永野重雄 / 日本の実業家 (1900-1984)
永野 重雄(ながの しげお、1900年7月15日 - 1984年5月4日)は、日本の実業家。新日本製鐵会長・経済同友会代表幹事・日本商工会議所会頭などを歴任した、戦後日本を代表する経済人の一人。財界四天王の一人といわれ、"戦後の財界のドン"ともいわれた。正三位勲一等旭日桐花大綬章。広島市名誉市民。島根県松江市生まれ、広島県広島市南区出汐育ち。出典:Wikipedia
(社長秘書課長への言葉)キミがオレの秘書課長をやっていると、いろいろ周りからのやっかみや悪口が多くなるだろう。しかし、ガタガタすることはない。オレはいかなるときでも、キミを信じているからな 永野重雄
宮城の石垣を見てごらんなさい。大きく立派な石ばかりではありません。小石や形の悪いものなど、いろいろなものが混じってはじめて、ああいう美しい石垣ができるのです。会社も同様で、秀才ばかり採用していたら、会社はたちまち行き詰まってしまいます。本当に会社で欲しい人材は、秀才よりも、むしろ平凡な人たちなのです 永野重雄
いい商品は、必ず世の中は気がつく。それまでの辛抱だ 永野重雄
(広畑製鉄所を)取れなかったら腹を切る。日本経済の将来のため、製鉄業を外国資本に任せられるか 永野重雄
人は後ろから声をかけられると、相手に親しみを憶えるものらしい 永野重雄
私は、経営というのは簡単で一時的に相手の信頼を得たりするような便利な言葉を使っても、これは永い目で見ると押し通せるものではありません。やはり、永い時間に耐えるものは「真実」、「誠実」これにつきますね 永野重雄
ロビンソン・クルーソーのように一人島で暮らす場合、せいぜい魚を何匹釣ったといった程度ですが、社会というのは人間の集団です。その人間の集団の中で仕事をしようとすれば、大勢の仲間が協力して初めて5倍、10倍の力になる。その原動力はともに心の通い合う人間の「友愛」なんですね。いまご紹介があったように、私が引き受けた会社は、第一次大戦で破産した会社ですからね。社員は13名。文字通りの中小企業なんですよ 永野重雄
昔はこの人間社会に特別な秘訣がありませんでしたね。自己をあるがままにさらけ出し、相互に信頼を勝ち取る。あとは各論の問題ですからね 永野重雄
人間というのはお互いを知ることから始まるんですね。企業でも人間の集団ですから同じなんです。ただ、これが千人、万人になってくると、なかなか記憶できない。ところが、300人ぐらいだと、だいたい覚えられるんですよ。この社員は甘党か辛党か、家族構成はどうかとかね。社員の方も、親近感が出てくるんですよ 永野重雄
やはり、人間同士を知るというのは、300人以下ですね。いまさら、軍隊の話もなんですが、例をとりますと、中隊単位です。隊長がおやじであとは家族、この範囲だと一人ひとりの気分までわかる。趣味から家族とか親戚を含めてね……。この範囲なら単位が固いからその単位を集めていけば、これが300倍になっても強いのです 永野重雄
事業を成り立たせる秘訣は、結局、人間の信頼と企業力なんですね 永野重雄
不況を望むものではないし、いま痛い目にあっているが、(昭和)47、8年頃までの有頂天な状態が続いていたら日本は英国病にかかっていたでしょうね。米国もそうなんですが、やはり次の大きな抵抗力がなくなるから、その時の打撃は非常に大きい。その意味で、いまは引き締めの時なんですね。これは、次の時代にとってはいいことかもしれませんね 永野重雄
欧州欧州連合(EU)が誕生したように、「世界一国論」を訴える 永野重雄
(ロバート・シューマン博士・後の首相について)シューマンはフランスではナポレオン以上の英雄 永野重雄
世界一国論 ー これはシューマン・プランを拡大したもの。全世界が無関税になれば、農産物、工業製品、なんでも安く輸出入できるから、人類にとってこんなに幸福なことはない。それでも貧乏な国には、豊かな国が援助すれば済む 永野重雄
私ほど中小企業を理解している財界人は少ないと自負している。体験的に零細・中小企業者の心がわかるからで、『日本経済石垣論』である 永野重雄
