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第23話 ハンカチ

「……S. Nijikawa」

 小さく、声に出していた。


 街灯の下。手の中にあるハンカチを、もう一度見つめる。

 見間違いじゃない。

 刺繍されたその文字は、はっきりと読める。

「虹川……ソラ……?」


 胸の奥がざわつく。


 1年間、ずっと追いかけていた。笑って、泣いて、画面越しに何度も救われた。


 あの名前は、俺にとってただのVtuberじゃない。


 ーーそして。

 俺が終わらせたかもしれない人。


「……なんで、こんなところに」


 アパートの前。

  俺の住んでいる、この場所に。


 そんな偶然、あるのか?

 いやーー

「……考えすぎなのか?」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 珍しいとは思うが、もしかしたら現実にいる苗字なのかもしれない。もしそうなら、イニシャルだって被ることはある。


 ーーでも、

 問題はそこじゃない。

 これがアパートの敷地内に落ちていたこと。



 ーー!


「詮索しないって、決めただろ」

 ぎゅっと、ハンカチを握る。


 あの時、決めたんだ。もう二度と、誰かの中の人に踏み込まないって。


 知ろうとしない。

 それが俺にできる、最低限の責任だって。


「でも……返さないとなぁ」

 顔を上げる。


 少なくともこれは落とし物だ。誰かの大事なものかもしれない。


 交番に届けるのはありだけど、このアパートの人なら、自分で渡したほうが持ち主にとってはスムーズだろう。


 それに、もし俺が拾ったとしても、虹川ソラを知っているとは相手は知らない。


 あぁ……でも、桃西さんは知ってるか。



 それでも、自分で返すべきか……交番に届けるべきか……。


 ーーガチャ!


 突然横の部屋の扉が開く!

 黄城さんだ。


 慌ててハンカチをポケットにしまってしまった。


「……あ」

 思わず、体が固まる。


「健介さん!」

 黄城さんの顔がほんのり赤い。

 さっきまでお酒を飲んでいたのかな?

 足取りも少しふらついている。


「こ……こんばんは」


「健介さんは今帰りですか?」


「まぁ」


 普通の会話。なのに、妙に意識してしまう。


 ……今、聞くか?

 このハンカチのこと。落としたかどうか。


 聞けば分かる。もしかしたら、すぐに持ち主が判明するかもしれない。


 でもーー

「……どうしました?」


「え?」


「なんか、固まってましたけど」


「あー……いや、なんでもないです」

 慌てて誤魔化す。


「そっかぁ」

 黄城はにこっと笑うと、そのまま俺の横に並ぶ。


「今日、楽しかったですか?」


「今日?」


「はい!どこか行かれてたんですよね?」


「あぁ……そうですね。友達と飲みに」


「それは良かったですね!」

 何か、普段よりホワホワしている気がする……。なんか可愛い。



「今度は私が楽しませますからね!」


「今度?」


「あー、忘れちゃったんですか?」

「グラタンですよ!グラタン!」


「あぁ!そういえば作ってくださるって言ってましたね!」


「そうです!」

 嬉しそうに頷く。

 その顔は、いつも通りで。


「楽しみにしててくださいね。じゃあ……おやすみなさい!」


「ああ、おやすみなさい」


 軽く手を振って、黄城さんは部屋に戻っていく。


 その背中を、しばらく見送る。

 ーー静かになったアパートの前。


「……違う、よな」

 ぽつりと呟く。


 あんな様子で、隠し事なんてーー


「……いや」

 頭を振る。


 誰が虹川ソラかなんて分からない。

 分かるはずがない。分かっちゃいけない。

 虹川ソラを秘密にしている方がきっと彼女のため。

 知らないままでいい。


 そう言いながら、ポケットからもう一度ハンカチを取り出す。


 ハンカチを街灯にかざす。

「S. Nijikawa」


 その文字は、さっきよりもくっきりと見えた。


 ……。


 しばらく見つめたあと、静かにポケットにしまう。


 その夜。

 ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。

 頭の中に浮かぶのは、ひとつだけ。


 画面越しに笑っていた、あの声。


「……もし」

 小さく、漏れる。


「もし、アパートの誰かがーー」

 そこで、言葉を止める。


 考えるな。

 それ以上は、踏み込むな。


 目を閉じる。

 それでも。

 ハンカチの感触だけが、やけにリアルに残っていた。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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