2章 魔法 7-酒場
しっとりと濡れた髪でデイジーは扉から出てきた。
「はぁぁあ〜結局浴びると気持ち良いのよねぇ〜スッキリした〜こりゃお酒うまいぞー」
「それはよかったです。流石に私もお腹が空きました。」
「おっ良いわねぇ空腹は最高のスパイスよ。どんなのがあるかしらね〜」
鼻歌まじりに髪を整えるデイジーを見て、なんだか私もワクワクしてきた。
確かに、新しい街で新しいものに出会うのは楽しい気持ちもある。
凹んでいても楽しんでいても街は変わらないのだ。ならばせっかくのこの時を楽しもう。
デイジーと私は酒場の扉を開いた。
「いらっしゃいませー!」
元気のいい声が店内に響く。
と、同時に驚いた。目の前で大きな女性店員が、これまた大きなグラスをこれでもかと積み上げ、ひょいと持ち上げると何事もないかの様に歩いて行く。
と思えば今度は奥から大きな大きな皿に、豪快に盛り付けられた肉の山を軽々と持って出てきた。
それは私達がついた席の隣の卓にドンと置かれる。
「きたきたぁ!っしゃあ!いただきます!」
威勢良くそれにかぶり付いたのは、ずんぐりとした髭を生やした大男だった。
「親父、ソースを溢すなって!もー…」
大男を親父と呼ぶ青年もまた大柄で、対比で幾分かは細身に見えるが充分に育てられた筋肉を持っていた。
「うるせえこうやって食うのが1番美味えだろうが!お前も熱いうちに食えよ!」
「はいはい。汚したらまた母さんに怒られるからね」
そう言って青年はナイフとフォークで肉を切り分け口へ運んだ。
「いいわねぇあれ!私もあれがいいわ!店員さーん!」
ウキウキでデイジーが肉の山と酒を注文をすると、親父と呼ばれた大男がこちらを見て言う。
「おっ姉ちゃんわかってるねぇ!見ねえ顔だな?祭りを見にきたのかい?」
「旅の途中でちょっとね。他にもおすすめあったら教えて欲しいわ!常連さん〜?」
“祭りを見るか“の話題を意図的に避けたのがわかった。
祭りは参加しないでおこうと歩きながら話していたのだ。
人が集まればまたいつ暴動が起きるかわからないし、私たちの噂もいつまでここに来ないか…。
あまり長居しないのが得策だと考えたのだ。
「酒はこれと〜こっちも癖はあるがうめぇ。ここは鍛治の街だからな。ガッツリした飯は大概うめぇよ!とりあえずはさっきの肉と、あとはこの蒸し飯だな!」
「ありがとー!」
先にお酒が運ばれてくると、デイジーはそれを受け取りすぐにその親父さんの元へ行き
「かんぱ〜い!」
と元気にグラスをあおった。
そこから猛烈にお喋りで盛り上がっていく。
気づけば店員も同じ机に料理を並べているし、私もおずおずと合流した。
勢いに呆気に取られていると、青年がそっと話しかけてくれた。
「すみません親父が絡んでしまって。」
「いえどちらかというと、こちらの方が強く絡んでる気もしますし。」
「あっはっは 確かに、威勢のいいお姉さんですね。」
「そうですね。私も出会ってそんなに経っていないのですが、私が初めてみた時もこんな感じでした。きっとずっと前からこうなんでしょうね。」
「それは楽しそうだ。お二人は旅を?」
「はい。今は。少し事情があって家にいられなくなりまして、出会ったばかりのデイジーさんに甘えて旅を教えて貰うことになりました。でも、こうしていると旅をする選択は悪くなかったなと思えます。」
「それはよかった。では、この先楽しい旅ができますように。乾杯。申し遅れました。僕はニケルと言います。」
そっと傾けてきたグラスに、私もコツンと当てて「テイラと言います」
と良いジュースを一口飲んだ。
私もこの場に合わせるように話を振ってみる。
「この街は身体の大きな方が多いですね?力仕事をなさっているのですか?」
「ええ。うちの街は鍛治仕事をする人が多くて、例に漏れず僕の家も昔から鍛治一筋なんです。今でこそ何とかやっていますが、僕は体力が多い方ではないので大変でした。」
そう言う青年の手は傷だらけだった。
「大変なご苦労だったのですね。お父様はこんなに立派になられたのですからお幸せな事でしょう。」
ニコッと笑いかけてから気づく。貴族相手の商売の時の話し方になっていた。
「あ…えっと…そうだと嬉しいです。テイラさんはその…ご身分がそれなりの…?」
「いいいいえ、家業がお貴族様と話す機会のあるものだったのでつい!癖が染み付いていまして。」
そう言って顔の前で振った両手は、薬剤や水仕事で荒れ切ったとても身分が高いとは言えない手だった。
それを見てか、少し肩の力を緩めて青年が言う。
「そうでしたか。テイラさんもご苦労なされてきたのですね。そうだ。よければこの軟膏をどうぞ。鍛治はケガがつきものですから、この街の軟膏は良いものが多いんですよ。僕のおすすめです。たくさんあるのでどうぞ」
そう言って渡してくれたのは、見事な模様が彫られた金属のケースに入った軟膏だった。
「ありがとうございます。とっても綺麗…」
素直に嬉しい贈り物に喜ぶ。
他にもたわいのない話を延々とし、気づけばすっかり夜もふけていた。
何だか静かだと思い振り向くと、デイジーと親父さんが肩を組んで机に突っ伏し寝ている。
「「えーーーー…」」
青年とテイラは同じ声のトーンで肩を落とした。
「っっしょっ」
デイジーを肩に担ぎ店を出る。
ニケルも親父さんを肩に担いでいる。
顔をあげてお礼を言う。
「ありがとうございました。おやすみなさい。」
青年も同じようにこちらを見て言う。
「こちらこそありがとうございました。楽しかったです。女性をお見送りできなくてすみません。」
「いえ、すぐそこの宿ですから。そちらもお気をつけて。」
そう言ってデイジーを半分引きずりながら宿へと戻った。




