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少女というには少し大人びた顔立ちの、
16歳の女が羽拾いの仕事をしていた。
彼女は柔らかな風の吹く平原の中、ひとり大きな籠を背負い
母親譲りの美しい白金の髪をなびかせる。
地面へと手を伸ばす姿は、遠目には花を摘み取っているかのように見えるが
彼女の手にあるのは朝日を反射しキラキラと輝く
大きく鮮やかな鳥の羽であった。
地面に落ちているそれらは、状態の良いものから、折れ、裂けてしまったものまで、さまざまな色カタチをしている。
彼女はその中でも比較的整った羽をそっと拾い上げては、ひとつ、またひとつと背中の籠へと入れてゆく。
それが彼女の仕事だった。
日が傾き出した頃、彼女は家に入る。
水場の前で背中の籠を降ろし、中からふんわりと取り出した羽を水の張った桶へそっと浸した。
小さな椅子を取り出し座ると両腕の袖を大きく捲り、
冷たい水に沈む羽からそっと泥や葉を取り除く。
一枚一枚優しく洗い上げられた羽は、軽く水を切ると天井から下がる紐へとくくられて行った。
翌日それが乾くと今度は専用の防腐剤へ浸す。
これをすると傷みにくくなると同時に、艶と強度が出てある程度丈夫になる。
それでも彼女は繊細な手つきで
ひとつひとつ羽を浸しては干し、そして完成した羽は品質ごとに並べられ
10枚ごとに括り、袋へと詰めていった。
これらは、裕福な貴族へ売りに行く。
数日後、袋が棚に入りきらなくなると
彼女は自分の持つ1番良い服を着た。
髪も結い上げ化粧をし、
綺麗な籠を取り出すと、そこに袋をいっぱいに詰め
貴族の街へと出かけた。
郊外にある自分の家から町までは数時間歩く。
貴族街はさらにその町の中心まで歩く。
町並みが変わり、並ぶ店や家が豪華になる頃、
門の上に虹色の宝石をつけた扉がちらほらと見られるようになる。
魔法貴族と呼ばれる貴族の家だ。
彼女はその扉を一軒一軒ノックしていく。
「羽はいりませんか?」
と高く優しい声。
少ししてからカチャリと音がし、扉が開いた。
「あら、羽売りさんお久しぶり。ちょうど切らしてしまうところだったの。入ってちょうだい。」
「ありがとうございますスライさん。」
品のあるスライと呼ばれた女性が羽売りを家へ招き入れた。
案内され歩く廊下は
さまざまな絵画や彫刻などの美術品に溢れていた。
目一杯に着飾った美しい彼女も、貴族の豪華な屋敷では見劣りする。
「こちらでお待ちください。」
部屋へ着くと、主人を呼んでくると言い残し、スライは部屋を後にした。
その隙に彼女は袋から羽を取り出し、品質順に机に並べる。
間もなくすると、屋敷の主人である若い男性が部屋に入ってきた。
「やぁテイラ、いつもありがとう。」
「いいえ、こちらこそいつもありがとうございます。」
物腰の柔らかいその男性は、暖かい声と表情に反して装いは非常に煌びやかであった。
濃い青のシルクのベストに、宝石が散りばめられたアクセサリーを無数につけ
羽織ったマントは身体にあわせて揺らめき
その隙間からはまた、観覧者のいないアクセサリーたちが垣間見えた。
宝石は魔法を使うために必要な道具らしい。
ふたりは机を挟み座る。
「こちらの袋は金15。次が金6、金2、1番左が銀30です。」
品質ごとに分けられたその羽を男性は手に取りゆっくりと眺めた。
「うん、いつも良い羽を作るね。この金6の袋を3つ頂きたい。もしよければ銀30の羽も1枚だけ買えるかな。」
「はい!ありがとうございます!」
彼女は代金を受け取り、袋を3つと羽1枚を差し出した。
男が袋を侍女に渡している隙に、残りの袋を片付け籠を背負い直す。
「また次もどうぞよろしくお願いいたします。」
深々と頭をさげた彼女に男は話しかける。
「あぁ。そうだ、次に来るのは祭りの前になるだろう?
実は祭りで挨拶を頼まれてしまってね。今年の貴族代表で祈祷の魔法を捧げることになった。
見劣りするわけにはいかないから、そこで使うとっておきの羽が欲しいんだ。
君の持っている中で一番のものを持ってきてくれるかい?必要があれば、家まで護衛も送ろう。」
「代表に!おめでとうございます!
私に護衛なんて恐れ多い…お気持ちだけ頂きます。
それでは、次は一番出来のいいものをご用意して参ります。」
また豪華な廊下を歩き門扉まで来ると、
見送りをしてくれた主人に再度深くお辞儀をする。
男は買ったばかりの1枚の羽を取り出した。
「今日はありがとう、気をつけて帰ってね。 ”羽よ、この者の守護幸福となれ”」
男性はそう言うと、羽を高く掲げた。
それはキラキラと金色の粉のように溶けて
テイラへと降り注ぐ。
「ありがとうございます!」
顔を上げ嬉しそうにお礼を言い
彼女は屋敷を後にした。
その後も何件か家をまわり、一通り仕事を終えると下町で必要品を買いそろえてから街を出た。
傾き始めた陽が街並みを照らし強いコントラストと長い影を作り出す。
夜を迎える街を背に彼女は家へと向かった。
「ただいまぁ」
返事のない空間に、どさりと彼女の荷物を置く音だけが響いた。
草原の真ん中にポツンとある、一見納屋のようなその家に、彼女は1人で住んでいた。
(食事は…もういいや。疲れた。寝てしまおう)
髪を解き、手際よくシャワーを済ませると、さっさと毛布にくるまる。
そして夢を見た。
昔の夢。
彼女がまだ両親と弟と、みんなで笑いながら羽拾いをしていた、あの頃の夢。
ーーーー 目を覚ますと朝だった。
少し涙の跡を頬に感じる。
「…ダメね」
自傷するように笑いベッドから降りた。
顔を洗い、いつもよりもかっちりと髪を結い上げた彼女は、大きな籠を取り出した。
貴族街へ行った時の綺麗な籠とは違い、薄汚れている籠。
その籠の中に大きな袋を詰め、よいしょと背負うと歩き出す。
袋は歩くたびにモッチャモッチャと音を立てる。中身は生肉だ。
こぼれないよう袋の口はしっかり結ばれ、二重になった袋は匂いを漏らさない。
彼女はいつもの草原では足を留めず、
さらに歩き森の中と入っていく。
ギャーという甲高い鳥の声が、森に響いていた。
昼間でも薄暗くひんやりとした森の小道をしばらく進むと小さな祠が見えてくる。
彼女は祠の前に持ってきた肉を袋のまま置く。
そして静かに手を合わせ
「いつもありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。」
そう言うと、袋の口を緩めた。
ギャー!ギャー!
声が大きくなる。
彼女は袋の底をぐっと掴み、来た道を突然走りだした。
彼女の走った後ろにベチャリベチャリと肉の落ちる音がする。
血の滴る袋を乱暴に振り回しながら
振り返らず、全力で走る。
ギャー!ギャー!
すぐ後ろで鳥の声と、暴れているようなバサバサという音がする
「はぁ はぁ はっ はぁ」
道の悪い森の小道を何度も足をもつれさせながら走り続ける。
袋からまだ少し残っていた肉片がボロボロとこぼれ落ち
長く道を汚す。
「はぁ はっ はぁ うっ」
鳥の声が少し遠のきはじめ、
苦しくて息も持たなくなる頃、急に目の前が開け
眩い草原へと出た。
「-----っ はぁ! はぁ はぁ」
彼女は草原に倒れ込む。
肺を大きく膨らませて呼吸を整え、少し落ち着いてから汗を拭う。
涼しい草原の風が彼女を癒す。
握りしめた袋の中身は無くなっていた。
休憩もほどほどに、疲労した体をグッと起こすと
彼女はまた歩き出し森から離れようとする。
するとすぐ後ろ、森の中から
高い鳴き声が聞こえてきた。
ギャー!ギャー!