ちょうど日本経済の縮図である。大石が大企業であり、中、小の石が無数の中小、零細企業である。中小企業は日本経済の旗手であって相互に支え、補完、調和する日本経済の礎石でもある。日本経済も、格好のいい企業や大、中企業だけならばバランスが崩れて第一次オイル・ショックや不況の衝撃で崩壊してしまい世界第二位のGNPを誇る工業国になれなかった 永野重雄
私の信条 ー (師・松永安左衛門が書いたもの)孤高に陥らず 孤独を恐れず 永野重雄
僕の長い人生でも、富士・八幡両製鉄の合併は、まさに心命を賭した大仕事だったな 永野重雄
直線的に昇進せず、停滞したり、逆行したり、左遷させられた経験が大いに役立った 永野重雄
若いうちの苦労は年取って花開く、左遷を栄転に逆転する 永野重雄
九州に左遷されるといっても、あの不夜逃げの苦しみと比べたら楽なもの 永野重雄
(夜逃げの体験について)私の生涯で一番勉強になったのがこの時期です 永野重雄
小さな租織に入って門前の小僧で何でもやったことが、どんなに役に立ったかわかりません 永野重雄
君は夜逃げをしたことがあるか、社員の給料が払えず夜逃げをした人生体験がバネになる 永野重雄
いま思い出しても身の縮む思いがする。もう破産よりないというところまで、何度いったかわからない 永野重雄
人生にはプラス、マイナスの波がある。気持ちのスイッチでマイナスをプラスに変えなくては人生の落伍者になる 永野重雄
(広畑製鉄所争奪戦での言葉)取れなければ腹を切る 永野重雄
いく度か出会った危機・困難を結局切り抜け得たのは闘志のおかげだ 永野重雄
男一匹、相手を殴るような気迫がなければいい仕事はできない 永野重雄
人間は夢を持たねばならないが、それを実現すべく努力しなければならぬ 永野重雄
日本の産業は今、これまでの一国経済から世界経済へと移行しつつあり、日本の企業はそのために体質改善を好むと好まざるとに関わらずしなければならない。紙しかり、自動車しかり、金融またしかり。今その口を鉄(製鉄業)が切ろうとしているのである 永野重雄
ついに夜逃げするよりなくなった。話には聞いていたが、こんなにたまらないものかと、身に染みて知らされた 永野重雄
独りよがりになるな。しかし、いったん信じたことは反対を恐れず思い切ってやれ 永野重雄
私の悪口はすぐに報告しなさい。しかし、言った人の名は言わないでください 永野重雄
会社でお茶飲んで話すだけなら、お互いに相手を理解し合うまでに一年かかる。酒の付き合いなら一ヶ月だ 永野重雄
タテ糸とヨコ糸がしっかりからみ合って、はじめて強い組織が出来上がるように、企業組織も、タテの関係のほかに緊密なヨコの連繋が必要である 永野重雄
仕事をしてゆくうえで、感謝の気持ちほど貴いものはない 永野重雄
あまり秀才ばかり新日鉄に入れると、新日鉄の組織は弱体化し、バイタリティがなくなってしまう 永野重雄
企業はつぶれてはなんにもならない。不況になったら対策を考えるのは当然だ。民族には千年、万年の将来があるのだから、経営者はつねに新しい技術と設備が次の経営力をつくることを念頭におかねばならない 永野重雄
本作は物語ではありません。大きな感動も、劇的な展開もありません。ここにあるのは、そっと心に触れる短い言葉だけです。
毎日を生きていると、理由は分からないけれど疲れてしまう日があります。長い文章は読めなくても、一言なら目に入ることがあります。
「今日はここまででいい。」「明日頑張ろう。」そんな気持ちになれる言葉を集めました。
人生、努力、失敗、立ち止まること、休むこと、また歩き出すこと。自己啓発系を中心にしながらも、強さだけではなく、弱さを抱えたまま生きる言葉を選んでいます。
どこから読んでも、途中で閉じても、何日空いても構いません。元気な時には気づかなかった一文が、疲れた日にだけ、そっと意味を持つことがあります。この名言集は、そんな「出会い」を大切にしています。
必要な言葉だけ、必要な分だけ、受け取ってください。




