2章 魔法 8-仰
どさりとデイジーをベッドへ落とすと、
自分も数日ぶりの柔らかい布団の感覚に包まれ、心地よく沈んでいった。
チチチ チチチ
耳慣れない音に目を覚ます。
昨晩閉め忘れ、冷気の入ってくる窓に小鳥が止まっていた。
体を起こすとそれに驚いたように小鳥は飛んでいく。
「んう…ふあぁ」
久々に熟睡できた気がする。
野営をしている時とは違い、起きた瞬間の体の重さが違った。
顔を洗い、髪をとかし、服を着替える。
デイジーはまだ寝ていた。
「えっと…今日は買い出しでいいのかな?それとも街を見て回る?うーん…」
自分では判断がつかず、デイジーに話を聞こうと体を揺らしてみる。
「ぅう…うぇっ…んー…」
近づくと、随分と酒臭いことに気づいた。
「これは二日酔いってやつか…お水要りますか?」
「おね…がい…」
水をデイジーに渡すと、何とか顔だけを持ち上げゴクゴクと飲めるだけ飲み、またばったりと倒れた。
(これはダメそうね…今日は1人で街を見てこよう)
デイジーをひとり宿に残し、私は街を見て回ることにした。
とは言え、見当もつかないため、宿屋の店主に聞いてみる。
「この街の観光地はどこになるでしょうか?」
「あー…どうだろうねぇ。
北の遺跡は一応観光地ということになっているが、鉱山跡地と言うだけだから、旅人さんには面白いかどうか…そこまで行かなくとも、今いるこの辺りは鍛冶屋の中心に当たるから、鍛冶屋を見て回るだけでも面白いかもね。これだけ鍛治家の揃っている街も珍しいから。」
「なるほど…そうしましたら、ナイフを見てもらえる場所があると嬉しいのですが、おすすめを、教えていただけますか?」
そう言って父の形見のナイフを取り出した。
拾ったものの、自分では正しいメンテナンスの仕方がわからずにいたのだ。
「ほう、こりゃまた随分と繊細な彫刻だね。高いだろう。」
「値段はちょっと…父の形見なんです」
「なるほどねぇ。こう言う繊細な作業ならここかな。マシュー工房。」
地図を取り出し、場所を教えてくれた。
比較的近くて、昨日の酒場の方面でもあり、なんとなく理解できた。
「ありがとうございます。行ってみます。」
外に出ると、長い筒のようなものをつなぎ合わせた蛇のような道具で道に水を撒いている女性達がいた。
「おはようございます。すみません、これは何をしているのですか?」
思い切って声をかけてみる。
「あらおはよう。旅の方かしら?これはね、道に水を撒いて汚れを溝に流しているのよ。この辺りは煤や灰なんかのゴミがよく出るから、こうやってこまめに流してやらないと、雨の時に詰まって排水が追いつかなくなるんだ。道も清潔になるんで、みんなで決められた時間にやっているんだよ」
「この道具はそのための?」
「あぁそうさ。昔は桶で撒いていたのだが、これだととても楽に撒けるのさ」
とても感心した。
文化が違えば、生活習慣も、そのための道具も変わる。
旅はこういった知らないものを知る楽しみこそ醍醐味なのかもしれない。
濡れた道を歩き進めると、昨晩居た酒屋の前を通り過ぎ右へ曲がる。
しかしどこも似たような景色。同じような家と、同じような工房。あちこちで炉に火が入り、ゴウゴウと音をたてている。
教えられたマシューの文字を探しキョロキョロと首を振っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おいいつまで寝てるんだよ〜…まいったなあ。」
「無理だよこれは。ほらお父ちゃん水飲んで。昨日どんだけ飲んだの。」
工場の端で、ニケルが困り顔で親父さんを見ていた。
親父さんは机に突っ伏したまま動かない様子で、隣で7歳前後に見える女の子が水を持って心配そうに様子を伺っている。