振り返り森を見る彼女の目は怯えていた。
そこには森の上空で大型の鳥たちが
餌を取り合い暴れていた。
そうしてしばらく暴れる鳥からこぼれ落ちた羽は
風に運ばれ舞い落ち
草原に美しく咲き誇った。
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父は羽根売りだった。
評判が良く
国の外から買い付けに来る人までいた。
なんでも、父の作った羽根で魔法をかけると、同じ魔法でも効果が大きいのだとか。
魔法貴族は多くなく、しかし魔法を必要としている人は多い。
常に需要と供給が合っていないため、
魔法をお願いするには結構な金額が必要になる。
魔法貴族側も、魔力には限りがあるので、お金を積まれても出来ない時は出来ない。
常に予約待ち、もしくは緊急性の高いものには高額で対応してたりするらしい。
そんな中、少ない魔力で効果を高めてくれる父の羽根は、とてもよく売れた。
「ねぇお父さん。なんでお父さんの羽根は良い羽根なの?」
「こうやって丁寧に作っているからだよ。ひとつひとつ、使う人の気持ちを考えて、その人の喜んだ顔を思い浮かべて作るんだよ。そうすると、自然と出来の良いものが作れるもんだ。」
「ふーん?」
「はっはっは。まぁあとは、あの森のおかげだな」
「森?」
「そうだ。あの森には古鳥の神さまがついている。お父さんの、またお父さん、そのお父さんも、ずーっとあの森で羽根売りをしてきたんだよ。」
「神様はあそこで何をしているの?神様がいるのに、あの森は危ないからダメーって言うのはなんで?」
「森の神様は、森に住む者の神様だからだよ。テイラたちの神様ではなく、森を守る神様なんだ。だから、そこに入ってしまう私たちの事は良く思わないんだよ」
「じゃあなんで森に入ってお祈りをしに行くの?」
「それは羽根を分けてもらっているからさ。森が作ったものをわけてもらっているのだから、人の作ったものを返すんだ」
「ふーん。」
あの頃はぼんやりとしていたこの意味が
今はなんとなくわかるようになった。
古鳥は上質な羽根をくれるが、肉食だ。
腹が空けば人でも襲いに来る。
そこで、羽根売りがたまに餌を補填する。
町に被害が来ないように、未然に防ぐ役割を買って出ていると言うのが実情だ。
危険と隣り合わせで羽売りという家業は成立しているのだ。
とは言え、肉を供えにいくのは多くない。
繁殖時期で餌を多く必要とする夏終わりから冬の始まりの間だけ、定期的に供えればそれで問題ないのだから。
もう一踏ん張りだ。
新しく落ちてきた羽根たちをあらかた拾い終えると、家へと戻った。
羽根拾いは日のあるうちに。
夕方からは室内作業だ。
いつもの部屋で
いつもの仕事。
羽を干し終え、夕飯を取り、古い服を繕った。
そうしてゆっくりと時間は過ぎていく。そんな日々の暮らし。
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秋の日
だいぶ涼しくなった風が、頬をなでる。
遠くの木々が、少しずつ色を変え始めている。
そろそろ羽の数が良くなってきた。
街へ売りにいく頃合いだ。
順調に仕事が進み、収穫祭の前に沢山の羽ができた。
頼まれていた高品質の羽も確保でき、
3日後、いや、2日後には行ってしまおうかと心を弾ませながら、
カゴに肉を詰める。
お供えの日だ。
お供えの日は古鳥たちが暴れるので多くの羽が落ち、
必然的に品質の良いものがよく揃う。
今確保しているものよりも、もっと良い羽を得られるかもしれない。
祭りの前にもうひと仕入れしておこう。
私はささっと準備を終え、大量収穫を目指して
まだ薄暗い早朝の中、森を歩き出した。
父が言っていた。
「古鳥はどんな時も人を狙う。それが1番幸せな時でも、不幸な時でも関係ない。」
私はその言葉を深く理解する事になった。
森の中を歩く。
早朝の森はいっそう暗い。まだ夜かのようだ。
背中にはカゴ。
その中には袋があり
その口が少し空いていた。
ギャー!ギャー! と古鳥の声が聞こえる
「今日は活発な日なのかな。。繁殖期ど真ん中だものね。早く帰ろう。」
足早に祠へと足を進める。
「痛っ」
注意力が足りなかったのか、枝で腕を怪我してしまった。
大きくはない怪我から、血がにじむ。
ギャー!ギャー!
古鳥の声が大きく聞こえる。
一呼吸置いてから、ハッと表情を変える。
古鳥が妙に騒いでいるのは...血の匂い?
慌てて籠を下ろして袋をつかむと、血が滴り落ちてきた
「まずい!」
バッと顔を上げ木々の隙間から覗く上空を睨むと
古鳥が数匹旋回して飛んでいるのが見えた
いつ襲われてもおかしくない。
「逃げなきゃ!」
肉を囮にしようと、袋を完全に解き道にばら撒く。
ギャー!ギャー!
声が一層大きくなり背筋が凍る
躊躇している余裕はない。
古鳥にとっては私もこれと同じ肉なのだ。
すぐに道を引き返し走り出す。
ほんの数秒後
先ほどまで持っていた肉に古鳥が食らいついた。
生きた心地がしないまま走り続ける。
後ろから声がする。
後ろから声がする。
後ろから声がする。
消えない。遠ざからない。
付 い て き て い る。
走馬灯のように父の顔が浮かんだ。
父は、お供えにいった後、帰ってこなくなったのだ。
父は街に行った帰り、転倒して怪我をしていた。
怪我をしたまま翌日お供えにいったのだ。
いつもなら母が代わりをしたが、その日母は流行病にかかり床に伏していた。
母は「行かなくて良い、数日くらい遅くなってもいいじゃないか」
と止めたが
父は「古鳥が腹を空かせたら、ここまできて襲われるかもしれない。ならば行ってきた方がみんな安全だよ。なに、骨が折れているわけでもない。走ることには差し障りないさ」
そう言って帰ってこなかった。
泣きはらす私と弟に、母は生活を支えようと無理をした。
治りきっていない流行病を隠して仕事をし、そして倒れた。
同時期に弟も病にかかった。
私は無力だった。
誰もいなくなった家で一人で生きていくしかなかった。
父のノートを見て、父との記憶をたどり家業を継いだが
すべてを受け継ぐことはできていない。
古鳥がこんなにも血のにおいに敏感であることを
理解しきれていなかった。
「はあ、はあ、あっ!!」
小石につまずき転倒した。
「うぅっ」
痛みを考えている余裕はない。
すぐに立ち上がるが、足が思うように動かない。
辺りを見渡し身を隠せそうな場所を探すと
大きな岩の間に人一人が入れそうな隙間があった。
籠を手放し、足を引きずりながら身を隠す。
バサバサと古鳥が小道に降り立つのが見えた。
匂いを探るように地面を嗅いでいる。
せめて何か無いかと暗い地面を手探りで探す。
何か固いものがあたり、握って持ち上げると
見覚えのあるナイフだった。
「これ...お父さんの...」
いつも父が腰に下げていたナイフだった。
ギャー!
古鳥がこちらを向いた。
「お父さん...」
震える手で鞘から刃を抜く。
刃を向けしっかりと両手で握りしめる。
ゆっくりと近づいてくる古鳥は
いつも遠くで眺めていた時と違ってひどく大きく見えた。
やるしかない。
ぐっと奥歯を噛みしめ覚悟を決めた瞬間
目の前に何かが横切る
ギャー!ギャー!
ギャーー!
