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第16話 お姉さんの部屋

「お邪魔しまーす…」


「どうぞー。ちょっと散らかってるけど許してね」


 紫藤さんに案内され、俺は部屋へと足を踏み入れた。


 ーー!!


 管理人として、この部屋の間取りは当然知っているはずなのに、置かれている家具や物が違うだけで、まるで別の空間に見える。


 右奥にはベッド。

 その周りにはぬいぐるみがいくつも置かれていて、どこか可愛らしい雰囲気。

  その一方で、手前の机には飲みかけのペットボトルやお菓子の袋が散乱している。


 ……生活感、すごいな。


 どこを見ていいのか分からず、視線の置き場に困りながら部屋の中を進む。


 ――うわっ!

 ドンッ!!


 足元にあった何かに引っかかり、思いきりバランスを崩した。


「イテテ……なんだ?」


 尻餅をついたまま、原因になったものを手に取る。


 ――……え?

 ……これって。


 ……いや、待て。


 一瞬、思考が止まる。


 指先に触れる柔らかい布。

 レースの感触。


 ーー理解した瞬間。


「ちょっと!紫藤さん!」

 反射的に叫んでいた。


「それ……」

 俺の手の中にあるのは、黒い下着だった。


「あ……ごめんね健介くん」

 紫藤さんは少しだけ苦笑しながら、こちらに歩み寄ってくる。


「流石にそういうのは片付けたつもりだったんだけど、残ってたか」


「残ってたか、じゃないですよ!」


 慌てて手を離そうとする俺から、ひょいっとそれを取り上げる紫藤さん。


「今日のお駄賃ってことで」

 くすっと笑う。


「何言ってるんですか!」


「ふふ、ごめんごめん」


 軽く笑いながら、紫藤さんはそれをさっと片付けに行った。


 ……ふぅ。

 刺激が強すぎる……。


 俺は一度深呼吸して、落ち着こうとする。

 ふと、部屋の隅に視線がいく。


 そこには、大きめのデスクトップパソコンとマイクが設置されていた。


 ……なんか。

 Vtuberの配信デスクみたいだな。


 ……いや。

 こういうの、深く考えるのはやめよう。


 俺は“そういうのを詮索しない”って決めてるんだ。


「お待たせ、健介くん」


 片付けを終えた紫藤さんが戻ってくる。


「あぁ、気になっちゃった?」

 俺の視線の方向に気づく紫藤さん。


 少しだけ悪戯っぽく笑う。

「実は私、声のお仕事やっててね。あれはそのための機材って感じかな」


「声の仕事……?」

 Vtuber?それとも、声優さんとかか?


「そう。でね……」


 紫藤さんは少しだけ表情を和らげる。

「今日は、そのことで健介くんにお願いがあって呼んだの」


「お願い……ですか?」


「うん。実はある役のオーディションがあって、そのキャラを演じるから、感想欲しいの」

 ……あまり深く聞いて良いかわからないけど、もしかしたら紫藤さんは声優さんなのかもしれない。

 声優さんも自宅で声を録って、オーディションテープとして送るらしいし、設備はそのためか。


 でも、なおさら……

「俺で良いんですか?」


「こういうのって、同業の人に聞くとどうしても甘くなったり、逆に厳しすぎたりするのよね」


 なるほど……


「だから、健介くんみたいに“何も知らない人”の感想が欲しくって。それを聞いて改善しようと思ってる」


「本当に俺でいいんですか?役者とか、全く経験ないですし……」


「いいの」

 即答だった。


「むしろ、健介くんがいい」

 ……なんか、ちょっとドキッとする言い方だな。


 紫藤さんは机の引き出しを開け、中から一冊の冊子を取り出す。


 それを俺に差し出した。

「これを演じる私について感想が欲しいの」


 受け取る。

 A4用紙がホチキスで留められた台本のようなものだ。


 ーーえ?

 表紙に書かれていたタイトルを見て、思わず固まる。



『電車でいつも隣の席のお姉さんがイタズラしてくる』



 ……いや。

 タイトル、強くない?


 思わず顔を上げると、紫藤さんがにやりと笑っていた。


「ね?」

「ちょっと面白そうでしょ?」


「いや……まぁ……」

 否定はできない。



 むしろ、めちゃくちゃ気になる。


「これのね、演技をするから」

「健介くんに、感想を聞かせてほしいの」



 そう言って、紫藤さんは一歩近づく。

 距離が、少しだけ近い。


「ちゃんと聞いてね?」


 その声は、さっきまでよりも少しだけ低くて。

 どこか、耳に残る響きをしていた。


 ……なんか。


 とんでもないことに巻き込まれた気がする。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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