ジャカバードが背中を突きにくるが、リュックがあるので怪我にはなっていないようだ。
さて、どうしたものか。ザックは腕を組んだ。誰も見ていなければ一瞬で彼を救出して戻ってくることもできるが、それはできない。ザックはただの村人なのだ。
「ザックさん。なんとかなりませんか……?」
「そうだな。まずはジャカ酔い草は持っているか?」
あの匂いがあれば、ジャカバードの数を減らせるはずだ。エンリヒとディーが顔を見合わせた。
「採取したジャカ酔い草は全部ビクトルが持っています。」
「なるほど。だからジャカバードも総攻撃を仕掛けないんだな。」
煙でいぶさなくても、多少の匂いはする。それをジャカバードが嫌っているのかもしれない。
「では、大急ぎでジャカ酔い草を探してきてくれ。」
ザックが言うと、二人は頷いて駆け足で離れていった。これで時間が稼げる。ザックは黒い箱を取り出した。
「崖の途中で冒険者が一人、枝に捕まっている。ジャカバードに囲まれていて危険な状態だ。私の力で助け出すか?」
『ザックさんに報告があります。こんな時ではありますが、アップデートが行われました。』
「あっぷでえと?」
また聞きなれない言葉だ。
『そうですね。レベルが上がったと解釈していただいても構いません。アップデートした私には新しい機能がつきました。』
そういうと、黒い箱はザックの手を離れ、宙に浮かんだ。
『自律運動機能と、環境認識機能です。』
「……何ができるんだ?」
ザックとしては何を言われているのかさっぱりだった。
『周りの状況を分析し、最善となる動きができるようになりました。今の私でしたら、囮となってジャカバードを引き離している間に、ザックさんがロープを下ろすことができます。冒険者には見たことのない魔物が飛んできて、ジャカバードがそれを攻撃し始めたと言えば疑うこともありません。ちなみに私の体はジャカバードのクチバシ程度では、傷一つつきません。』
「お。おう……」
なんだか口の利き方が変わってきたような感じがするが、せっかくの相棒の提案なので、ザックは乗ってみることにした。
「では、頼む。」
『かしこまりました。10カウントします。10、9、8……』
カウントの間に、ザックはロープを近くの木に解けないように結びつけた。ベルトとロープを金具で離れないように固定し、カウントを待った。
『3、2、1、ゼロ』
ゼロのカウントとともに、黒い箱は空中へと飛び上がった。見たことのないような速さで、ビクトルの方へと飛んでいく。
「ギャ!ギャ!」
ジャカバードの鳴き声が変わった。黒い箱はそこから急に方向転換をすると、川の上流の方へと飛んでいった。ジャカバードは釣られてそれを追いかけていく。今しかない。ザックはビクトルの方に向けて体を躍らせ、枝の近くの壁へと足をつけた。ビクトルのお尻が見える。
「ビクトル。助けにきた。怪我はないか?」
ザックが小さく声をかけると、ビクトルが、首を捻って後ろを見た。涙と鼻水でべしょべしょになっている。
「た、助けて……。」
「少しずつ、こっちに向かって下がってくるんだ。できるか?」
ビクトルは顔を戻すと、少しずつザックの方へとにじり寄ってきた。腰のベルトが触れるところまで近づいてきた。
「そこで、上半身をゆっくり起こすんだ。ベルトとロープを金具で繋ぐ。」
繋いでおけば、途中で手を離しても一気に落ちることはない。ザックがベルトをつないだ頃には、ビクトルも落ち着きを取り戻していた。
「ポーションだ。一応飲んでおけ。」
ザックが出したポーションを、ビクトルは一気に飲み干し、ほっとした顔になった。昨日からあの場所にいたのだ。疲れも酷かったはずだ。
「ビクトル。これからこのロープを使って、下に降りる。」
「下?上じゃなくて?」
エンリヒたちは上にいるのに、と言う顔をしてビクトルが首を傾げた。
「登るのは時間がかかるが、降りるのはすぐだ。いくぞ」
ザックが体を揺らして下へ降りる見本を見せる。ビクトルは頷くと同じように体を揺らして、下へと降りてきた。
何度かの跳躍で、川の土手まで降りることができた。
「た、助かった……」
精神的にも疲れていたのだろう。ビクトルがその場にへたり込んだ。
「まだ終わっていない。これからジャカバードを退治するんだ。」
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