大きくて鮮やかな古鳥が、先ほどまでこちらを睨んでいた古鳥を襲っていた。
目の前で暴れる2羽の古鳥に圧倒されながら
いつこちらに敵意が向くかもわからない緊張に見舞われる。
暴れ回った後、大きく鮮やかな古鳥は
もう一方を足で押さえつけた。
地面に押さえつけられおとなしくなった古鳥と、
そいつに気を取られて背を向けている大きな古鳥。
今しかない。
私はナイフを振り上げ
大きな古鳥の背中を突き刺した。
ギャーー!と大きく一声鳴くと
刺し所が当たったのか
ぐったりと倒れ込んだ。
私はもう1羽を見下ろす。
するとバサバサと焦ったように飛び立ち
木々の間に消えていった。
ぐったりとする体。震える手。
まだ脳が興奮しているのがわかる。
助かるためとはいえ、大きな生き物の命を奪った事に心が揺れる
横たわる古鳥の羽毛が目に入る。
美しい羽が生え揃っている。
ためらいながらも一枚抜いてみると
「綺麗…」
私はその古鳥を持ち帰ることにした。
羽を痛めないように気をつけながら、大きな古鳥を籠へ入れ背負う。
怪我をした足を引きずりながらも
家路につく。
疲れた。本当に疲れた。
取り急ぎ、くじいた足の手当てをすると、怪我は思いの外酷かったらしく
青く腫れ上がっていた。
骨は折れていないことを確認し応急手当てをした。
「何か食べて体力をつけないと。体が弱ると感染症になってしまうかもしれない」
痛みを紛らわすように自分に言い聞かせ、
食品ストックを覗く。
(あぁそうだった。もう街に行くのだからと、色々なものを切らしてしまっているんだった)
「何か食べるもの…」
周りを見渡す。
目に入ったのは古鳥だった。
「い、一応、鳥肉…だもんね」
背に腹は変えられないと
包丁を持ち、皮を剥ぐ。
そうすると、大きな鳥肉に過ぎない塊になった。
ジュー グツグツ
湯気と共に美味しそうな油の香りがする。
さっきからぐーぐーと腹の虫がうるさい。
器に盛ったそれを
恐る恐る口へ運ぶと
「美味しい…美味しい!!!」
夢中で貪るように食べた
(美味しい。なんて美味しいの。肉食獣の肉はイマイチと聞いたことがあるけれど、すごく美味しい)
一通り満腹になるまで肉を食べ満足し
残った古鳥を見つめる
「痛みやすいとこは先に食べて、残りは保存食にしておこうかしら。」
足の痛みも忘れて古鳥を全て捌き、肉を干し、燻製や塩漬けにした。
気づけば深夜となり、その頃にはぐったりとして
脳の興奮が収まったことを感じる。
今更また足が痛い。
しっかり寝て、早く治そう。
早めに街に出て、医者にも診てもらおう。
翌日、足をかばいながらも仕事をこなす。
皮から羽根を全て抜き、いつものように洗うと
一部の羽が赤黒く、汚れが取れない。
どうやら羽の内側に血が染みて入ってしまったようだ。
私は赤黒いそれらを分別し、綺麗なものを選り分けた。
しかし、ほんの少しだけ汚れている羽を見て迷う。
「うーーんせっかく綺麗だけど…これは売れないかなあ…でも沢山売れる時期だし一応持って行こうかしら…おまけくらいにはできるかも。」
加工まで終えた夜、また肉を食べた。
「街に買い出しに行くまでは仕方ないから」
自分に言い訳をし
肉の旨さに感嘆を漏らす。
寝る前、拾った父のナイフを手入れしながら考える。
(明朝、完成した羽を持って街へ行こう。
先に医者に診てもらって、一泊してから売りに行こう。
せっかくの収穫祭だから、もう何日か泊まりながら宿で静養してしまおうかな。
こんなに沢山の羽を売り物にできるんだもの。
少し贅沢しても良いわよね。)
この時の私はまだ、自分がおかしくなっている事に気付く余地もなかった。
ーーーーーーーーー
「あぁ、こんな事なら護衛の方を素直にお願いしていればよかった」
朝に家を出たものの、いつもならとっくに街に着いている時間になっても到着しない。
足をかばいながらの歩行は思った以上に時間がかかった。
「今日のうちに医者に診てもらいたいのに…」
街に着くと夕日が沈むところだった。
「もう病院が閉まってしまうから…宿より先に病院ね。」
急ぎ足で病院へと向かい、診療時間ギリギリで診てもらうことができた。
骨に影響はないが、筋や筋肉を痛めているかもしれないから1〜2週間は安静にとのこと。
(ちょうど収穫祭になる頃だし、予定通り宿に連泊する形にしよう。)
あいている宿を探して街をふらつき始めた。
「おなかすいた…」
祭りの時期なのもありどこの宿も埋まっている。
「都会じゃあるまいし、いくつかあいてると思ったのになあ」
甘い考えだったと悔やみ、広場のベンチに腰掛けぼんやりと上を見上げる。
祭りの前の飾り付けられた壁がキラキラと街灯を反射している。
飾り付けられた街と、途方に暮れる自分との対比が心に来る。
遠くからはワイワイとした声が聞こえる。
祭りはまだだが、既に仕事を終えた人たちが先に酒屋で宴を始めてしまうのはよくあることだ。
「うーーん、考えても仕方ない。とりあえず食べよう!」
私はその声のする方へ足を進めた。
カランカラン
ドアの上に付いているベルが鳴る。
「いらっしゃいませー!」
元気の良い挨拶が向けられる。
空いている席を探しキョロキョロと視線を動かすと
遠くからも聞こえていたワイワイと宴をしている席を発見する。
割れんばかりの男たちの笑い声。
大きな肉体の数人の男たちが
酒を片手に女性を囲っていた。
同じく酒を片手に大笑いしている赤い髪に羽根飾りを挿した女は
成熟した女性らしい体つきで
しかし大男にも負けない強さを纏っていた。
(楽しそうねぇ)
なんて思いながら近くの席に腰を下ろす。
店員に注文をいくつか行い、賑やかな店内で一人ぽつんと食事を始める。
この後どうしようか考えながらも聞き耳を立てる。
「がっはっは!姉ちゃん本当におもしれぇな!朝まで飲もうや!姉ちゃんになら俺の秘蔵の酒も惜しくねぇ!」
「はっはっは!安い女じゃないが旨い酒があるなら仕方ないね!特別だぞ〜不味い酒だったら覚悟しろよ!」
そう言って女はふらつきながら席を立つ。
「ちょっろ、トイレぇ〜」
ろれつも曖昧で顔も真っ赤な女が、歩いて数歩目で私のテーブルに倒れ込んだ。
「わっ!」
ひっくり返った料理が私の服にかかる。
慌てて商品が汚れていないかと置いていた籠を持ちあげると
汁を纏った皿はコロコロと転がり
お姉さんの服も汚してから止まった。
「あららぁ ごめんねぇ」
そう言ってお姉さんはむくりと起き上がり
髪飾りから羽を1枚抜き取った。
「プルガーレ」
聞いた事のない呪文。
羽は金色の粉に溶け私の服へと染みこむ。
すると、繕ってあった箇所まで新しい布かのように美しく修復された。
「ん〜ちょっと強すぎたぁ?まあいっか〜」
「あ、あの、ありがとうございます。でもお姉さんの服も…」
「ん?あ〜私はいいのよぉ〜私がこぼしたんだしぃ」
「よければこの羽使ってください。」
持ってきていた血の取れないおまけ用の羽を取り出し渡した。
「んぇ?ありがとう〜あなた気前いいのねぇ」
そう言って羽を受けとったお姉さんは自分の服に魔法をかけた。
「プルガーレ」
そう言った瞬間、羽は強い閃光を放ち
金の粉がはじけた。
部屋中にキラキラと粉が舞い
店内が騒然とする。
「えっ俺の服が直ってる」
「お、俺もだ」
「今のは何だ?何が起きた?」
「貴方ちょっと来なさい」
声色を変えたお姉さんに手を掴まれ外に引きずられる。
「痛っ」
足がもつれ倒れ込む体を、お姉さんが抱き上げた。
「ウォラートゥス」
ぐっと体に重みを感じた次の瞬間
街を見下ろすほどの上空にいた。
「ひっ」
高さに驚き私はお姉さんの体にしがみつく。
「さっきのは何」
「何って…売り物です。私は羽売りです。」
「いつもあんな物を売っているの?」
「い、いえ、お渡ししたものは商品にできない欠陥品で…」
「…」
お姉さんは少し考え込んだ後、街の一番高い時計塔のてっぺんに降り立った。
私をそっと降ろし、再度問う。
「欠陥品ってどういうこと?」
「これが完成品です。こっちは欠陥品で、どうしても汚れが取れなくて」
「ちょっと見せてね」
お姉さんは私の手から羽を取ると
「ふーん悪くない。いや、結構良いやつを売っているのね。でもさっきのは…貴方、この後の予定は?」
「えっと、明日お得意様に羽を売りに行くのですが、宿がなくてどうしようかと…」
「私の部屋に泊めてあげるわ。代わりにこの羽いくつかいただいても良いかしら」
「いいんですか…?助かります!」
「私はデイジー。立てる?」
「はい」
渡りに船だった。私はデイジーの手を取った。
ーーーーーーーーーー
店へ戻ると、まだざわついている店内をデイジーは素知らぬ顔で歩いて行った。
