第17話 お手伝い
「じゃあ……改めて説明するね」
彼女は台本を見せながら、俺に説明してくれた。
「私の役はもちろんこのお姉さん。彼女は、いつも電車で隣に座る男の子にイタズラをしかけるって役だから、健介くんはその男の子だと思って聞いて欲しい」
「俺のセリフは無いんですか?」
決して演技は得意ではないが、もし読むだけでも彼女の演技のためになるなら、頑張るに越したことはない。
「大丈夫!健介くんはとりあえず聞いといてくれればいいよ。やって欲しいことを強いて挙げるなら素直な気持ちでいて欲しいかな」
「素直な気持ち……」
「うん。健介くんの表情を見ることで、私が私を客観視できればと思って」
「なるほど。できるだけ頑張ってみます」
……すごい。
自分の役のことだけでなく、聞く相手のことについても考えて演技する。やはり声の仕事をやっているだけあって、素人の俺なんかと見るべき観点が違う。
……できるだけ、素直に…素直に。
「じゃあ、電車の音つけるね」
彼女はパソコンから電車の走っている音を流し始める。
「えっ?」
「えっ?この場面は電車の中で起こることだからね。そこまで意識するよ」
……ガタンゴトン!……ガタンゴトン!
……やっぱりプロ意識がすごい。
部屋中に響き渡る電車の音から、俺も本当に電車に乗っている気分になる。
「じゃあ…始めるよ」
紫藤さんが、俺の隣に座る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「少年……いつも隣にいるね。……私のこと、好きなの?」
……少年?
ーーあっ……そっか俺、今はこの台本の中のキャラクターなんだった。
いつも呼ばれない、呼ばれることのない呼称に少しムズムズする。
「え?」
「この車両のこの位置が、駅から学校に行くために1番効率の良い場所だって?」
紫藤さんがニヤついた顔になる。
「ふん……なんだ……私と同じワケか。まぁ……違うのはそのやる気かな」
「はぁ……なんでって?」
紫藤さんは俺に全身を見せつける。
「見て分からない?」
……ん?
いつもの彼女の姿だ。
キャミソールに薄いパーカーを羽織り、下はショートパンツ。
最初はその格好に戸惑ったが、今は少し慣れた。
自分の髪に触れる紫藤さん。
「お姉さん……髪乱れているでしょ?服も……」
彼女が後ろで束ねていた髪を解く。
「……ごめん健介くん。今こんな格好だけど、スーツっていう想定ね」
小声で囁く紫藤さん。
……なんかASMRみたい
「お姉さんの働いてるところ……ブラック気味の会社でね、あまり眠れていなくって……」
「できるだけ寝る時間を確保したくて……駅から最短で行けるこの車両がお気に入りなの」
紫藤さんは俺の耳元に向かって、イタズラっぽく囁く。
「最近だと……電車で立ちながら寝れるよ……んふふ」
……恥ずかしい!
これをやって紫藤さんは恥ずかしくないのか?
「……ふふ。健介くん照れてるの可愛い。いいよ。そのまま素直な感じでよろしく」
役から離れての俺への囁き。
役とのギャップで頭が混乱しつつも、頭が昇天しそうだ。
紫藤さんは俺の正面に顔を向け、小さい子を見守るような顔になる。
「だから……少年のそのやる気が羨ましい……」
……おぉ。
「ごめんね。健介くん。ここで台本だと、電車が揺れて、お姉さんの胸が少年に当たる演出なんだけど、流石にそれはやらないから。あくまで当たってる想定でよろしく……」
……少年が羨ましい。
「キャッ!」
紫藤さんがが上目遣いで
「……エッチ」
ーー!!
紫藤さんの照れてるような、からかっているような顔が自分の目の前にくる。
「ちょっと少年……胸当たってるんだけど……」
……作品の少年が羨ましすぎる!
異世界転生するなら、俺はこの少年になりたい!
「えっ?満員電車の中だから、身動き取れないって?」
「それに……なんか困ってる感じ出してるけど……本当は嬉しいんじゃない?」
紫藤さんが俺の耳元で囁く。
「私のこの大きな……ムネが当たって」
「ねぇ……私の大きさ、どのくらいだと思う?」
紫藤さんがニヤついた顔になる。
「たぶん……少年が見たことある人の中では1番大きいんじゃないかな?」
「んふ……少年顔赤くなってる……可愛い」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そうして、俺の少年役が終わった。
「終了〜!ありがとうね。健介くん」
「いえ、お役に立てて良かったです」
……衝撃が凄すぎで、うまく話せない。
「本当に助かったよ。私のセリフ一つひとつに反応してくれて、とっても勉強になった。ありがとう。どう?……健介くんから見て、私、どうだった?」
「いや……なんか正直途中から役のお姉さんなのか紫藤さんなのか混乱しちゃいました。多分……そうなってしまったことこそが、今回の演技が凄かった証明だとは思うのですが…」
「本当に⁈嬉しい。ありがとう!」
「私、オーディション頑張るね!」
「健介くん、今から時間ある?良かったら、お昼ご飯奢るよ」
「良いんですか?暇なので、ぜひ一緒に行きたいです!」
「じゃあ、準備するね」
「キャッ!」
ガタンッ!
ーー紫藤さんが準備のために立ちあがろうとした瞬間!
足を踏み外してしまう。
そして俺の体の上へ……
ポヨンッ!
「ごめん健介くん、大丈夫?」
体は大丈夫……大丈夫なのだが……
俺は体の上に乗っかってしまった柔らかい物の存在に意識が持っていかれる。
「あっ!……本当にごめんね。健介くん。当たってたね」
紫藤さんがニヤついた顔になる。
「たぶん……健介くんが見たことある人の中では1番大きいんじゃないかな?」
お読みいただき、誠にありがとうございます。
この作品の感想やブックマーク、評価をして下さるとありがたいです。筆者が泣いて喜びます