「こんにちは。」
「ん?ああっ昨日の!テイラさん!」
声をかけるとニケルはこちらを見て屈託のない笑顔を見せてきた。
「あれ、今日はお一人ですか?」
「ふふ、うちも同じ感じで寝込んでいます。」
チラリと下に視線を送る。全く姿勢の変わる様子がない親父さんは、部屋を出る前のデイジーと同じ表情でぐったりとしていた。
「あはは、そうでしたか。」
ニケルが笑っていると、不思議そうな表情で少女が尋ねる。
「お兄ちゃん、どなた?」
「ああ、昨日酒場で一緒になった方なんだ。旅をしているんだって。」
「そうなんだ!お姉さんとっても綺麗ね!」
「! ありがとう。あなたもとても素敵なレディーね。」
突然の真っ直ぐな賛辞に少し照れくさく頭をかきながら、ぎこちなく返す。
「実は今マシュー工房というところを探していて…あ。」
言いながらニケルの胸元にあるネームプレートにマシューの文字を見つける。
「ああ、ここがマシュー工房だよ。ニケル・マシューって名前なんだ。」
「そうだったのですね!宿の主人がとても腕のいい工房だと紹介してくださって。」
「それは嬉しいな。じゃあ尚更恥ずかしいところを見せてしまったね。親父が今日はダメそうで…僕にできる内容だといいのだけど、どうしたんですか?」
私は腰のナイフを鞘ごと外してニケルに渡した。
「父の形見を森で拾いまして。旅の共にしたいのですが、自分では研ぎ直しやメンテナンスの仕方がわからないため一度見ていただきたくて。」
「それなら僕でもできそうだ。少し見せて。彫刻が繊細だね。大切にされていたのがわかるよ。」
ニケルはしばらくナイフを凝視した後
「うん大丈夫。祭りの前にここに寄れるかい?それまでにやっておくよ。」
「助かりまっ きゃっ」
話途中で軽い突風が土埃を上げ髪を攫っていった。
咄嗟に顔を覆った手が耳に引っかかり、まだ生傷に刺していたピアスを引っ掻き落として激痛に悶える。
「だ、大丈夫?あっ血が…手当するのでこちらに座ってください。ミリア、水と清潔なタオルを持ってきて。」
「うんわかった!」
ミリアと呼ばれた妹は、店の奥へバタバタと走って消えた。
ニケルはピアスを拾った後、引き出しをいくつか開け何かを探している。
「お兄ちゃん持ってきたよ!」
「よくやった。テイラさんの血を優しく拭き取って差し上げて。」
両手に大きな箱を抱えて中身を探し始めたニケルに代わり、妹のミリアは慣れた手つきでタオルに水を含ませ「失礼しますね」と小さく断りを入れてから丁寧に拭き取ってくれた。
「ありがとう。ごめんなさい。」
「いいえ。お父ちゃんもお兄ちゃんもよく怪我をしますから慣れています。」
えっへんと腰に手を当てて見せるミリアを微笑ましく思いながら、
頭痛までしてきた痛みを隠し、年長らしくいようと毅然と振る舞ってみる。
「うふふ、とても頼もしい看板娘ね。本当にありがとう。助かったわ。」
するとニケルが「あった!」と言って何かを拭きながら持ってきた。
それは小さな棒状の金属だった。
「これは仮止め用のピアスです。テイラさんの付けていたこちらのピアスですが、どこかで強い力が加わりましたか?歪んでいるみたいで…」
指摘され慌てて羽のピアスを受け取ると、硬い金属にもかかわらず曲がり、あったはずの宝石が外れていた。
「うそ…どうしよう…」
「よろしければ、こちらも直しますよ。僕は細かい作業が得意ですから。」
「本当ですか!お、お願いします!大切なものなんです!」
思わず詰め寄り懇願すると、ニケルは少し視線を外しながら答える。
「はい。大切なもの、お預かりしますね。」
私はズキズキと痛む傷を感じながら、深く頭を下げた。