私は入り口で会計を済ませながらチラチラと様子を見る。
デイジーは先ほどまで飲み交わしていた男と軽く会話をし、大きくひと笑いした後同じく金を払い店を出た。
「じゃあ行こうか」
と優しい表情を見せてくる。
「あ、でも足が痛いんだっけ?」
「はい…数日前にくじいてしまって。でも大丈夫です。歩けます。」
デイジーは少し考えてから
「足を見せて。これをあげるわ。少し固定したらマシになるかも。」
そう言って膝を折ると
固めの長い布を取り出し、私の足にくるくると器用に巻き付けピンで留めた。
ゆっくりと歩いてみると、確かに楽に感じる
「ありがとうございます!詳しいのですね」
「旅をしていれば色々とあるからね。出来ることは多いに越したことはないわ。さ、行きましょ」
立ち上がり先を歩くデイジーに私はついて行った。
自分で適当に巻いていた時と違って、本当に痛みが少なくなった。
きちんと物事を知っているのと、見よう見真似でやる事との違いに
(勉強って大事だな…)
なんて不甲斐なさを嘆く。
祭りの中心地にある宿に到着した。
「一人のつもりだったから、狭くてごめんなさいね」
「いいえ、本当に助かります。」
部屋の隅に荷物を置いて整理を始めると
「少し時間がかかるなら私が先にシャワー浴びて…一緒に入る?」
「いいい いいえ!?え!?」
「足、不便でしょう?」
「大丈夫です!!!!」
「そ」
デイジーはニコッと笑ってからシャワールームへと入っていった。
待っている間に明日の準備を済ませておく。
「よし、羽は無事ね。明日はコーネさんとチェラーさんとイサークさんと…あとは近いところから回っていこうかな。どのくらい回れるかな…足の具合によるか…」
ぼやきながら一通り確認したあと、髪を解いているとデイジーが戻ってきた。
「お次どうぞ」
「ありがとうございます。」
私はまだ湯気の残るシャワールームで身を清める。
「すみません寝着を用意くださったんですね。ありがとうございます。」
そう言いながら戻ると、デイジーの座る通常のベッドの横に
コンパクトなベッドが追加されていた
「宿の主人に聞いたらこれならあるって持ってきてくれたのよ」
「何から何まで本当にありがとうございます」
「いえいえ」
デイジーの手元を見ると羽を持っていた
「何をされていたんですか?」
「ん〜いや、良い羽よね。"良い羽"なのよ。」
「?ありがとうございます…」
「ま、今日は遅いからもう寝ましょ。明日も仕事でしょう?こっちに来て」
デイジーは自分の横に来るよう、ベッドをポンポンと叩いて催促してきた。
「これ、仮留めだったから巻き直してあげるわ。」
デイジーはくじいた足をそっと持ち上げ、布を巻き直してくれた。
最後にかわいいキラキラの花が付いたクリップで端を留める。
「うん、かわいい」
「あ、あの、足下なので汚してしまうかも」
「いいのよ沢山あるやつだから」
「そう…ですか…ありがとうございます」
その後もベッドに入りながらたわいのない会話をしているうちに
いつの間にか眠っていた。
ーーーーーーーーーー
翌朝起きると、まだデイジーは寝ていた。
起こさぬよう、そっと起きて身支度を済ませる。
金の髪を結いあげ、化粧と貴族対面用の一張羅へ着替える。
持ち物を確認し、最後に置き手紙で帰りは夕方になると伝え、忍足で部屋を出た。
朝の空気は好きだ。
冷たさの中に草木の香りが混ざっている。
朝露の残る時間はまだ商売をするには早過ぎるので、こんな時間から開けている粋興な店で朝食と飲み物を買い
ぶらぶらと祭りの装飾を眺めながらゆっくりと歩く。
「まだ飾り付けが終わってないのね。」
いつもは準備期間に来ることがないため、祭りが出来上がっていく途中の街並みは新鮮に感じる。
「少し多すぎたかしら」
いつもよりも背中のカゴが重たい。
よく売れる時期に、良く仕入れができたので
目一杯に持ってきてしまった。
歩くのが遅い原因は、怪我だけでは無かったのかもしれない。
「頑張って売らなくっちゃ」
グッと背筋を伸ばし
貴族街へ向かった。
町並みが変わり、並ぶ店や家が豪華になると、門の上に虹色の宝石をつけた扉が見られるようになる。
その扉をいくつか素通りし、
見覚えのあるコーネと書かれた扉の前で止まる。
コンコン
「羽はいりませんか?」
と高く優しい声。
「あら、羽売りさんお久しぶり。そろそろくる頃だと思ったわ。待っていたの。入ってちょうだい」
「ありがとうございますスライさん」
スライはにこやかに羽売りを家へ招き入れた。
案内され応接間への廊下を歩いていると
スライはふと気づいたように振り返る。
「あっ ごめんなさい足を怪我していたのね!ええと、ちょっとここまで待っていて」
そう言って慌てて小走りで近くの扉へ入ると
数十秒バタバタと中から音が聞こえた後
また扉から出てきた。
「今日は近いこちらの部屋でお願いいたします。ごめんなさい気づくのが遅れてしまって」
「いいえ、とんでもないです!お気遣いいただきありがとうございます。」
そう言って入った部屋は過度なほどに装飾品で溢れていた。
埋もれんばかりの装飾品の量が、おそらく何かの法則通りに並べられ、これでもかと輝きを放っている。
その部屋の中央に、大きな机と椅子、そして屋敷の主人が座っていた。
「やあテイラ、おはよう。」
「おはようございますコーネさま。今年も祭典が開かれることをお喜び申し上げます。」
「ありがとう。貴殿の益々の豊穣を願う。さて、すまないね仕事部屋で。」
「お仕事の部屋だったのですね。とても…すごいですね」
「はっはっは!これは全部魔道具だよ。知っての通り僕は魔法貴族だからね。
最新の魔法技術の研究こそがメインの仕事だよ。」
「こんなに凄いとは知りませんでした」
「世界中の珍しい魔法を集めているが、こんなにあってもほんの一部さ。
世界には僕の知らないもので溢れている。
きっと、まだ皆んなの役にたつ魔法が眠っているはずさ。
それを僕は見つけたいんだ。」
そう語るコーネの目は輝いていた。
心から好きな物を語る人の目だ。
「素敵ですね」
「ありがとう。君の仕事も、代え難い尊い物だ。いつもありがとう」
私はそう話しながら、いつもの販売用に取りまとめた羽束を並べ
最後に出来の良かった美しい羽を取り出した。
「ご注文くださった特注品をお持ちいたしました。」
「おお、これは見事だ。大きさと鮮やかさが段違いだね。」
「幸運でございました」
「ああ、満足だ。これと、この袋を8ついただこう。」
「8つも!?ありがとうございます。」
「ああ。今年の冬は…そうか君は農家じゃないから知らないんだね。」
屋敷の主人は少し曇らせた表情で、私に語り始めた。
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つい先週のこと。
害獣が農村まで降りてきてしまい
収穫期の農作物を食い荒らした。
人々は対抗したが、急な害獣の群れを前に
追い払えた頃には収穫前の作物の半数近くが荒らされた後であった。
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「すぐに魔法部隊も投入され僕も赴いたが、着いた頃には既に…」
「そんな…」
「今の収穫は直接みんなの越冬のための蓄えだ。
収穫済みのと合わせて考えても足りるかどうか…
食糧はなんとか輸入や節制で耐えていくしかないが、輸入するにも元手が必要でね。
冬にできる仕事の効率化を図るために、僕ら魔法貴族が積極的に動くことになったんだ。」
「なるほど、それで羽が多く必要になったのですね」
「その通りだ。だから本当に助かったよ。祭りも準備どころではなくなった民も多くてね。せめて僕は祝福の祈祷を精一杯に努めたいと思う。君の持ってきてくれた羽はそれに相応しいよ。ありがとう。祭り、楽しんでいってね。」
「…はい」
素直に喜べない賛辞に心がざわつく。
農作物が豊富なこの時期は、害獣にとっても森の食べ物が豊富な時期だ。
天候に恵まれた今年、森の植物の育ちが悪いとは考えにくい。
しかし植物の中には表年と裏年があるものがあり、
実のならない裏年の植物が重なると、
天候や病とは関係なく森から食べ物が消える。
そうすると、獣は食べ物を求めて田畑を襲う。
こればかりは運なのだ。
少ししんみりとした空気のまま玄関まで見送りをしてくれたコーネは
いつも通り羽を掲げた。
私に対する祝福をかけようとしてくれている。
私は慌ててそれを遮った。
「あ、あの!これを使ってください!汚れが取れなくて商品にならないものです。
このご時世で商品を使っていただくのは忍びなく思います。
