「……私はお子ちゃまなどではありません」
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俺が死ぬ予定だった日から三ヶ月が経った。
荒らされた部室はすっかり元通りになり、写真部は今までどおり活動を続けている。いや、以前とは雰囲気がかなり違う。
気付いているかと思うが、荒井はLSX70の呪縛から解き放たれたおかげで、すっかり元の性格に戻った。モコが以前ツンデレだとか言っていたが、まあデレたわけではないけどツンではなくなったのだ。
俺の想像していた通り、荒井と賀田川はこの上なく気が合った。写真部が豆電球からLED電球に変わったかのように明るくなった。
あの『カット・デスサイズ』という不吉な名前の美容院は閉店した。閉店せざるおえないといったほうが正しいか。
従業員たちは首が無い状態で店内で発見された。あのメインフロアの奥に従業員用のロッカールームがあったらしく、そのロッカーにご丁寧に折りたたんで一人一人しまわれていたそうだ。首も一緒に。報道はされていないが、デスサイズでやられたに違いない。
俺がメインフロアを見たときは薄暗くて、奥のロッカールームには気付かなかった。気付かなくて、よかった……。たぶん、俺が行った時点で、既に従業員たちはロッカーの中に収納されていただろうから。
あんなわけの分からない占い師なんか居候させなけりゃ、あの美容院もまだ健在だったろうに。
聞いた話によると、あの美容院は以前『スマイリー・ヘブン』という名前だったそうだ。それが小田銀四郎が来てから『カット・デスサイズ』なんていう不気味なものに変わり、デスサイズが飾られたそうだ。
そうそう、忘れちゃいけない小田銀四郎。
あの美青年面してその実、品の欠片も無い幸福操師は、死体となって発見された。
あの日――小田銀四郎は『カット・デスサイズ』から逃げ出した後、何者かに殺されたのだ。死体は『カット・デスサイズ』からさほど離れていない路地裏で、近くの住民が見つけたという。ただ、死体は身元不明で、未だに身元不明のままだ。
別に死体が検分不可能なほどに損傷していたわけではなく、単純に小田銀四郎という男が日本にはいなかったのだ。
あの野郎、本名を名乗るのが礼儀だと言っておきながら……。見るからに日本人じゃなかったあいつの名が、小田銀四郎だと信じた俺も俺だけど。
そのニュースは新聞やテレビで報道され、通り魔事件の時と同じくらいマスコミがこの町にやってきた。それはひとえに、小田銀四郎の左目が潰れていたうえに、顔の内部に精密機器が仕込まれていたことにある。そんな奇怪な死体、そうそうお目にかかれない。
結局、その機械が何だったのかは解明されなかったが。
そしてデスサイズは現場で刃が真っ二つに折れた状態で発見されたという。報道では「大鎌」となっていた。
左目が潰されその内部に精密機器、さらに大鎌という報道を聞いて、俺と荒井はすぐに小田銀四郎だということに気付いた。賀田川と英輔も左目に精密機器という部分で分かったようで、通り魔事件の犯人がこの世からいなくなったことに安堵していた。
荒井が言っていた通り、小田銀四郎の寿命は本当に残り少なかった、というか俺と同じ日に死ぬことになっていたんだな。
――と、思いきやそうではなかった。
「あれはハッタリだったんだよね」
と荒井は言った。「いや、咄嗟に思いついたんだよ。寿命が分かったらすっごいビビるだろうなって。まさかあそこまで怖気づくとは思わなかったけど。だからLSX70であいつを撮ったわけ。寿命はガッツリ残ってたよ」
だそうだ。
……と考えると、俺の寿命が延びて、小田銀四郎の寿命が縮んだのだろうか。つまり、運命が書き換えられた、ということなのか。小田銀四郎にとっては最悪の方向へ。
小田銀四郎の死は、どう考えてもあの鉄球と短剣を操っていた人物によるものだと考えるのが普通だろう。ならばそいつが、運命を書き換えたことになる。
『カット・デスサイズ』の向かい側のビルにいた人影、あいつだ。
俺と荒井はあいつのことを『救世主』と呼び、いったい誰が何の目的で小田銀四郎を追い払い、殺したのかを考えている。荒井はもう考えていないか……。
ヒントは小田銀四郎の言葉の中にある。
『ウンメイゴロシ』
ウンメイは『運命』で間違いないと思う。ゴロシは『殺し』だろうか。俺はそう推測している。
だがヒントはこれだけ。何かが分かるはずがなかった。
ネットで検索をかけても、それらしい情報は皆無だった。手がかりがあまりにも少ないのだ。
そしてこれは俺だけじゃなく荒井も同じことを考えているが、LSX70を破壊したのも救世主の仕業だろう。
……分かんねー。
結局は全部推測っつうか俺の想像でしかないじゃんか。あーあ。
「もういいんじゃないの? とにかく助かったわけだしさ。それともあんた、生きていることに感謝してないの?」
荒井にこう言われたことがある。
いやいや、もうすんげえ感謝していますとも。
なんというか、吹っ切れた。
一時期とはいえ自分の余命が分かったことは、俺の考え方に大きな変化をもたらした。
いつ死ぬか分からないことより、いつ死ぬか分かっているほうがはるかに恐かった。分からなくていいこともあるんだ。
そもそも、俺はLSX70で寿命が示されると知った時、どうしてすぐさま自分を写さなかった?
その気になればできたはずだ。荒井から無理やり奪ってでも、自分を写せばよかったんだ。
なぜやらなかった?
――恐かったんだ。
自分の寿命を知るのを躊躇ったんだ。
世界はおもしれーもんで溢れていることを、分かっているから。
いつぞや某お子ちゃまがぬかしていたことだけど、その全部を消化するのは不可能だ。でもそれはつまり、世界に見切りをつけることなく生きて、そして死んでいけるということなのだ。見切りをつけてしまうことほど、悲しいことはない。
俺はもう、迷わない。迷っていない。
やりたいことを、やろうじゃないか。
「先輩、『俺、すげえ壮大なこと考えてるんだぜ』的な顔していかがなさいましたか?」
「あ?」
人がすげえ壮大なこと考えてるときに空気も読まずに話しかけてきたのは、某お子ちゃま――モコだった。
部室の入り口から顔をひょっこり出して、何やら変態でも見るかのような視線を寄こしてきやがる。失敬なやつだ。
「よう、モコ太郎」
「人をハム太郎みたいに呼ばないでください」
モコは部室に入ってきた。
今日も小さな体なのに首からでかい一眼レフを提げて、スクールバックには剣玉の球の部分を少し覗かせている。「あれまあ、今日も盛り上がってますね」
「ああ、そうだな」
俺とモコはキャッキャはしゃいでいる荒井と賀田川を眺めた。今はクリスマスパーティーの打ち合わせをしているらしい。ってまだ十月じゃねえか。
「時に先輩、私、もう待ちくたびれたのですが」
「あ? 何を待ってんだ?」
「私にフランス料理を奢ってくれると仰ったではありませんか」
「フランス料理? ……ああ、お子様ランチだろ」
冗談で言ったつもりだったけど、まだ覚えてたみたいだ。
あの時のことは、思い出しただけで赤面必至だ。俺が唯一このお子ちゃまに不覚を取った珍事だ。くぅ。
「いえいえ、私にはそのような食事、口に合いませぬ」
おのれ、お子ちゃま。
ここは一つ、先輩として毅然とした対応をせねば。
「背伸びすんなって、お子ちゃま」
俺はモコの頭をポンポンと叩いた。
「……私はお子ちゃまなどではありません」