いくつか差し上げますので少しでもコーネ様の足しにしてください。」
そう言ってコーネに汚れた羽を差し出す。
「それはありがたいが…いいのかい?」
「はい。お力になれるのでしたら本望です」
「ありがとう。では遠慮なくいただくことにするよ。備えは多いに越したことはないからね。」
コーネはその中の1枚を掲げた。
「”羽よ、この者の守護幸福となれ”」
いつもの祝福を唱えた。
いつもの祝福にはならなかった。
羽は強い閃光を放ち
金の粉がはじけた。
辺りにはキラキラと粉が舞い
コーネは唖然とする。
「…」
「…」
目が合ったまま、二人の時が止まる。
空いた口をなんとか閉じたコーネが言葉を絞り出す。
「今のは…なんだ…?」
「わ、私は魔法はわからないです…コーネ様…?」
「そりゃ…そうか…僕は…いやすまない…わからないよな…しかし…何が…」
「…」
「ああすまない、もう行くよね。すまない…すまない。」
うわの空のコーネは、小さく呟くように、何に対するでもなく謝った。
私はおずおずとその場を歩き去った。
ーーーーーーーーーー
少し心臓が早くなっているのを感じる。
昨晩のデイジーが起こした魔法と
先ほどのコーネによる魔法。
「この羽…」
違和感を抱きながらも、
魔法のわからない私には何をすることもできない。
たぶん、おそらく、良くなさそうだという直感に心がざわつく。
自分を落ち着かせるように、無意識に髪を触っていた。
ふと窓ガラスに映った頭がボサボサであることに気づき
慌てて髪を結い直す。
(早く仕事を終わらせてしまおう。)
この落ち着きのない心を鎮めたくて早足で次のお宅へと向かった。
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仕事を終えたのはまだ明るいうちであった。
コーネと同様に、どこの魔法貴族も羽を多く備えたいとのことで
多めに持ってきた羽は飛ぶように売れた。
手に入った金銭の重みは、いつもよりも明らかに重たい。
「いらっしゃいませ」
「預け入れをお願いします」
「かしこまりました。こちらに金額をご記入ください」
祭りと買い出し用に、いつもより少し多めに手持ちをとりわけ、残りは預ける。
「明日は買い出しをして、明後日はお祭りを見て、満足したら帰ろうかな」
計画をざっくりと考えながら、デイジーのいる宿へ向かった。
「戻りましたぁ」
居るのか居ないのか、はたまた寝ているのか起きているのか
さっぱり検討のつかないデイジーの様子に気を遣いながらゆっくりと宿の扉を開いた。
「おかえりなさい」
デイジーは意外にも、机に向かってメガネをかけ本を読んでいた。
「あの、連泊まで面倒を見ていただいてありがとうございます。昨晩はちゃんとお礼を言えていなかったので。」
「いいのよ。私もあなたに…この祭りに興味があるから、あなたに案内して貰えるなら願ったりよ。お仕事は済んだのかしら?」
「はい、無事終えましたので、明日からはこの街をご案内差し上げられます。」
「そう、よかった。では夕食でも食べに行きましょうか」
軽く荷物を整理した後、近場の食堂で特産品を交えた料理を注文し、
宿のお礼として料理の説明とこの街について案内をはじめた。
「おいしいわ。この街、海はないと聞いたけれど魚も美味しいのね。」
「はい。この街はあまり目立たない立地にありますが、海と内陸の大都市を結ぶ、
流通で栄えた大きな街の横にあります。
近場に大きな街があるので、あまり人気があるとは言えませんが
なんでも手に入れようと思えば手に入るうえに安く住めるので、長く住むには居心地のいい土地柄なんです。」
「なるほどねぇ、田舎とベッドタウンの間って感じかしら」
「そんな感じです。なので、海からは塩や魚。内陸からは資源や珍味。地元で農作物と、バランスよく暮らせているんです…いたのですが…」
「ん?違うの?」
ここでコーネから聞いた農作物の状況を伝えた。
「なるほど。それはこの街付近だけの出来事?」
「えっと、そこまでは知らないのですが…何故ですか?」
「もし、もしね、あなたの予想通り害獣の影響が植物のサイクルによるものなら、それって影響があるのはこの街だけではなさそうだと思わない?」
「ええ、まあ、そうかもしれないです。なので貴族様が資金集めを頑張ってくださると。」
「それがもし広域で起きたのであれば、この冬は大変よ。貴族はお金を稼げば他所から食べ物が手に入ると考えているでしょう?
良く考えて。他所にも食べ物がなければ、無いものは買えないわ。」
「あっ」
「もちろん冬に稼ぐのは大切だけれども、物資が枯渇する前に手元に抑えてしまわないと、買うに買えなくなるわよ。
そしてこれに気づいた者から順に静かな奪い合いが始まるわ。
問題が表面化した頃には、一般の民に手が届くものになっているかしら。
きっと価値が釣り上がっていき、枯渇を実感する頃には…」
「わ、私、お客様のところへ行ってきます!デイジーさんはゆっくり召し上がっててください」
食事をそこそこに切り上げ、私はコーネ様の屋敷へ走った。
急いで戸を叩くと、スライがびっくりした顔で出てきた。
「はあ、はあ、あの、 っふう コーネ様にお知らせしたいことがありまして」
「まあ、そんなに息を切らせて…生憎なのだけど、コーネは出ているわ。明日祭りのリハーサルがあるから、その打ち合わせに行っているの。だから会場の広場付近かしら…。ここで待つ?」
「ありがとうございます。急いでいるので会場へ行ってみようと思います!」
会場の広場へ着くと、貴族の数は少ないためすぐに見つけることができた。
大人たちと会話しているところに駆け寄り
「あの!すみません!少しお話があって!私不安で!」
「どうしたんだいそんなに息を切らせて。落ち着いて息を吸って。…聞かせて。」
私は一連の不安ごとを並べて話した。
頭にあるが、まだまとまっていない話を、コーネは真剣な顔で聞く。
「なるほど。それは至急確かめる必要がありそうだ。
ここにいる皆のなかで、害獣被害がこの付近以外で起きているかを知っているものはいるか?」
ざわざわと民が小さな声で呟くが、
これと言って大きく発言するものはいなかった。
「わかった。調査の者を出そう。おい」
そう言ってお付きの人を呼ぶと、コーネは指示を出し
早急に周辺の街の作物状況を探らせた。
「皆中断してしまいすまない。この問題はこちらで状況確認と策を考えて後日必要があれば正式に掲示をだすから、それまではいつも通り過ごしてくれ」
「わかりました…」
民は口々に小さく返事をするが、不安な表情をしているのが見て取れた。
その中の一人がふと聞いてきた
「君は一体なんの人なのだい?害獣に詳しいのかい?」
「いえ、私はただの羽売りで詳しくはありません。旅の方と知り合いまして、街を案内している中で旅人さんが今回のことを気にしてくださって。」
「なるほど、旅の方なら納得だ。多くを見聞きしてきて違和感を覚えたのかもな。」
そういえばデイジーはなぜ詳しいのだろう?
どんな旅をしてきたのだろう?
「テイラ、教えてくれてありがとう。今できることはやったから、君も安心しておかえり」
「ありがとうございます。」
デイジーの元へ歩き戻りながら、
不安が増えたことで自分も暗い顔をしているのがわかった。
(せっかくの祭りよ!私は農家でもないからできることはやったわ。楽しまなくちゃ!)
心の表面だけを取り繕った。
「はあ…」
ハリボテの元気はあまり向いていなかったようで、ため息をつく。
ぽりぽり頭を掻きながら、ぎこちない笑みでデイジーと再び顔を合わせ
「明日は買い出ししながら街を案内させてくださいね!」
と、空元気を演じてみせた。
「…ええ、ありがとう。お仕事の日だから疲れているでしょう。明日は任せるわ。今日はゆっくりおやすみなさい」
デイジーにはお見通しなようで
気を遣われた。
ベッドに入ってから、眠る前に少しだけ会話をする。
「デイジーさんはどうして旅をしてるんですか?」
「私は見聞を広げたくてね。一度就職したけれどしっくりこなかったの。もっと自分に嘘をつかずに、心から好きだと思えることを探しているのよ」
「旅は楽しいですか?」
「ええ、楽しいわ。知らなかった価値や文化に触れて、そのひとつひとつが私を形作るの。」
「それは、素敵ですね」
「ええ、世界は知らないことで溢れているわ。だから少しの違和感や不思議にも恐れずに目を向けて…あら、寝ちゃったわね」
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「さて!今日はこの街をご案内いたします。明日の祭りに向けて、知っておくとより楽しめるお話がたくさんあります!
私は買い出しもしたいのですが、お店が通常営業している今日のうちにデイジーさんも一緒に済ませておくのがおすすめです!」
「なるほど、明日はお店が空いてないのね。ありがとう。じゃあついていくわ」
朝のうちにこの街の文化的背景を喋りながら、伝統や言い伝えなど、観光客向けの説明をした。
その後、明日の会場となる広場へ。
そこでは、設営の最終調整とリハーサルが行われていた。
「お、昨日の嬢ちゃんだね。その方が旅人さんかい?」
ガタイのいい男性が声をかけてきた。
「はい、昨晩はお騒がせしました」
「なに、とんでもない。農家を気にかけてくれてありがとうな」
ニカっと笑った男性の顔はよく覚えていなかったが、きっと昨晩会場にいた人なのだろう。
その後商店街へ入り、お土産品をみたり、買い出しをしていく。
「へぇーこの辺は木細工が発展しているのねぇ」
「評判は良いと聞きますが、他では違いますか?」
「そうねぇ、海沿いは貝を使った工芸、山沿いは金属を使った工芸になりがちだから、中継地点で扱いの難しい木材工芸がこういう発展するのは面白いかも」
「魔法を使う方向けに宝石を埋め込んだものもあります」
「ふふ、それはどこも変わらないわね」
たわいのない話をしながら馴染みの店に入る。
「こんにちはー」
「おお、羽売りさんひさしぶり。良いの入ってるよ!そちらは?」
「お祭りを見にきた旅人さんです。今案内をしていまして」
「そうかいそうかい。その人が旅人さんかい。噂は聞いたよ!」
「噂?」
「ああ、昨晩害獣被害について貴族に相談したんだって聞いたよ?羽売りさんは貴族さん相手の仕事だからかねぇ。農家の人間じゃ貴族さんに話を聞いてもらうことも難しいから、そうやって直接掛け合う発想がなくてね。みんな感謝してたよ」
「それは…よかったです」
噂になっているのはびっくりだが、感謝されるのは悪い気はしない。
上機嫌であれこれ買い物をしていった。
「こんなのも入ったよ」
「これは?」
「海外産の革のリュックでね。軽くて大きくて丈夫で、雨や日光なんかにも強い。テイラさんみたいに荷物を沢山持つ仕事に良さそうだと思って。少し値は張るがどうだい?」
「背負ってみても良いでしょうか?」
「もちろんさ」
背負ってみると、いつものカゴよりも肩への食い込みが少ない。
容量は少し減るかもしれないが、先日古鳥を入れて帰った時にカゴを痛めてしまったので、新調するにはちょうど良い。
「これいただきます」
「まいど!」
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「最後に酒場に寄ります」
「酒を買うの?」
「そうとも言えます。羽を作る材料にアルコールが必要でして、高濃度のものを譲ってもらっているんです。」
「なるほど、それは私も買わせてもらおうかしら。」
「何かに混ぜないと飲めたものじゃないと思いますよ…?」
「あはは!怪我の消毒用さ」
「な、なるほど…」
酒屋で買い付けていると、またしても店主に話をされた。
「いつもご苦労さん。そういえば昨日広場で害獣被害について貴族さんに話していたってのは君かい?」
「あ、はい」
「みんなのために動いてくれてありがとうねぇ。数日前にも酒場で凄い羽を売る羽売りさんがいたって話題になってたよ。特徴を聞いたらテイラくんだったから、君だと思ったよ。」
「わ、私はいつも通りにしか…」
「はっはっは、君のお父さんもそうやって当たり前って言う職人だったよ。でもまぁそんなに良い羽を貴族さんに渡してきたのなら、明日の祝福の祈祷もきっとみんなの安心に繋がるだろうね。みんな不安がっているから、助かるよ」
「それは…よかったです…」
「少々不穏ね。」
宿までの道のりでデイジーが話しだす。
「あまりに噂が回りすぎているように思うわ。不自然なほどに。ここの人たちはそんなに貴族と会話するのが珍しいの?」
「うーんそんなこともないと思うのですが…」
「だとすると民衆が今回の件をかなり不安視しているのかもね。」
「もし周辺地域も農作物に不足があるのなら、一大事になるので…そうかもです。昨年の冬はあまり実りが良くなくて、苦労した人も多かったので。」
「…帰ったら荷物を整理するわ。明日、祭りを見たら疲れて帰るでしょうから、その後動かなくても宿から出れるように」
「?ええ、はい。」
少し難しい顔をしながらデイジーは歩いていた。
やがて宿につき、買ったものを整理していく。
新しい鞄に荷物を移し、しばらく先まで持つ量のいろんな買い出し品がすっぽりと収まった。
まだ入れられそうで、見た目以上の収納力に満足する。
さらにデイジーから便利な知識も貰えた。
「防菌効果のあるもの以外の包装は直ぐ捨てると嵩張らないのよ〜」
「本当だ!スッキリしました!」
「割れやすい物の緩衝材も捨てちゃって、柔らかい商品をそこに詰めると無駄がなくなるわ」
「すごいです!どんどんカサが減ります」
アドバイスに従って詰め直すとかなりの余裕ができ、デイジーの旅慣れた知識が頼もしく感じる。
「デイジーさんは結構軽装なんですね?もっとたくさん買ったように思ってました。」
「ええたくさん買ったわよ。今みたいなコツの他にも、魔法でさらに持ち運びやすく出来るの。旅をするのには必須な魔法よ。」
「へぇ〜知りませんでした!とても便利なんですねぇ」
「魔法学校に行かないとこういうのは知る機会がないものね。他にもこんなのがあるわよ」
そう言ってバッグからキラキラとした宝石のついた物をいくつか取り出して、私に説明してくれた。
いろんな物を温める奴、いつでも手紙を出せる奴、少し先の未来を占う奴、虫除け、動物避け、ハンモック。
言われてみればあったら便利そうなものがたくさんある。
「とても便利そうです。魔法はすごいですね。平民にもいつか手が届けば、凍えたり飢えたりする人も減りそうですね」
「そうね。この国はそもそも貴族しか魔法を習えないものね。」
「貴族さんは生まれ持った才能が違いますもんね」
「えっと…貴族も平民も、血統以外の要素は同じよ?魔力のある平民もいるわ。問題は使い方を習えないことにあるのよ」
「えっそうなのですか?」
「学校を出ないと魔法を使う仕事につけないの。危険だからと学校以外では教わることができないように規制されていて、学校に行くにはお金と紹介がいるから、結果的に貴族のみがいける場所になってしまっているのよ。金持ちの商人なんかは貴族と養子縁組したりするわ。まぁ魔力ありきだから、行きたくても行けないことがほとんどだけどね」
「ふ、複雑な事情があるのですね…」
「利権の絡む事だから、自分に不利益がないよう誰も口を出せないでいるのよね」
デイジーは諦めているような、困ったような顔で少し笑っていた。
今の話からすると、デイジーは貴族社会で生きてきた人なのだろう。
貴族で旅をする人は少ない。身分を捨てる事になり、貴族はそういった行動を強く非難するというのは想像に難くない。
デイジーには複雑な事情があるのだろう。
「さーて!祭りに向けて酒よ酒!旨い店教えてもらうわよー!」
性格の方は複雑じゃないのかもしれない。
夜の街に出ると、前夜祭を行っているところがチラホラと見られて賑やかになっていた。
飾り付けも終わったようで、街が輝いている。
普段は行かないが、良く評判だと聞く酒屋へ案内した。
「いらっしゃいませー!」
元気な挨拶が飛んでくる。
ぱっと見で美人な店員さんが多い。これも高評価ポイントのひとつなのだろう。
「いらっしゃいませ!メニューをお持ち致しました!」
席につくなりすぐに店員が来る。
サッといくつか選び伝えると、元気なオーダーが通った。
「さて、そろそろあなたの話も聞かせてちょうだい!羽売りさんっ」
いたずらな笑顔を見せながらデイジーが乾杯を求めてきた。
カツンとグラスを当ててから
「私の話ですか…」
何を話せば、何から話せばいいのだろうか?と悩む。
とりあえずピンとこないままに生い立ちを話し始めた。
羽売りは家業であること。
今はもう家族が居ないこと。
品質管理の大変さ。
仕事には危険が伴う事。
まだあらゆる経験が充分ではなく、今回のようなアドバイスはとても良い勉強になったこと。
そうやっているうちに、横に中年の男性がやってきた。
料理を手にいっぱい持ち
「お待たせしやした!ごゆっくりどうぞ!」
と机に並べる。
「あの、もしかして昨日広場で貴族さんと交渉したっていう、すごい羽を扱ってると噂の羽売りさんですかい?」
「えっと、半分あってるような…」
「いやぁそうでしたか!是非お礼を言いたくてね!俺の妹が農家に嫁いでいて、今回の被害を受けたひとりなんだ。怪我も負ってしまっていて、動けない妹に俺が定期的に街から物資を送ると約束してたんだが、君が指摘をしてくれなかったらこの先どうなっていたことか!明日は凄い羽で祝福の祈祷をして解決してくれるのだろう?ありがとうな!」
「えっ!ちょっと、違いますそうではなくて、私はただの羽売りで」
「良い職人ってのは謙遜する物だよな!」
「そうじゃなくて!」
「おっと呼ばれたな。ではごゆっくり」
そう一方的に言って店の奥へ消えていった。
「どうしよう…なんか話が…」
「そうね、噂が曖昧に広がって、都合のいいように改変されている気がするわ」
「どうしたら止められるでしょうか」
「あの人とは知り合いなの?」
「いいえ、全く。初対面です」
「なら無理ね。あの人1人を理解させたところで、とっくに知らない人たちに伝わっていて手に負えないと思うわ」
「そんな…」
「明日の祈祷はお客さんがやるのよね?」
「ええ。1番出来の良かった羽をお渡ししたのは確かですが…」
「ならいいんじゃない?あとは貴族が民を安心させてくれれば一旦落ち着くでしょ」
「うぅ…なんか嘘ついてるみたいで…」
「嘘をついたのはあなたじゃなくて噂を誇張した人よ。素知らぬ顔をしてなさいな」
「ん…はい…」
しょんぼりとしながらも、事情のわかっている人が目の前にいることがせめてもの救いだと気を取り直して、グラスのジュースを一気飲みした。
酒場を後にし、前夜祭の出し物を見に広場へ向かった。
途中増えてきた人波に流されたりもしたが、デイジーがうまいこと私を見つけてくれた。
自分の非力さを嘆きながら、だんだんとデイジーの姉御肌気質なところに甘えはじめた自分を感じる。
お別れの時を名残惜しく思いながら、離れないようにと自分に言い訳をして
私はデイジーの手をぎゅっと握った。
デイジーのひんやりとした細い手も、見た目よりずっと強い力でぎゅっと握り返してくれた。
2人で広場で踊り騒ぐ人を眺めてから、宿へと戻った。
明日が過ぎればさようならだ。
最後まで笑顔で居られるようにと、ベッドで目を閉じた。
テイラが寝息を立て始めた少し後、デイジーは静かに体を起こす。
そっとテイラの足に手を当て、小さく言葉を吐くと
花の形の魔法石はぼんやりと輝き出す。
昨晩と、一昨晩と同じように、デイジーはテイラに追跡の魔法をかけた。
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「おはようございます!デイジーさんの益々の豊穣を願います。」
「えっと」
「お祭りの挨拶です。農家ではなくても、その人の生活を支える行動がうまくいきますようにと声をかけるんです。祝福は自分ではなく他人に渡すもので、たくさんの人に祝福されることで幸せになれると信じられています。なので今日は出会う人にたくさんお祝いを言って、言われて、一年分の祝福を貯めるんですよ」
「なるほど、そうなのね。じゃあ、テイラにも益々の豊穣が訪れますように。」
そう言って軽くデイジーはウインクしてみせた。
「祭りは、夜の打ち上げ花火をフィナーレとしています。
朝には開催の儀、午前中に子供達の発表の場が設けられて、昼には出し物、それが終わり次第、みんなで踊りながら花火の時間を待ちます。」
「だいたいわかったわ」
「とりあえず食べ歩きをしながら露店を見てみましょう。この日にあわせて珍しい品が集まってますよ!」
そう言って街を歩き出す。
露店では流行りに乗ったものが多く、目新しい道具や装飾品、食べ物や衣服など数多くの商品が、威勢よく叫ぶ店主のもとに並べられていた。
デイジーはいくつかを手に取り、店主と冗談混じりの会話をしながら、さらりと値切りをして買って行く。
隣で見ているとその鮮やかな値切りに空いた口が塞がらない。
「デイジーさん…薄々感じていましたが…口がうますぎますね…」
「うふふ、これも旅の必需品よ?」
「それがないと旅ができないなら、きっと結構な数の旅人が消えると思います」
「あはは。テイラちゃんも欲しいものがあったらお姉さんに任せなさい」
えっへんと構えてみせたデイジーに、思いつきで言ってみる。
「じゃあデイジーさんのことを忘れないように、お揃いの何かが欲しいです」
「あら、いいわねぇ〜うーーんとーーーぉ」
デイジーはキョロキョロと露店を見渡し、
「あっこれなんてどう?」
と、ひとつのピアスを指差した。
それは羽の形の彫金でできていて、小さな黄色の宝石が埋め込まれていた。
「イヤリングタイプもあるから…色違いでお揃いにできるわよ」
「いえ、同じ色がいいです」
「黄色の奴はピアスしかないみたいなのよ」
「空けます」
「え」
「空けます」
「ほ、本当に?痛いわよ?」
「はい、大丈夫です。」
「そ、そう」
自分でもこの発言にびっくりする。
ピアスと一緒に穴あけも付けてもらい、人の少ない路地裏のベンチに座る。
「……こ…こわ…やり方がわからないので教えてください」
「鏡がないと自分じゃ難しいわ。私がやってもいい?」
「お願いします」
デイジーを信頼して、少し顔を見てからギュッと目を瞑り、不動を意識する。
顔の近くにデイジーの香りと体温が近づく。
息を感じるほどの距離で、デイジーが耳に触れる。
ピクリと一瞬身体が跳ねたが、唇を噛み締めて待つ。
「いくわよ」
低く小さな声で耳元で囁かれる。
ザグッ という音と熱い感覚。
次いで冷たい消毒液の匂いがした後、感覚が戻ってきて痛みを強く感じ、表情が歪む。
もう一度痛みを覚えてから
「できたわよ」
と言われ、触って確かめようとする手を止められた。
「消毒をしたからしばらく触らないでね。安定のさせ方を教えるわ」
今後の手当の仕方を教えてもらった。
熱くて痛い耳。
怪我をして痛いのに違いないのに、ウキウキした気持ちが勝る。
「あっと忘れるところだった。ちょっと動かないでね」
そう言うとデイジーは、つけたばかりの私のピアスと自分のピアスを近づけてから
「プロテゲレ」
と唱えた。
顔の横から光を感じる。
「お守りの魔法をかけておいたわ。あなたに敵意のある者から守ってくれる魔法よ。石が小さいからあまり回数はないと思うけれど、いつか役に立つかも」
そう言ってから、デイジーは自分のピアスをひとつ抜き取り、お揃いのものに付け替えた。
時間は昼前になっていた。
遠くに見えるメイン会場で、子供たちが踊っているのが見える。
客層は完全に保護者の皆様だ。
暖かな祝いの空気と、隣にいるデイジーの存在。商売も、少し変な噂をされてはいるが高評価で、家族が亡くなってから苦労続きだったテイラの心を緩ませる。
「食べ歩きをしているからそこまでお腹空かないわねぇ〜甘いもの食べちゃおうかな」
「良いですね。果物とクリームを挟んだパンがあっておすすめです」
「ん〜良い香りがすると思ったらそれか〜食べましょ食べましょ!」
年相応にはしゃぐテイラと、年齢は知らないがおそらくはしゃぎ過ぎなデイジーは楽しく、それらしく祭りを楽しんだ。
陽が傾いてくると人々はおもむろに会場方向へと足を向け始める。
花火の時間に合わせて広場へ向かうのだ。
テイラとデイジーもそれにならい、急ぐでもなく方向を変えていく。
歩調を同じくした人々の会話がよく聞こえてくる。
「今年は心配だったけれど無事こうやって祭りができてよかったね」
「ママ〜花火って明日もある?」
「帰ったら洗うわよー」
「あれー!久しぶり〜!」
十人十色の会話の中で、会場へ近づくほどに少し気になるものも出てくる。
「今年の祝辞とんでもなく強いらしいよ」
「酒場で練習を見た人がいるんだって」
「その魔法をかけられた人はこの冬飢えないらしいよ」
「気にしちゃダメ」
と、デイジーが顔を覗き込んできながら言う。
「…はい」
祭りが終われば程なくして落ち着くだろう。
私はデイジーの手をまた握らせてもらった。
「うぐぐ」
「ね、ねえいつもこんな感じなの?」
「そんなごとはないでず」
会場に着くとあまりの密度に圧迫される。
「花火、人気なのね」
「もしかしたら祝辞の話を聞いた人がいつもより集まってるのかもしれないですぅ」
ぎゅーぎゅーに揉まれながら待つと、やがて遠目にコーネが登壇するのが見えた。
豊作を祝う祝福の魔法だ。これが花火打ち上げの合図となる。
距離があるので上手く声は聞き取れないが、長々と語りをしている。
きっと例年通り、実りへの感謝と、今年あった大きな事件事故へのお悔やみだろう。最後に来年の豊作を願ってから、会場全体へ魔法をかける。
遠目でも、私の作った羽が掲げられたのがわかった。
コーネが呪文を唱えると、羽は金の粉となり、会場にいる民へ降り注ぐ。
それは立派な羽で、きちんとした魔法で、
いつもの祝福だった。
「ん?今のが噂になっていたやつ?」
「おい誰だよ適当なこと言ったやつ」
会場がざわつく。
そのうち1人の女性の声が響いた。
「大きな祝福がもらえるんじゃなかったの!?私はこの冬どうやって生きていけばいいの!?」
会場はシンと静まり返った。
少ししてから
「そうだよ。かなりの作物がダメになったんだぞ。飢えるに決まってる。」
「貴族さんが解決してくれるって言うから俺は信じたのに」
「嘘よね?助かるよね?」
「結局貴族は平民のことなんてどうだっていいんだ」
「落ち着いてください」
「お前らは貴族相手の仕事だろ!貴族と関わらない民は飢えてお前らは助かるんだろ!」
「そうだそうだ!お前も貴族側なんだろ!」
人々の感情が昂り、ついに衛兵の1人が民に掴み掛かられた。
一気に周辺で怒号が飛び交う。
止めようとする者も一緒に“貴族派”のように扱われ怒号の対象となり、波が広がっていく。
人が荒く動き、気づけばデイジーと逸れてしまっていた。
混乱する人々に流されるままでいると、そのうち声が飛んできた。
「お前羽売りじゃないか?あれはお前売った羽か?」
「まさか、貴族と結託して民に使う羽を粗悪品にしてるんじゃないか?」
「えっ」
「お前も貴族側だろ」
「昨日貴族と話してるのを見たぞ。打ち合わせたんだろう!」
次々に言葉が飛んでくる。
「わ、私は、そんな事!してないです!」
「信じられるか!」
言葉を真っ向から信じてもらえない場合、どうしたら疑いが晴れると言うのか。
あまりの理不尽と狂気に言葉を失う。
「い、いや!」
逃げようと後ずさるものの、人混みの中で逃げ場がない。
「おい!ふざけるな!逃げるな!」
逃げる道などない中
目の前に男の手が伸びて来ると
ーーーーーッシャァァン!
目の前に雷が落ちたような轟音と閃光が放たれた。
目が眩んで何が起きたのかがわからない。
「キャー!!」
悲鳴が聞こえる。
まだぼんやりとした視力でそこを見る。
だんだんとピントが合って来ると、腕を押さえた男が赤黒く横たわっているのが見えた。
他にも周りの何人かがテイラの周りをぐるりと避けるようにぐったりと倒れ込んでいる。
「こいつ俺らに攻撃したぞ!」
「酷い!飢えさせるだけじゃ足りないの!?」
「今のは魔法だよな?やっぱりお前、貴族に守って貰っているじゃないか」
フルフルと首を横に振るのが精一杯であった。
何が起きているのかなんて、私もわからないのに。
「チッ お前がやった癖に何で被害者みてぇなツラしてんだよ!お前が!やったんだろうが!」
怒号が飛んできた。
同時に鈍い音が身体に当たる。
ドン!と花火が上がった。
花火の光に照らされたそれは半分ほど齧られた林檎で、地面に転がった。
深く考える間も無く、次に砂が飛んできた。
「キャッ」
咄嗟に頭を庇い目を瞑る。次の瞬間、髪をグッと掴まれ引きずられはじめる。
「いや!やめて!やめてください!」
ヒュー ドン!
花火の音とざわつく群衆の声にかき消される。
足をばたつかせて抵抗するが、抑えつける男の人数が増えるばかりでズルズルと地面を引きずられる。
(怖い怖い怖い怖い怖い)
恐怖心で満たされた思考。
勝手に涙が溢れて来る。
一体私が何をしたと言うのか。
私の何が悪かったと言うのか。
花火の光で一瞬だけ照らされた身体は
無数の擦り傷と、破れた服がボロボロになっている様子だった。
何メートル引きずられたのかわからないが、ふと、視界に赤い髪が映る。甘い香りがする。
「助けて…お願い」
咄嗟に手を伸ばした。
----------------------
デイジーはテイラを探していた。
「きっとあの子も標的にされるわ」
追跡魔法で位置を把握するものの、群衆の密度が高すぎて身動きがとれない。
「きゃー!」
「わぁぁああ」
把握した位置ではない方角からも何人か助けを求める声が聞こえて来る。
会場では無数の混乱が起きていた。
日が沈んで視界も悪くなり、思うように動けない。デイジーは羽を取り出し、目立たぬよう拳の中に丸め入れ、小さく呪文を呟き体の強化を図る。次いでもう一つ拳に入れ、夜目が効くようにもした。
人混みをかき分けやすくなると、テイラを目指して歩き出す。
しかし間も無くして
「ママ?ママ?どこ?」
かき分けた先で幼い少女が母親を探していた。
一瞬見捨てる選択肢も浮かんだが、これを無視できる性格ではなかった。
すぐに少女を抱き上げ
「もう大丈夫よ。一緒にママを探してあげるわ。」
そう言って羽をまた拳に入れ、抱き上げた少女の髪飾りに所有者を指す魔法をかけた。
するすると金の粉が糸状に舞い、母親の方向を目指し伸びる。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
母親は比較的近くにいた。
安心してまたテイラの方向を目指す。
すると前方から一瞬閃光が走った。
デイジーの耳飾りが震え共鳴している。
「テイラ!」
人をかき分け速度を上げる。
人の密度がもどかしい。
ドン!と花火があがり、会場がパッと照らされたが、まだテイラの姿は見えない。
「あっ」
人の波に揉まれるうちに、強く当たった瞬間
羽を入れたポーチが外れ落ちた。バラバラと舞い落ち人に踏まれ穢れる。
この混乱の中拾い集めるのは危険だ。
すぐに諦めテイラの救出を優先し、また人混みを掻き分ける。
「テイラ!」
視界に入ったテイラは、頭を腕で覆い守りながら耐えボロボロだった。
一張羅だと笑って見せた服は破れ、か細い脚に血が滲んでいた。
まだ治りきっていない足首では踏ん張りも効かなかっただろう。
「テイラ!」
もう一度叫ぶと気付いたのか、デイジーを見て手を伸ばす。
伸ばした手と手がつながり、テイラが言う。
「助けて…お願い」
癖でサッと腰の羽入れに手を伸ばすが、無い。
覚悟を決めテイラに抱きつき、力いっぱい男共から引き剥がすと、怒号が飛んできた。
「仲間か!?」「お前も羽売りか?」
テイラは小さく震えていた。
「あなたたち!考えればわかるでしょう!?まだ子供よ!何ができるって言うの!?」
「俺はそれよりも幼い子を食わせてんだよ。そいつのせいで飢えさせるわけにはいかねぇんだ」
「この子を捕らえたって解決しないわよ!」
「それは捕らえてみないとわからないだろ。可能性に欠けるしか、俺たちには残ってねぇんだ」
「そんな…じゃあこの子はどうしたら無実が晴れるのよ!?」
「知るか!じゃあ俺らはどうしたら助かるんだよ!」
「っ…」
口ごもっていると、テイラが小さく口を開いた。
「デイジーさん…助けて下さい」
そう言ってテイラは欠陥品の羽を差し出した。
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抱きしめられ安心する。身体中が痛い。
私はもう、
もう理解していた。
この羽だ。
この羽が魔法を増幅させるんだ。
コーネが最高品質の羽を使ってもだめだった。
丁寧に作るとか、見た目が良いとか、大きいとかでは無い。
血のついた羽。
それをデイジーに差し出し、言う。
「助けてください」
「…良いのね?」
この羽を使えば後戻りはできない。
テイラは“例の羽“を持つ羽売りとして確実に認識される。
それは周りから見れば、この混乱を作ったと認めるようなものだった。
私には、群衆を説得できる力量はなく、
無実を証明するには足りず、
解決の道筋が見出せるほどの学もない。
ならば、もはや選択肢はない。
このいわれのない罪を背負い消えよう。
「はい。」
デイジーは羽を受けとり強くテイラを抱きしめ唱えた。
「ウォラートゥス」
閃光と共に、一瞬で上空へ飛び上がった。
ドン! ドン!
花火の広がる空に2人の影が小さく浮かぶ。
花火から散る火の粉と魔法の金の粉が混ざり合い、夜空は幻想的に輝いた。
「ママ、とっても綺麗ね」
「そうね」
人々の上に作り出された美しい景色は、
混乱の中夜空を見上げる無垢な者だけが見ていた。
数年前、家族と手を繋いで夜空を見上げていたテイラのように。




